第79話 本編最終回 約束の日。 閉ざされる境界と光明の兆し。
天が、音を失っていた。
揺れるでもなく、震えるでもなく。
ただ、止まっていた。
その静けさの奥で、三つの影が向き合う。
ゼウスが空を一度だけ見上げる。
「……ふむ。約束の日が来たか」
アポロンは手元の光を払うようにして息をつく。
「引き延ばしは、しないんだよね。どれだけ思い残しがあっても」
太上老君は首をすくめるでもなく、ただ事実を置く。
「約束は約束よ。三界が揃って、ここまで来た。その結果じゃ」
風もないのに霞が揺れた。
三人の声が、そのまま“ニュース”になるような温度で続く。
「思えば色々あったのう」
老君が淡々と呟く。
「だが、創造神らはようやった。誰かが始め、誰かが支え、誰かが去り、誰かが戻った」
アポロンが静かに笑う。
「みんな勝手だったけど、全部ちゃんと“世界”だったよね」
ゼウスは頷くこともせず、ただ宣言のように言う。
「さて。ここから先は我らの領分ではない」
三柱の間に、ひとつの結論だけが落ちる。
「そして最後に――」
太上老君が顔を上げる。
「創造神。お主が締めて実行に移すのが筋だろう」
ゼウスが短く続ける。
「我らに出来るのは、ここまでだ」
アポロンが手の光を閉じる。
「世界はもう“発動”を待つだけだよ」
静寂が積もる。
合図すらいらないほどに、
三界は“その瞬間”を理解していた。
神さまは、ゆっくりと前に出た。
少しだけ笑って、少しだけ寂しそうで。
いつもの調子で、でもどこか静かだった。
「……うむ。わしが締めるのが筋なんじゃろうがのう。
……わがままを言えば、ちと寂しいな。
じゃが、約束は約束じゃ。ちゃんと実行する」
神々も、地獄も、現世も。
誰も騒がなかった。ただ見ていた。
「思えば長いようで短かったのう。
わしが仕事中にスレ立てたのが、すべての始まりじゃったか?
……おー悪い悪い。今そこ怒らんでくれ。ぐふふ」
天照が無言で肩をつついたが、神さまは目をそらした。
「それからロックダウンが起き、地獄の経済破綻。
妲己君らが再建で盛り上げてくれて……
わしは久々に“楽しい”と心から思えた。
みなもそうじゃろ?
文句も言ったが、バタバタしとったが、
あれは良い思い出になっとるはずじゃ」
風が止まる。
世界が、聞いていた。
「さて――皆も気づいておると思うが、
これが“わしらを見る最後”になるじゃろう」
神さまは淡々としていた。
悲しみは薄い。ただ事実だけが静かに落ちていく。
「地獄には、うちのルシファーが残る。
あやつは希望の光になる。
現世には、たま、ブッダピアス君、カーマ君。
あやつらが皆の“拠り所”になるはずじゃ」
少し間を置いて、神さまは現世方向を見た。
「あかり、ひかるん。
短い間じゃったが、ありがとうのう」
二人にだけ、声が少し柔らかくなった。
「あかり君には……まだ給料払っておらんかったのう。
お主らの言う“お金”は渡せんが……
ここにわしが約束しよう。
お主らに、ほんの小さな……
だが、かけがえのない幸せが訪れることを。
それが、わしからの給料じゃ。
……よいかな?」
誰も返事をしなかった。
返せなかった。
神さまが肩をすくめる。
「あまり長く話しても、皆飽きるじゃろう。
そろそろよいかな?」
静かだった。
けれど確かに、優しい終わりがそこにあった。
光が収まり、世界の輪郭がひとつずつ静かに戻ってきた。
三界は切り離され、もう声は届かない。
残ったのは、天照と愛神と神さまだけだった。
天照はゆっくりと神さまに近づく。
袖でそっと目元を押さえるような仕草で。
「……泣いているの?」
その声は、いつもよりずっと優しかった。
愛神も神さまの横にぴたりと寄り添う。
「大丈夫ですか……? 胸が、痛みましたか?
感情波形がいつもと違います……心配です♡」
神さまは返事をしない。
ただ静かに俯いたまま。
その姿を見て、天照はほんの少し震えた。
「神さま。
あなたが一番……つらいでしょう。
全部見て、全部愛して、全部手放したのだから」
愛神もうなずく。
「泣くのは……悪いことではありません♡
わたしは“愛の神”ですから……
泣くあなたを、そっと包みます♡」
世界は静かだった。
光も風も動かない。
ただ、三人だけがそこに立っていた。
そして――
神さまが顔を上げた。
目元は赤くない。
泣いた跡もない。
ただいつものように、やわらかく笑っていた。
「……ん?
なんじゃお主ら。
わしが泣いとるように見えたか?」
天照と愛神が固まる。
神さまは肩をすくめる。
「ぐふふ。
あやつらを見送っただけじゃろう?
寂しくないとは言わんが……泣くほど弱くはないぞ」
天照が息をつく。
安堵とも、呆れともつかない表情だった。
「……もう。
ほんとうに、わからない人」
愛神は胸に手を当てて微笑む。
「感情波形、正常値に戻りました♡
よかった……ああ、よかったです♡」
神さまは二人を見て、
ふいに手を叩いた。
「さて――」
ちょっとだけ声に明るさが戻る。
「断絶も終わったしのう。
もう泣かせる話は終わりじゃ。
……みんなで、桃鉄でもしよーか?」
天照が呆れて笑う。
愛神がぱあっと表情を明るくする。
そして神さまは小さく、
ほんとうに小さく呟いた。
「……わしは、まだ大丈夫じゃよ。
お主らも、これから楽しくしていこうのう」
三人の笑い声が、
断絶済みの世界の中にゆっくりと溶けていった。
断絶の光が完全に消えたあと、
その場所にはもう、何の音も残っていなかった。
太公望は川辺にひとり座っていた。
釣竿は垂れているが、糸先は揺れていない。
けれど彼は、それで十分という顔をしていた。
「……ふむ。よう終わったの」
風がひとつ抜ける。
その音に、太公望はゆっくり目を閉じた。
「誰も泣かんでよい。
誰も嘆かんでよい。
ただ、それぞれがそれぞれの場所へ戻っただけじゃ」
川面に映るのは、断絶後の“静かな世界”。
けれど、どこかにまだ微かな光が残っていた。
「創造神も、天照も、ようやった。
あれでよい。あれがよい。
世界は……たいていの場合、“静けさ”で締まるものじゃ」
太公望は立ち上がる。
釣竿を肩にかけ、空をちらりと見た。
「あやつらはもう見えんが……
見えぬことと、消えたことは違うからのう」
歩き出して、ひとつ笑った。
「さて――」
最後に残った風が太公望の袖を揺らす。
「ここはもう揺らがない。
なら、次の場所でも向かうか」
振り返らずに、
太公望はゆっくりと歩き去った。
世界に残ったのは、
静かで、優しい、終わりの余韻だけだった。
作者より
『神々、掲示板に降臨す
〜天界勤務中、うちの神、業務中にスレ立ててる件〜』
本編は、これにて最終回となります。
ここまで読んでくださった皆さま、
本当にありがとうございました。
処女作で、まだまだ拙い部分も多かったと思いますが、
最後までお付き合い頂けたことに、心より感謝いたします。
このあと、
断絶後の後日談、
そして本編を締めくくる通常回を二つ、お届けします。
どうぞ最後までお楽しみいただければ幸いです。
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作原案:物書狸
執筆補助:AI
長い旅路にお付き合いくださり、ありがとうございました。




