11
「よう、カイル。順調そうだな」
「このクソ忙しい時に来るんじゃねえ!」
山猫亭の店内に入ってきたフレディを、俺は罵声でお出迎えした。
そして、両手で抱えたデカいお盆が目に入らねえのかボンクラがと突きつける。
開店から3日後の店内は満員御礼。
ワイワイガヤガヤと話し声が煩いほど響いている。
店で流れる音楽は厨房から絶え間なく聞こえる唐揚げを揚げる音。
これにメアリーの悲鳴が混じったら危険信号だ。
席が空けばすぐに次の客が座る。
店の外にも行列が並び、子供たちも銅貨を握り締め、持ち帰り用の唐揚げを今か今かと待ち構えてる。
こんな時にこんな奴の相手をしてる暇なんかあるかボケェ!
「お待たせしましたー!」
俺はフレディを放置してテーブルへと向かい、精一杯の笑顔で皿をテーブルに並べていく。
「お前の笑顔じゃせっかくの料理が台無しだぜ。リナちゃんかメアリーさんならともかく」
男の客が笑いながら文句を言ってくるが本気じゃねえ。
その証拠にそいつは上機嫌そうに唐揚げにフォークをぶっ刺した。
「ウチの唐揚げは俺の笑顔に負けたりしねえよ!」
俺も軽口で返してサッとテーブルを離れた。
接客は冒険者ギルドの酒場の店主を真似してるんだが、意外とこれが上手く機能していた。
客あしらいのやり方ってのも馬鹿にできねえ。
下手にやると機嫌を損ねて文句を言い出す客もいるからだ。
酒場に入り浸ってた日々がこんな形で活かされるとはな。
逆に真面目なリナは少し苦手そうにしていた。
「いやいや、まさかここまでやるとはな。結構堂に入ってるぜ」
そんな俺の姿を見てフレディがクックックと笑う。
「話があるなら後にしろ。待ち疲れた客が逃げるだろうが!今すぐ叩き出されるのと自分の足で出ていくの、好きな方を選んでいいぜ。ああ、お代はまけといてやるよ」
ブチギレそうな俺の顔を見て、フレディは「おお怖っ」と言いながら両手を上げて降参のポーズを取る。
だが顔はビビるどころか笑みを浮かべてやがる。
……なるほど、厳つい中年野郎の笑顔が減点対象な理由がよく分かるぜ。
「そんなにつれない態度を取るなよ。助け舟を出しに来てやったんだせ?」
「助け舟だぁ?お前に何ができるんだよ」
俺はフンッと鼻を鳴らすがフレディは怯むようすを見せない。
それどころか舌なめずりしそうなくらいに上機嫌で気持ちが悪い。
山猫亭の売上でも数えてやがんのか?
「今日の目的は自分の目で店を確認すること。それと、どのくらい助けが必要かを計算するためだ」
フレディはそう言って店内をジロジロと見回し、何かを納得したように頷いた。
「要件はそれだけだ。店が閉まった頃にまた来るぜ。今度は手土産を持ってな」
フレディはクルリと振り返って、そのまま手を振りながら店を出ていった。
驚くほどあっさりと引き下がったのを見て俺は拍子抜けしたが、配膳待ちの皿を思い出して慌てて厨房へと駆け込む。
これでクソみたいな話を持ってきたら容赦しねえぞ。
あのツヤツヤの頭にデカい張り手の跡を残してやるぜ!
……いやまあ、俺は借金を抱えてる身だから、あんまり強気にも出れねえんだがな。
**********
その日の夜、フレディは約束通り店に戻ってきた。
テーブルを挟んで俺とフレディは向かい合って椅子に座る。
俺の後ろにはリナとメアリーが立ち、フレディの後ろには部下2人が立っていた。
……なんだかギャングの寄り合いみてえだな。
こんな奴に茶と唐揚げを出すのも業腹だが、メアリーが「お客様だから」と言うから大目に見てやった。
山猫亭の売上や利益率、仕入れについて確認した後、フレディは唐揚げが乗った皿へと手を伸ばした。
もったいぶった仕草で唐揚げを1つ口に放り込み、じっくりと時間をかけて味わう。
そして満足げに頷き、茶を啜った。
「悪くねえ。いや、すこぶる良い。よくぞこれだけの物を作り上げたもんだ」
フレディは笑みを浮かべながらパチパチと拍手するが、当然俺たちは気を抜いたりしない。
「で、結局何の用だ?店が大繁盛してるのは一目瞭然だろ?この調子なら時間はかかっても俺の借金は何とかなるはずだ。それに俺たちはメアリーの借金をどうにかして引き伸ばさなきゃならねえ。お前の相手してる暇はねえぞ」
「そいつの心配はいらねえよ」
疑い深げに俺はフレディを睨む。
フレディは気にした様子もなく懐から書類を取り出し、こっちに向けて滑らせた。
「なんだこれ?」
「メアリーの借用書だ。借金相手には話をつけておいたから、月末の返済期限は気にしなくていい」
「何だと!?」
俺は慌ててメアリーに書類を渡した。
メアリーの視線が書類を何度も往復する。
「…………確かに私の借用書よ。いつの間に?」
「今日店を見学した後にだよ。急いで話をまとめたんだ。少しくらいは褒めてほしいものだな」
驚く俺たちを尻目にフレディはまた一口茶を啜る。
残りの唐揚げを部下に渡し、「お前らも味見しておけ」と余裕があり余ってやがる。
「つまり、メアリーさんの借金も押さえたから言うことを聞けって話?」
リナがフレディを睨むが、フレディはチッチッチッと舌打ちしながら、人差し指を振って否定した。
「いや、そうじゃねえ。お前らの心配事を減らすためだ。せっかく儲かってるんだ。店の経営に集中して欲しいと思うのは当然だろ?」
「信じられると思う?」
「信じて貰うためにここに来たんだよ」
未だ疑り深い視線を向ける俺たちに対し、フレディはニヤリと笑って見せた。
「改めて話をしよう。今日の要件は2つ。お前たちの手伝いの申し出と護衛の依頼だ」
「手伝いと……護衛?」
手伝いはまだ分かるが護衛?
何を求めてるのかは分からねえが、正直ギャングに関わっていいことなんて1つもねえぞ。
俺が顔を歪めたのを見てフレディがすぐに反応した。
「おいおい、気が早えよ。ちゃんと話は最後まで聞きな」
「……いいだろう。まずは手伝いの話からだ。まさかお前らが店を手伝うって話じゃねえだろうな?ガラの悪い奴らがやってる店なんて客が来ねえぞ」
「安心しろ。紹介するのは借金を抱えたカス共だ。そいつらを手伝いとして送り込んでやる」
フレディの言葉を聞いて俺はすぐにピンときた。
「……債務者を山猫亭で働かせ、稼いだ給料を巻き上げようって腹積もりか」
「正解だ。仕事もロクにないような奴らだ。喜んで必死に働いてくれるぜ。もちろん上前をはねるっても1割程度だがな」
俺は思わず顔をしかめる。
この野郎、意外といいところを突いてやがる。
仕事のない債務者なんていつまで待っても借金を返せるはずがねえ。
その点ではフレディの提案は職業紹介所のように真っ当だ。
劣悪な鉱山採掘者と違って体を壊す心配は無いし、下手な人間を山猫亭に送り込んで台無しにする理由も見当たらない。
そして山猫亭はこれ以上ないくらいに人手不足だ。
「……おいリナ、ジョシュアたちを店先に立たせるのは無理か?」
俺はリナの方を振り返って小声で相談する。
できることならフレディたちには借りを作りたくない。
だが、リナは首を横に振った。
「肉の準備があるから人は割けない。それにストリートチルドレンが接客となると、嫌がるお客も多いだろうから……。せめて身なりをもっとマシにしないと」
「確かにそうだな」
俺はチッと舌打ちして、メアリーと目を合わせる。
彼女も「仕方ない」と言わんばかりの表情を浮かべていた。
フレディの方に向き直ると、俺たちのやり取りを見て笑みを浮かべた。
何の相談をしたのか察しがついているのだろう。
「……まともな奴じゃねえと叩き出す。お前らが金を巻き上げ過ぎても駄目だ。ちゃんと生活できる程度には残してやれ」
「いいぜ。こっちも長く働いてくれた方が助かるからな。飲食店で働いた経験のある奴らがいるから、明日から送り込んでやる。細かい話は後で聞かせて貰うが、とりあえず交渉成立だな」
フレディは握手しようと俺に向かって手を伸ばしてくるが、俺は手のひらを突き出して押し留めた。
「待てよ。護衛の件を聞いてねえぞ」
「ああ、そうだったな」
フレディが手を引っ込め、少し苛立たしげにテーブルをコツコツと叩き始めたのを見て、俺は少し驚いた。
こいつがこんな顔をするのは初めて見たぜ。
フレディは少し躊躇った後、大きくため息をついてから口を開いた。
「俺たちのシマを狙ってる奴らがいる。本当はお前を護衛に雇うつもりだったんだ」
「ああん?俺を護衛にだぁ?お前らギャングだろうが。自分たちでなんとかしろよ」
俺の嘲る表情がよほどムカついたのか、フレディの部下たちが殺気立ち、襲いかかるような構えを取る。
だが、それはフレディが片手を上げただけであっさりと止められた。
「相手は白昼堂々とカチコミするようなネジの外れた奴らだ。兵士に捕まることも恐れてねえ。俺たちみたいな真っ当な奴らじゃ分が悪いんだよ」
「俺は真っ当じゃねえって言いたいのか?」
「自分がまともな人間だとでも思ってんのか?街の周囲を走り回って、目についたモンスターを皆殺しにしてた奴がか?」
絡む俺をフレディは鼻で笑い飛ばす。
「何も一日中護衛をしてろって話じゃねえ。普段は店に集中してりゃいい。護衛の話は何かが起きた時の備えだ」
「何で兄貴が...」
なおも抵抗しようとするリナ。
彼女に対し、フレディは人差し指を突きつけハッキリと告げた。
「俺が潰されたら契約書も取られるぞ?何が起きるかくらいは想像つくだろ」
それを聞いてメアリーはハッと息を吸い、俺は歯噛みした。
クソッ、メアリーの借用書を手に入れたのはそういうことか。
体のいい脅迫じゃねえか。
「チッ、随分手が込んでるな」
選択の余地は無い。
それに悪辣なギャングに比べれば、話の分かるフレディの方が遥かにマシだ。
「それだけこっちも追い詰められてるってことだ。それに、この話を聞いた今なら多少は融通も利くんじゃねえか?」
フレディの声には少し何かを期待するようなものが混じっていた。
借用書は人質代わり。
だが、フレディも護衛の最中に裏切られたくないから、こちらの機嫌を損ねるわけにはいかない。
天秤のつり合いは取れていた。
「……いいだろう。相手が悪人ってことなら護衛は受けてやる」
俺はフレディに右手を差し出す。
それを見てフレディの顔が喜色に染まった。
「信用して貰えたようで何よりだ」
俺たちはガッチリと握手した。
これで契約は成立だ。
リナとメアリーは納得しきっていないようだが、こころなしかフレディの部下たちは肩の荷が下りたように安堵したように見えた。
「じゃあ、今日はこんなところで退散するぜ」
フレディはイソイソと席を立とうとする。
しかし、俺の中であるアイデアが閃き、慌ててフレディを呼び止めた。
「おい、お前が抱えてる債務者って何人いるんだ?」
「ハァ?手伝いの心配をしてるのか?1人や2人じゃねえから安心して――」
「違う。数人じゃ足りねえって話だ。10人20人は欲しい」
「……この店1つにしては随分な数だな?何を企んでやがる?」
眉をひそめて訝しむフレディ。
背後のリナとメアリーからも困惑が伝わってくる。
「手伝いだけじゃ足りない。新しい店を出すのを手伝えって話だ」
唐突な提案にその場にいる全員が驚きの表情を浮かべた。
まあ、俺も今思いついたばかりだからな。
言われた側だったなら困惑してるに違いねえ。
「正気か?」
フレディは笑い飛ばすかどうか決めあぐねている顔で聞き返してくる。
俺はそんなフレディの目を真っ向から見返し、堂々と宣言した。
「既に山猫亭には行列ができてる。手伝いを増やすだけじゃ足りねえ。取りこぼした客を掬い上げるには、店そのものを増やすしかねえだろ」
フレディは黙って俺の話を聞いている。
肯定はしないが、否定もしない。
今あいつの中で天秤は揺れ動いてるに違いない。
「幸い山猫亭には目立つ看板がある。こいつを掲げりゃ一目瞭然。2号店、3号店と、この街中に支店を広げれば儲けも増える。単純な理屈だろ?」
俺は黄色地に黒字の看板が街中に掲げられた光景を夢想した。
この街だけじゃねえ。
世界中のありとあらゆる場所に出店する。
その時見る景色はさぞかし絶景だろう!
「俺は決めたんだ!唐揚げ屋を世界中に広めるんだよ。人だけじゃねえ、金も出せ!お前ならそれくらいはできるだろ!?」
「いや、しかしだな、そうなるとかなりの金が……」
フレディは俺の勢いに押されてのけぞり、顔を歪めた。
店を増やすとなれば従業員だけでは済まない。
土地や建物、仕入れの手配に、飼育小屋の増設にも金が飛ぶ。
それらの金額が頭をよぎり、返事を躊躇わせたんだろう。
だから、俺はフレディの背中を押すため、最後の一矢を放った。
「てめえも小悪党やってて満足なのかよ?人生が変わるほどの金が欲しくないのか?チャンスを前に出し惜しみするな!」
俺とフレディは真っ向から睨み合う。
火花が飛び散りそうなほど熱い視線が交差した後、フレディは「負けた」とばかりに視線を外して大きなため息をついた。
「…………チェーン店ってやつか。確かに勝ち目がないわけじゃねえな」
「チェーン店?」
「おいおい、そんなことも知らねえで提案したのかよ?」
首を傾げる俺に対しフレディは呆れ果てた。
フレディは指を立て、「いいか?よく聞けよ」と前置きして、他の者たちにも聞こえるように説明を始めた。
「チェーン店ってのは、同じ看板を掲げて同じ店を広げる商売のことだ。どこの街のどの店でも同じ商品をって感じでな。1から新しい店を始めるよりも手堅いし、知名度があれば『ああ、あの店か』と宣伝の手間も省ける。客も見知った店だから安心して利用できる」
「良いことずくめじゃねえか。チェーン店か......気に入った。そいつをやろう」
フレディに言われたことが俺の頭の中にスッと入ってきた。
同じ看板を掲げ、世界中に同じ料理を提供する。
つまり、この唐揚げ1つで世界に挑むってことだ。
まるでおとぎ話の英雄みたいじゃねえか。
実にいい。
それこそ俺がやりたいことだ。
「店を出すとなれば真っ当な仕事にありつける人間が増える。そうなれば、あいつらの人生も変わる......」
フレディはテーブルを睨みながら、顎に手を当てブツブツと何かを呟いている。
俺だけじゃなく、フレディの部下たちもひっくるめて誰も口を挟まない。
しばらくして、フレディが顔を上げた。
その目には覚悟の色が宿っていた。
「いいだろう。お前の博打に乗ってやる」
フレディが右手を差し出した。
「契約成立だ」
俺が右手で握手し返すと、フレディは骨がミシミシと音が鳴りそうなほど強く力を入れてきた。
顔を俺の方に寄せ、睨みながら小声で囁いてくる。
「お前がどこまでいけるか、特等席で見せてもらうぜ。デカい口を叩いたんだ、ビビってイモを引いたら許さねえぞ」
「誰が逃げるかよ。お前らが逃げても、俺だけは最後までしがみつくぞ」
俺も小声で言い返し、お返しとばかりに握手する手に力を込める。
フレディは「ウッ」と小さな悲鳴を上げて顔を歪め、慌てて手を離した。
そして、誤魔化すように勢いよく部下の方を振り返り、大声で叫んだ。
「お前ら、今すぐ債務者に声をかけて回れ!料理人だけじゃねえぞ、元銀行員に元冒険者、使えそうな奴らは全員だ!経験が無くても雑用をやらせりゃいい。仕事が無くて暇してる奴に心当たりがあるなら、そいつらもかき集めておけ!」
「は、はい!」
フレディの指示を受けて部下2人は慌てて店の外へと走り出す。
こいつの言う通り、仕事は山ほどあるから人手はあればあるほどいい。
表に出せない荒くれ者でも荷運びや肉の下準備なら任せられるし、いっそ飼育や肉の準備を1箇所にまとめてしまう手もある。
「カイル、お前は従業員の教育準備を整えろ。料理だけじゃなくて、肉の仕入れから何もかも全部だ。せめてマニュアルくらいは作っておけよ。ああ、頭を使うのが苦手って言うなら、そこの嬢ちゃんに任せてもいいぞ」
今度はフレディが俺の方を振り返って指示を出してきた。
サボったら尻を蹴ってきそうなほどの熱が目にこもっている。
リスクを取る以上、抜かり無く仕事を進める構えを見せていた。
俺はフンと鼻を鳴らして答える。
「任せとけ。濡羽雉の捕獲から飼育、解体に調理まで全部教えてやる。接客のノウハウだって手厚くフォローしてやるよ」




