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細長いパンを2つに割って、その中にレタスやトマトにキュウリといった野菜を押し込む。
そこに唐揚げを乗せて、街で馴染みのソースをかける。
試作用らしく単純な料理だ。
だからこそ気兼ねなく食える味に仕上がっていた。
「結構いいんじゃないか?」
俺は新作料理を齧りつつ、周囲に感想を求めた。
「野菜が入ってるからサッパリして食べやすいし、シャキシャキとした食感もいいね。ソースは工夫が必要かな。パンもサクサクさせた方がいい」
「彩りも華やかになるから女性にも評判が良さそう。手軽で食べやすいし、持ち帰って仕事場や外で食べるのにちょうどいいわね。飲み物とのセットメニューを作れば、客捌きもスムーズにいきそう」
リナとメアリーは「ふむふむ」と頷きながらパンを齧っている。
どうやら女性陣の評判は悪くないようだな。
男のフレディはどうだと視線を向けると、何故か安堵したような表情を浮かべていた。
「正直こっちの方が断然いい。揚げ物ばっかりだと胸焼けがきつかったからな......」
「おっさんかよ......いや、おっさんだったな」
おっさんの悲哀はどうでもいいが、客層が広がるのはいいことだと俺は満足する。
「ってことは、基本的なコンセプトは問題無しってことだな。とりあえず、こいつは『唐揚げパン』って呼ぶことにしよう」
俺は宝石を扱うように唐揚げパンを掲げてウットリと眺めるが、そこにジョシュアが「ちょっと待った」と手を上げた。
「でも、これだけじゃすぐに真似されるんじゃないか?悪く言えばパンに野菜と唐揚げを挟んだだけだぞ」
「そりゃそうだ。だから、ここからもう一工夫必要になる。パクリ野郎には真似できない工夫がな」
ジョシュアの指摘で俺は素面に戻り、全員に聞こえるように大声で宣言した。
「ソースと具材で差をつけろ!最高の組み合わせを探すんだ!」
俺の指示の下全員一丸となって、「これはどうだ」「あれならいけるんじゃ」と試行錯誤を繰り返す。
日が暮れて夜になると、テーブルの上は試作品が山積みになっていた。
だが、俺は不満げに口をへの字にしてそれらを眺める。
「うーむ、どれも一歩足りねえんだよな...。驚きがねえと言うか、無難な味というか」
俺は顔をしかめながら唐揚げをフォークでつつく。
色々と試して分かったが、見知った食材を使うとどうしても味の予想ができちまう。
良く言えば安心して食べられる慣れた味だが、それじゃあ差別化にならねえし、簡単に真似もされる。
「一口食った客が『これは!?』と思うようなインパクトが欲しい。メアリーが旦那のレシピノートを持ってきてくれたから色々試したが、やりたいことに合った料理がないんだよな...」
水分が多い料理だとすぐにパンがふやけてグズグズになっちまうし、冷えると不味くなる料理も駄目だ。
旦那のレシピが悪いってわけじゃねえ。
前提条件が違うせいだ。
リナが言うには「美味さの持続力がない」ってことで、店の中で食べる料理と持ち帰り用の料理の差が問題になるらしい。
「おいフレディ、何かアイデア出せよ」
「俺は料理の素人だぞ?もう空っぽだ。逆さに振っても何も出てこねえよ」
俺は苦し紛れにフレディに絡むが、こっちはこっちで「お手上げだ」とポーズを取る。
挙句の果てには、「俺にできるのはこれくらいだ」と皿洗いを始めやがった。
「どうしたものかね」
俺は天井を見上げながら思案する。
(毎度のことだが手詰まりってことなら、知恵を出せそうな奴らを集めるしかねえか)
誰にするかなと俺が指折り数えていると、レシピノートを眺めていたリナから声が漏れた。
「あれ?」
リナがレシピを捲りながら首を捻る。
「どうした?何か気になるレシピでもあったか?」
俺は縋るようにリナに話しかけたが、リナはノートに視線を落としたまま何かを確認している。
「ちょっと待って」
リナはノートのページを摘みながら指先を擦り合わせるように動かす。
すると、ページがパリッという音を立てて分裂した。
「えっ?」
驚く俺を尻目に、リナは慎重にページを開いていく。
「インクでくっついてたみたい。書いてあるメニューは......」
食材の文字を見てリナが「うっ」と顔を歪めた。
そして、逃げるように俺にレシピノートを押し付けてくる。
「苦手な食材でも書いてあったのか?そこまで嫌がるこたぁねえだろ。やれやれ、こういうところはガキっぽいままだな...」
俺はため息をつきながらレシピへと視線を落とす。
だが、そこに書いてあった食材を見て、俺も思わず「うっ」と声を漏らした。
「えっ、これマジか?」
俺は驚いてリナに視線を向けるが、リナは嫌そうな顔で頷いて肯定する。
「レシピ中に何度も出てくるから、書き間違いってことはないでしょ」
「うーん、流石にキツイと思うんだが。でも、メアリーの旦那って腕は良かったんだよな?」
俺はレシピを確認しながらメアリーに問いかけたが、返事が返ってこない。
何事かと顔を上げると、そこには驚愕の表情をしたメアリーがいた。
「...どうした?嫌な記憶でも蘇ったか?」
俺は「地雷でも踏んだか?」と冷や汗を流すが、メアリーは慌てて手を振って否定し、すぐにいつもの調子に戻ってくれた。
「いえ、前聞いた話を思い出してたの。気にしないで」
「そうか。それならいいんだが」
俺たちは改めてレシピを眺めるが、すぐにしかめっ面になった。
この街ではほとんど使われない食材ばかりが並んでいたからだ。
「このレシピ、変わった食材だらけよ。本当に美味しいのかな?」
リナが「うーん」と困り顔になり、メアリーも肯定するように頷いた。
「需要もなく、捨て値で扱われてるものばかりね。使い道に困ってる食材が集まってるわ」
「......よく試そうと思ったね」
「料理のことになると挑戦心の塊みたいな人だったから......」
呆れ声のリナに対し、メアリーもこればかりはフォローしきれないと相槌を打つ。
しかし、俺にはそんなことは関係無かった。
「やるぞ」
「えっ?」
リナが猫みたいに目を見開いてこっちを見てくるが、俺は気にせず繰り返す。
「やるぞ。使い道に困ってるってことは、街の住民もロクに味を知らねえってことだ。珍しくて話題になる料理。これを試さなくてどうする」
俺の真剣な表情を見てリナとメアリーが絶句する。
忌避感が強いのは仕方ねえが、だからってビビッてちゃ話にならねえぞと、俺は胸を張って断固としてやると繰り返し主張した。
そうすると、2人に代わって今度はフレディが口を挟んできた。
「需要が無いってことは不味いってことじゃねえのかよ?時間もないんだから、他のアイデアを模索した方がいいんじゃないか?」
フレディがもっともらしいことを言ってくるが、俺は「ヘッ」と鼻で笑い飛ばす。
この料理のド素人に1つものを教えてやるとするか。
「俺たちの料理が何で出来てるのか忘れたのか?クソ不味いって言われてた鳥の肉の評判を覆したんだぞ。もう一度同じことをやるだけだろうが」
「むう……」
俺の言葉に言い返せず、フレディはそのまま押し黙った。
しばらくの間、フレディは表情をコロコロと変えて悩んでいたが、大きなため息と共に「背に腹は代えられないか...」と呟いて頷いた。
「言いたいことは分かった。でもな......」
「なんだよ?」
フレディは人差し指を立て、俺に向けてまっすぐ伸ばす。
「調理はお前がやれよ。臭えって泣き言こぼしても代わってやらねえぞ」
フレディの言葉にリナたちも遠慮がちに頷いた。
「......」
俺は脳内でシミュレーションを始める。
過去の辛い経験が衝撃とセットで蘇り、俺は世界の終わりを前にしたかのように顔を歪めた。
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「美味い!これならいける!」
メアリーの旦那が考案した特製ソース。
それを唐揚げパンに合うよう試行錯誤した結果、生まれた料理は唯一無二と呼んでも過言ではない出来だった。
特徴的な刺激のある香りと強い旨味、甘辛い濃厚な味わいがセットになったソース。
焼き直したパンに野菜と唐揚げを挟み、上から特製ソースをかけた唐揚げパンは、試食した従業員たちが夢中になって無言で食べるほどの味だ。
「ソースだけじゃなく、野菜にも一工夫を入れたのが大当たりだったな」
俺は野菜を摘み上げながら、「よしよし」と頷く。
酢漬けにして甘酸っぱい味わいにすることで、揚げ物やソースに負けない味に仕上げ、それでいてポリポリとした食感を残す。
揚げ物に酢をかけてサッパリと食べるのは、この街じゃ一般的だ。
なら、酢漬けの野菜を唐揚げパンに合わせて不味いわけがねえだろ。
旦那のレシピにはねえが、俺たちなりの工夫ってやつだ。
(なにより良いのは、パクリ野郎が持ってるマニュアルには載ってないってことだ)
俺は唐揚げを齧りながらほくそ笑んだ。
客にしても、この味なら少しくらい高い金を払ってもいいと思えるはずだ。
つまり俺たちは圧倒的優位を手にしたってわけだ。
ならやることは1つしかねえ。
「これなら勝てるぞ!明日から反撃開始だ!」
俺の宣言に合わせ、その場にいる全員が力強く頷いた。




