第74話 地獄、火種不在。──なのに机が燃えるのはなぜでしょうか?
【地獄観光局・朝】
地獄の朝は、いつもより音が薄かった。
騒がしいのが当たり前の場所で、
その“薄さ”が逆に不気味だった。
カーマ:「ねぇー? 妲己どこー?
なんか今日、空気サラサラじゃない??
あの人、いないだけで湿度落ちるのなに??」
閻魔は机の前に座り、
珍しく普通に書類仕事していた。
閻魔:「……静かでいいじゃないか。
たまには。
誰も炎上させない地獄も悪くない」
カーマ:「やだっ!なにそれ!
え、うちの編集長って“炎上の匂い”で起きるタイプじゃないの??
健康的すぎない??」
閻魔:「勝手に決めるな」
その瞬間。
閻魔の机が、
ボウッと音を立てて発火した。
閻魔:「……なんでだ?」
カーマ:「うっそでしょ!?
妲己いないのに燃えるの!?
ってことはーー
妲己の霊圧だけ残ってる説ぅ!?!?」
閻魔:「余計な言い方をするな」
そこへ、ゆっくり廊下を歩く足音。
振り返ると、ルシファー先輩が立っていた。
カーマ:「あっ、ルシ先輩〜♡
おっはー♡
妲己探してる??
探してるよね〜〜??」
ルシファー先輩:「……いや。
今日は、探さないさ」
その “静けさ” に、
カーマは小さく眉を寄せた。
カーマ:「……なんかルシ先輩、
今日ちょっと……静かくない?」
閻魔も気づいていた。
言葉にはしないけれど。
閻魔:「……いや、
静かなのは地獄そのものだ」
ルシファー先輩は、
その言葉にほんの少しだけ笑った。
ルシファー先輩:「……かもしれないな」
その笑いは明るいのに、
どこか遠かった。
カーマ:「妲己もいないし〜
地獄、なんかフワフワして落ち着かんのよね!
“主役いないステージ”って感じ!!」
閻魔:「やめろ、言い方が正しい」
ルシファー先輩は、
ゆっくりと天井のほうを見上げる。
妲己がいない地獄。
カーマの声だけが跳ねる。
閻魔の机は燃えても、火種がいない。
ルシファー先輩:「……今の地獄は、
“光源”が足りてないだけだ」
閻魔:「光源?」
ルシファー先輩:「ああ。
そのうち分かるさ」
言葉が軽いのに、
地獄の空気がきゅっと締まる。
カーマ:「え……ねぇルシ先輩?
なんか今日の先輩、
“決まってる顔”してない??
ねぇ??
怖いんだけど???」
ルシファー先輩は答えなかった。
ただ一歩、奥へ歩き出す。
その背中にだけ、
地獄の薄い光が落ちていた。
閻魔:「……どこへ行く」
ルシファー先輩:「神様のところへ。
“話”をしに」
カーマ:「え、今日??
え???
なんで???」
ルシファー先輩は笑った。
今日は少し、優しかった。
ルシファー先輩:「地獄が静かになると、
俺も考える時間ができるんだよ」
そして、
地獄観光局から静かに姿を消す。
残されたのは
机が燃え続ける閻魔と、
妲己の残り香に騒ぐカーマだけ。
カーマ:「ねぇ編集長!
やっぱ妲己の霊圧あるんだって!
燃えるもん!!」
閻魔:「やめろ。
認めたら戻ってくるぞ……」
でもその声も、
どこかさみしげだった。
地獄は今日、
“音の少ない朝”だった。
【天界・神殿の奥】
扉を開く音がやけに大きく響いた。
天界の空気は、地獄とは違う静けさを持っている。
光は淡く、落ち着いていて、
その中に“決意の音”だけがひっそり混ざった。
ルシファー先輩が、ひとりで歩いてくる。
神様は、振り返らない。
でも気づいている。
神様:「……来たか。
桃鉄は一時中断じゃな」
ルシファー先輩は微かに笑う。
普段よりも柔らかい、それだけで違う。
ルシファー先輩:「神様。
今日は……
話があって来た」
神様は振り向いた。
その表情は軽い。
いつもと同じ。
でも空気だけが変わった。
神様:「うん。
言うてみ?」
ルシファー先輩は、
一度だけ深く息を吸った。
もう逃げる音もしない。
迷う気配もない。
ルシファー先輩:「……俺は、
地獄に残る」
神様は目を細める。
怒らない。
驚かない。
ただ、“分かっていた”顔をする。
神様:「そっか」
それだけ。
ただの一言。
でもその一言で、
ルシファー先輩の未来が確定した。
ルシファー先輩:「妲己がいなくなった地獄は……
少し揺れる。
あの子が火種だったから。
あそこに“光”が必要なんだ」
神様:「うむ。
妲己ちゃんは月じゃしね。
地獄のテンション、下がるわなあ」
ルシ先輩:「あの世界は、強がりばかりだ。
笑って誤魔化して、
騒いで誤魔化して。
でも本当は、
……ああ見えて脆い」
神様は首を傾げた。
まるでお菓子の選択を迷うみたいな仕草で。
神様:「だから“お前が光る”ってわけか」
ルシファー先輩は、ゆっくり頷く。
ルシ先輩:「はい。
あそこには救いが必要です。
俺は……天界には戻れません。
もう、戻る場所じゃない」
神様は“そこは突っ込まない”。
神様:「うん。
お前が決めたなら、それでいい」
あっさり。
軽すぎるほどの軽さ。
でもその軽さがルシ先輩には救いだった。
ルシ先輩:「……怒らないんですね」
神様:「怒る理由がない。
お前、昔っから“自分の場所”は自分で選んでたじゃろ」
ルシファー先輩の肩がわずかに揺れた。
決して涙ではない。
けれど、何かがほどける音がした。
神様は、小さく笑う。
神様:「ただひとつだけ言っとくぞ、ルシファー」
ルシファー先輩:「……はい」
神様:「最後まで、ちゃんと光れ。
地獄も、お前も。
“光の子”は光のままおれ」
ルシ先輩:「……はい」
二人の間に、静かで強い“了解”が落ちた。
言葉はもう必要なかった。
神様はまた桃鉄に戻るような気配を出しながら、
その場を軽やかに離れた。
ルシファー先輩は、
光の中でただひとり立っていた。
決意も、迷いも、
全部光に溶かしながら。
これが、“地獄の光”が生まれた瞬間だった。
【黄神・太公望】
サロマ湖に、
まだ薄い朝が残っていた。
風もない。
水面も揺れない。
その静けさの中で、
太公望はひとり、釣り糸を垂らしていた。
竿先がわずかに震える。
魚ではない。
“世界の気配”だ。
太公望:「……地獄に、ひとつ光が落ちたか」
誰もいない。
誰も返事はしない。
だが、三界の底が
確かにひとつ音を変えた。
太公望:「本来、戻るべき光が戻らず。
行くはずの影は、月へ向かう。
筋だけ見れば乱れだが……
乱れに従うのが、この三界よな」
竿を軽く指先で弾く。
波紋がひとつ、静かに広がる。
太公望:「世界はまだ、揺れてはおらぬ。
揺らす者がいなくなっただけじゃ」
妲己の火種は月へ。
ルシファー先輩の光は地獄へ。
太公望はそれを
“ただの事実として”受け止める。
太公望:「さて。
次に釣るのは……
光か、影か。
あるいは三界そのものか」
風がひとつ吹き、
湖面を撫でた。
太公望は立ち上がらない。
見送りもしない。
ただ世界の線を、
静かに整えただけだった。
《妲己、月へ向かう途中でテンションが高い》
妲己、夜道を歩きながら
ひとりでテンションが上がっていた。
「いや〜〜〜今日のライブ、
楽しすぎたわね♡
あれは地獄レベルじゃないわよ?
宇宙よ宇宙!」
歩き方が“跳ねてる”。
地獄の火種は移動中も元気である。
「でさ!!
ついに月よ、月♡
月詠姉様のとこ行けるんだから、
これはもう妲己的人生のご褒美タイムよね!」
空を見上げると、
月がちょっと明るい気がした。
歓迎ムードなのかもしれない。
「ルシはどうせ残るし〜
カーマは元気だし〜
閻魔は机が燃えるし〜
地獄は地獄で回るでしょ♡
だからあたしは月に行くのっ!」
スキップしながら
妲己は月へ伸びる光の階段を上り始める。
「いや〜〜〜姉様と何しよっかな〜♡
まずは飲み会?
それとも修行??
ん? 修行って何?♡
まあいっか♡
とりあえず喋ろ♡」
ふと、
妲己はくるっと振り返り、
地獄の方角へ手を振った。
「ルーシーーー♡
毎晩ちゃんと見なさいよ〜〜!?
あたし月でめっちゃ可愛くしてるから♡
手も振るから♡
投げキッスもしよっかな♡
いや、する♡」
そして、満足したように
また前を向く。
「よしっ♡
月でも大暴れすんぞ〜〜♡
姉様、覚悟してねっ♡」
そのまま妲己は
月へ向かって駆け上がっていった。
火種は今日も元気。
光が変わるだけ。
地獄が静かでも、
妲己はずっと“うるさく明るい”。
それが、
みんながちょっとだけ救われる理由だった。




