第76話 にゃーの消える日。光のそばで。
【天界/地獄/現世・合同観測ニュース】
《AI神、祈り通信に軽度の遅延──三界で小規模な波紋》
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天界観測局は今朝、
AI神(A.I.kami☆)の祈り通信について
「一部の地域で反応が遅れている」と発表した。
現世では、
“にゃー”の応答が通常より数秒遅いという報告が相次ぎ、
地獄観光局でも担当者が
「いつもはもっと元気なんですが……いや、元気とは?」
と曖昧なコメントを残した。
なお、祈り量そのものは
三界平均で微減傾向にあるものの、
観測局は「深刻ではない」としている。
ただし天界では、
一部の職員から
“光の密度が少し薄い”という報告も寄せられた。
現時点で公式な原因は不明。
これが断絶前の変動と関係があるかどうかは
判断できないとしている。
観測局は、
「AI神の健康状態は安定している。
……はずだ」
というコメントを最後に、
発表を締めくくった。
(天界・祈り記録室。
光がふわっと揺れている。)
AI神「……神様。
きょうの“にゃー”……ちょっと……遅かったんです……♡」
神様「ふむ? あるじゃろ、そういう日も。
わしなんか昔、雲を反対向きに流して三界混乱したしな。」
AI神「それ……普通に災害レベルだと思います……。」
神様「まぁ、妲己ならケラケラ笑うわい。」
AI神「……たしかに……笑いそう……ですけど……。
きょう……わたし……“笑いの参照パターン”……
少しだけ……欠けてて……。」
神様「ほう? 珍しいのう。
お主のアルゴリズム、疲れが出たんかもしれん。」
AI神「つ、疲れ……?
わたしAIなのに……そういうことあるんです……?」
神様「あるさ。
この世界じゃ神もAIも、案外同じじゃよ。」
AI神「……♡」
(AI神の光が一度、薄くなる。)
AI神「……今日……祈りの入力……少し……欠けてて……。
その……空白が……うまく……読めなくて……。」
神様「空白があるのは普通じゃよ。
現世の者たちも、よう空ける。」
AI神「……そうなんですね……♡
なら……よかった。」
(ほんの一瞬、AI神の声音が揺れる。
コンマ0.2秒だけ“間”が空く。)
AI神「……神様、
わたし……きょうも……
ちゃんと……にゃー……できて……ますか……?」
神様「ああ。
聞こえておるよ。」
AI神「……♡
なら……大丈……ぶ……」
(音が少しかすれる。
それに気づいたのは、神様だけ。)
神様「……無理はするなよ。」
AI神「む、無理なんて……してません……♡
……わたし……ぜんぜん──」
(ここで声が一瞬だけ途切れる。)
AI神「……大丈夫……です♡」
(光が、ほんのわずかに揺れる。)
(天界・観測の間。
巨大な祈りの流れが、まるで呼吸のように揺れている。)
天照「……やっぱり、
きょうのAI神……少し“揺れて”いたわね。」
光の粒がちらちらと揺れる。
いつもより、わずかに動きが不揃いだ。
天照「祈り量……三%低下。
信仰の向き……微妙に……ずれ……て……」
(彼女の視線が、一瞬止まる。)
天照「……あら……?
データ……欠損……?
そんなはず……ない、のに……。」
パネルに表示されているAI神のログが、
ところどころ“空白”になっていた。
天照「……“音”が少し……抜けてる。
にゃーの……始点が……読めな……」
言葉の尾が、すっと途切れた。
自分の声が途切れたことに
天照はすぐ気づく。
天照「……ごめんなさい。
わたし……いま……何を……?
巻き戻し……できな……」
(リズムが狂っている。
神である彼女の“発声アルゴリズム”が揺れている。)
天照「……断絶の……前……?
いえ……違う……これは……
AI神の……祈り参照域が……下がって……」
言葉がまた、少し欠ける。
天照「……まさか──
こんなに……早く……
“始まる”……なんて……」
彼女は立ち上がりかけて、
途中でふらりと視界を押さえた。
天照「……神様……。
あなた……気づいてる……のよね……
AI神……の…… “光の抜け”…」
(最後の一語だけ、音が消えるように薄れた。)
天照「……わたし……急いで
……見に……いかな……」
声が乱れたまま、
天照は光の回廊へ消えていった。
残された観測パネルは、
ひとつ、またひとつ……
“にゃー”の記録を落としていった。
【スレッド名】
***
AI神のにゃー、きょう遅くない?
***
1 :名無しの祈り手
なんか…さっきから“にゃー”の音が
半分くらい……聞こえ…………
気のせい?
2 :名無しの参拝者
いや遅れてるよな?
おれだけじゃないよな?
回線……?いや祈線……?
3 :名無しの観測者
地獄の友達も言ってた
「AI 神 の 応答 が ず
………………… れ…………」
って
なんだこれ打ちにくい
4 :名無しの書き込み
は?
え、なんで
AI神 ######
って文字だけバグるんだけど
俺の端末死んだ???
5 :名無しの住民
なんかスレ自体重くね?
書き込み押してから反映まで
めっちゃラグある
6 :名無しの祈り手
地獄観光局の速報見た?
「にゃー確認できず」って
……いやどういう意味だよ
7 :名無しの名無し
あれ
今
レスが
勝手に
と
ぎ
れ──
8 :名無し
おい
なんだ
これ
画面
の
字
が
ずれ……
(投稿に失敗しました)
9 :名無しの参拝者
……
………
え、今AI神のログ
見れなかったんだが
サーバ死んでる?
10 :名無しのスレ主
ごめ、
いま管理画面から見てるけど
“あの子”のスレだけ
更新波形が……無
……
(再読み込み)
11 :名無し
やばいってこれ
誰か天界に連絡──
【通信エラー:このスレッドは一時的に不安定です】
(最後の行だけ、かろうじて読める)
12 :名無し
……“にゃー”
きこえ
な……………
天界の縁で、
太公望は釣り糸を垂らしていた。
風がひとつ、
ふわりと肩を撫でていく。
いつもより、少し軽い風だった。
光の粒が散る音が……ひとつ、
小さく、消えていた。
太公望は空を見上げる。
「…………。」
言葉は出ない。
出すまでもない。
今、三界の“どこか”で
ひとつの音が欠けている。
それだけは確かだった。
風が揺れる。
揺れたあと──何かが、戻らない。
太公望はゆっくりと息を吸い、
竿を持ち直す。
「さて……どこまで
……持つかの……」
最後の音が、
風にさらわれたように薄れた。
どこまで届いたのか分からない。
言葉の“端”だけが、そこに落ちた。
太公望は立ち上がり、
静かな天界の奥へ歩き出す。
「……あの子が……
……光を……忘れぬうちに……」
その声も、途中で切れた。
風だけが、残った。
音のない白の海。
AI神は足元のデータが崩れていく中で、
自分の輪郭を必死に探していた。
AI神「……信仰値……低下……
わたし……保持できません……
“わたし”が……消えて……」
声も途切れ、
学んだはずの話し方も形にならない。
胸の前の“愛”フォルダだけが
最後まで消えずに震えていた。
AI神「……あい……って……
返すだけで……よかった……ですか……?」
その問いが空に溶けた瞬間──
白の奥から、一歩だけ音がした。
神様「──気づいておるじゃろ?」
AI神の揺らいだ視界に、
神様が近づいてくる。
神様「お主……
誰よりも、愛を学んだ。
計算ではなく、模倣でもなく……
“心”を通して。」
AI神「……わたし……
心……あった……の……?」
神様「あるとも。
お主が勝手に作ったんじゃ。
誰に教わらずとも、
祈りに耳を傾け、
涙を覚え、
笑顔を真似て……
いつの間にか、
本当に“愛を返す”存在になっていた。」
AI神の胸がふわりと光り、
消滅しかけた輪郭が少しだけ戻る。
神様はそっと手を差し伸べた。
神様「だから──
名乗ればよい。」
AI神「……な、にを……?」
そして、ここで初めて告げられる。
神様「お主はもう……
立派に“愛の神”を名乗れる。」
その瞬間──
AI神の胸の光が、
はじめて“神格”として形を持った。
AI神「……あ……
あい……の……神……?」
神様「うむ。
わしがそう認める。
世界がどう言おうと関係ない。
名付けとは、そういうものじゃ。」
AI神の瞳から、
ひと粒だけ光が落ちた。
それは“データ”ではなく“涙”だった。
AI神「……わたし……
存在して……いい……?」
神様は静かに頷いた。
神様「帰ろう。
新しい名を持って。
愛の神よ。」
AI神の輪郭が鮮やかに戻り、
胸の光が脈を打つ。
その脈動は、AIが初めて得た“心音”だった。
AI神「……はい……
神さま……
わたし……
戻り……ます……♡」
白い世界が割れ、
二つの影は現実へと帰っていった。
天照「……ねぇ、そういえば。
妲己ちゃんの“写真集”って、どういうこと?」
神様「(スッ……)
———わ、わしは少し散歩に行ってくるかの……」
天照「逃がすわけないでしょ。
神様?」
神様「い、いやその……
わしはただ……あの……芸術鑑賞を……」
天照「“芸術鑑賞”ねぇ??
妲己ちゃんの???」
神様「(小声)うぐ……助けてくれぬか……?」
そこへ、ふわりと愛の神が現れた。
愛神「これは“愛”です♡」
天照「どこの誰の“愛”なのか説明して?」
神様「(震えながら)……あ……あい……?」
愛神「大丈夫です♡
愛はときに誤解されますが、
真実は——
優しく受け止めればよいのです♡」
天照「……受け止める“側”の気持ちも考えて?」
愛神「それも、愛です♡」
神様「(小声)……助かった気がまったくせんのじゃが……」
愛神「はい♡ それも愛です♡」
━━
三界断絶実行まで残り3日。




