第72話 ポイントも愛も使い切れ♡地獄の大暴走前夜
地獄観光局のロビー。
ぽよん。
ぽよんぽよん。
カーマが机の上で“信仰ポイント玉”を指で弾いて遊んでいる。
カーマ:「ね〜妲己ちゃ〜ん♡
これ見てよ〜〜♡
余ってるの〜〜〜♡」
妲己:「なにそれ。泉? いや、池?」
カーマ:「池♡」
妲己:「池かぁ♡ ……で、どうすんのよその量。貯める?」
カーマは玉を光に透かして、
「可愛い〜〜♡」と笑った。
カーマ:「やだ♡ まだ使わない♡
後でまとめて使うの♡ 楽しいやつに♡」
妲己(あ、企み確定だこれ♡)
静かな足音。
書類の束を抱えたルシファー先輩が通りかかる。
ルシファー先輩:「……二人とも……その……あまり床で──」
ぽよん。
玉が額に直撃する。
ルシファー先輩:「……ぅ……これは……今日も……跳ねるんだな……」
カーマ:「ルシ先輩♡ 当たりやす〜〜い♡」
妲己:「ルシ♡ もう避ける気ゼロじゃん♡」
ルシファー先輩:「……避けたい気持ちは……あるんだが……
どうもうまく……いかなくて……」
カーマは椅子を回転させながら足をぶらぶら。
カーマ:「ね〜妲己ちゃ〜ん♡
たま様、旅に出るじゃん?
追っかけようかな〜〜♡」
妲己:「出た♡ 恋愛脳♡」
ルシファー先輩:「……それは……やめておいた方が……
いや……やめた方がいい……と思う……」
カーマ:「え〜〜♡ 恋は自由なんだよ〜♡
追えるかな〜♡ 追えたらいいな〜♡
どう思う? 妲己ちゃ〜ん♡」
妲己:「うわ来た。恋愛脳の予知夢タイム♡
こういう時あんた、当たるから怖いのよ♡」
カーマはふいに窓の外を見た。
遠くで光が一筋だけ揺れている。
カーマ:「……断絶しても……追えるかなぁ……♡」
ルシファー先輩は息を小さく飲む。
ルシファー先輩:「……それは……さすがに……
……いや……言い切るのも……違うか……」
妲己は黙ってカーマの横顔を見る。
軽いようで、どこか芯に触れるやつ。
カーマは急にふふっと笑う。
カーマ:「ま、いっか♡
恋は♡ 風みたいなもんだし♡
止められないよねぇ♡」
妲己:「はい戻った♡」
カーマは机にドンと飛び乗る。
カーマ:「じゃ〜〜♡
まずは♡
たのしい準備しよ〜〜♡」
妲己:「準備?」
カーマ:「うん♡
地獄の♡
大イベント♡
全部♡
無料♡」
妲己:「無料!? なんでよ!」
カーマ:「だって♡ 信仰ポイント余ってるんだもん♡
使わないと腐るでしょ〜?♡」
ルシファー先輩が天井を見る。
心からの諦めの呼吸。
ルシファー先輩:「……地獄が……また……騒がしくなるな……」
カーマは足をバタバタさせて座り込み、
ぽよん、と玉を指で弾いた。
カーマ:「楽しいほうがいいじゃ〜ん♡
たま様の旅立ちも♡
断絶も♡
なんでも♡
盛り上げちゃうの♡」
妲己:「あんたの“盛り上げ”は毎回災害級なのよ♡」
ルシファー先輩:「……どうか……やさしく……頼む……」
カーマ:「無理♡」
照明がふっと揺れた。
三界のどこかで静けさと騒がしさが入れ替わる音がした。
ロビーは、さっきの騒ぎが嘘みたいに静かだった。
カーマはどこかへ消え、残ったのは妲己とルシファー先輩だけ。
妲己は椅子をくるっと回し、ルシ先輩の横顔を覗く。
その顔は“普通の大人”で、“疲れてるけど折れてない”。
妲己:「ねぇ、ルシん♡
……で? 天界、戻るの?」
ルシファー先輩は書類を揃え、落ち着いた声で答える。
ルシファー先輩:「……戻れ、と言われている。
期限も決まっている」
妲己:「ふうん♡
じゃあ“ルシさん”は真面目に戻るのかしら〜?」
わざと語尾を甘くする。
妲己の“探り”だ。
ルシファー先輩は苦笑した。
疲れではなく、理解のある“大人の笑い”。
ルシファー先輩:「……戻るのが正しいとは思っているよ。
ただ……正しさだけで決めるのも……な」
妲己は指に信仰ポイント玉を乗せて転がす。
ころん。
妲己:「あっは♡ それ“帰りたくない人”の言い方だってば。
ルーシ?」
ルシファー先輩はわずかに目をそらす。
沈黙で答えた。
妲己はその沈黙を楽しむように微笑む。
妲己:「ねぇ、ルシちゃ〜ん。
あんた、ここ好きでしょ? 地獄」
ルシファー先輩は即答しない。
けど否定もしない。
その沈黙に、意思がある。
ルシファー先輩:「……落ち着かないが。
悪くはない。
君たちは騒がしいが……嫌ではない」
妲己:「ほら〜♡ そういうとこ♡
ほんと、好きね♡ 地獄♡」
ルシファー先輩:「……“好き”とは言っていないが……
否定も、しないが……」
妲己はニヤッと笑って、
わざと“素の呼び捨て”で言う。
妲己:「……ルシ。
あんたって、いつもちゃんと立ってるよね」
ルシファー先輩は、その一言で目線をゆっくり落とす。
弱さじゃない。
“選ぶ前の呼吸”だ。
ルシファー先輩:「……選ぶ時期なんだろう。
どちらにいても、責任はある」
妲己:「そういう言い方するってことは〜……
残る気、半分以上じゃん♡
ば〜れ〜ば〜れ〜♡」
ルシファー先輩は軽く息を吐いた。
諦めじゃなく、静かな苦笑。
ルシファー先輩:「妲己。
決める時は……静かに決めるよ。
騒ぐのは……君たちだろう?」
妲己はふっと微笑む。
その微笑みは、からかいの中に“分かってるよ”が混じってる。
妲己:「……うん。
あたしは騒ぐ役♡
ルシは……静かに決める役♡
似合ってるじゃん」
ルシファー先輩は短く目を閉じた。
重さのない息。
でも確かに“何かを決めかけている”息。
妲己は立ち上がり、ストレッチする。
妲己:「ま、どのみち。
うちらはやるよ?
地獄ライブ♡
カーマが余らせた信仰ポイント、全部使うってさ♡」
ルシファー先輩:「……また世界が……大騒ぎになるな……」
妲己:「そこにルシがいるの、案外悪くないでしょ?♡」
ルシファー先輩は否定もしない。
肯定もしない。
でもほんの少しだけ、目の奥が柔らかい。
ルシファー先輩:「……さて。
巻き込まれる未来しか見えないな」
妲己:「巻き込まれときなよ♡
あたしが追いかけるし♡
逃げても捕まえるよ?♡」
ルシファー先輩は流石に少しだけ肩を震わせた。
笑ったのか、呆れたのか、どっちか分からない静けさ。
照明がふっと揺れる。
二人とも、その揺れに何も言わない。
ただ、世界の空気の変わり目だけが静かに落ちた
72話 締め:地獄新聞・編集長室より】
地獄観光局は本日も騒がしかった。
原因は、創愛部門所属・カーマの“信仰ポイント余剰問題”である。
朝、局内へ持ち込まれた大量の光球は、
当初「保管予定」と申請されていたが、
実際にはそのまま局内で跳ね続け、
妲己コメンテーターとカーマの二名による“非公式レクリエーション”へ移行した。
妲己も巻き込まれた結果、
観光局ロビーの混乱指数は本日平均値の三倍を記録。
なお、職員の体調不良は出ていないが、
書類の散乱と床の揺れは確認されている。
その後、カーマは信仰ポイントの“全額使用”を宣言。
理由は「余っちゃったから♡」。
この時点で局内の複数部署が緊急会議の準備に入ったが、
当人は既に次の企画に向かっており、
本日の最終的な判断として、
**地獄ライブ(無料)**が正式に“発生予定”として扱われた。
観光停止中の地獄において、
無料イベントは本来ありえないが、
停止期間が長期化した現在、
観光局としては「逆に安全性は向上している」との見解に落ち着いた。
本日の現象の中で一点だけ、
編集部として特記しておく。
騒動の最中、ルシファー先輩が短く沈黙した時間があった。
表情はいつも通り落ち着いていたが、
一瞬だけ、何かを測るような視線が見られた。
理由は不明。
続報はまた必要に応じて記す。
以上、本日のまとめである。
地獄は本日も元気だった。
混沌は続くが、明日も平常運転の予定だ。
ただ、少しだけ静かな風が、
局内を通り抜けた気がした。
地獄新聞・旅情特集】
〜噂の“北の物語”について〜
《地獄新聞 編集部より》
最近、現世ルートの創作者界隈で
とある“北の旅記録”が静かに話題になっているという。
その名も──
『北海領域/中2の旅行記』
地獄新聞が掴んだ情報は、ただひとつ。
「あれは……“思い出の匂いがする作品”らしい」
どういうことか編集長に聞いたところ、
閻魔
「内容? 言わんよ。作者が怒る」
「ただな、なんか“胸の奥がしん…”ってするらしい」
「地獄の職員が昼休みに読んで泣いてた」
とのこと。
また、旅路のどこかで登場するらしい“ある人物像”が、
地獄の古株たちの間でこんな噂も呼んでいる。
HELL☆BEEZ記者
「フィクションか現実か、境界わからなくなるってさ」
「ページめくるたびに“空気が変わる”らしいよ?」
……なお、作者本人は “何も言わない主義” なので、
ここでは内容に触れられない。
ただひとつだけ編集部が言えるのは──
読み終わったあと、なぜか自分の“昔のあの景色”が思い出せるらしい。
そして地獄新聞としては強く言いたい。
こういう作品は、先に読んだ者勝ちである。
(※内容:完全非公開。気になる人は各自で潜ってください)
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