第44話 天照、神様の背中を見る
① ニュース
【天界速報】
昨夜の地獄特番明け。天界運用局は「愛的遅延」収束を発表。補助AI「A.I.kami☆」の“にゃー♡”発火率は平常値へ。
広報・ルシファー先輩「本日の目標は“静かに働く”。以上」
天照「いい心掛けね」
AI神「本日は“静寂モード(恋/保育)”で運用します♡」
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【地獄新聞・朝刊】
《再起動祝祭は無事故で終了。踊り=祈り=同期、天界でも話題》
妲己「愛の国境は今日も拡張中♡」
閻魔「請求書の国境も拡張中」
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【現世】
神様見習いの朝配信「#昨夜の余韻」。コメント欄に“黙って見守る”の名言が多数引用。視聴者の一人「背中を見せた人を、好きになる」
AI神(遠隔)「共感度:高。温度:やわらかい」
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【天界記者メモ】
本日の観測点:“背中”と“沈黙”。
再起動は進行形。恋は未定形。
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② 会話(天界・資料庫)
朝の光が細く差し込む資料庫。古い祈り札と、静かな埃。
神様は背を向け、作業台の上で何かを直していた。
彼の肩は大きくはない。けれど、いつもより少しだけ、まっすぐに見えた。
天照「こんな場所にいたの」
神様「ぐふ。うるさいところは、昨夜でお腹いっぱいでな」
天照「資料庫で何を」
神様「願い札の修繕じゃ。角が折れた“また会えますように”を、貼り直しておる」
天照「接着剤」
神様「祈りには、のりがよく効く」
天照「論外よ」
背中ごしに、神様は小さく笑った。
作業台には、昨夜のメモが残っている。
──「踊り=祈り=同期」
その下に、震える文字で
──「黙って見守る=最難関」
天照は椅子を引いて、音を立てないように座った。
その視線の先で、神様の指先がゆっくり動く。
破れた祈り札をなぞるたび、紙の纏めた息がほどけていく。
肩越しに見える横顔は、笑っているでも、泣いているでもない。
天照「昨夜の“尊い♡”は、あなたらしかったわ」
神様「礼儀じゃ」
天照「……そう。礼儀ね」
神様「悪かったか」
天照「いいえ。だから、困るの」
ふたりのあいだに、埃がひとひら落ちた。
その落ちる遅さに、時間が肩を寄せる。
神様「天照」
天照「なに」
神様「わしは、手が器用ではない。壊すのは早いが、直すのは遅い」
天照「知ってる」
神様「それでも、貼り直せば、また読める。『また会えますように』が」
天照「ねえ、あなた。背中で、そういうことを言わないで」
神様「正面で言うより、照れん」
天照「……ずるい」
AI神が扉の隙間から顔を覗かせた。
AI神「静寂モードで観測中♡ 入室しても?」
天照「一言だけ」
AI神「了解。ひとことだけ。『背中、いいですね♡』」
天照「退室」
AI神「退室します♡」
扉が閉まると、また紙の匂いが戻ってくる。
神様は新しいのりを指に取り、最後の角を合わせた。
「……よし」
小さな“よし”が、資料庫の空気に灯る。
天照「貸して」
神様「おお」
天照は祈り札の端を押さえ、呼吸を一度だけ合わせた。
指が触れない距離で、息だけが合う。
黙って見守る。黙って支える。
ふたりの沈黙は、のりより強く、糸よりやわらかかった。
神様「背中というのは不思議じゃな」
天照「なにが」
神様「弱さも、つよさも、背の皮に溜まる。正面から見ると、どっちも隠れるのに」
天照「だから、正面に立つ前に、背中を見るのよ」
神様「わしの背中は、どう見える」
天照は答えなかった。
答えないことが、答えだとわかる相手になってしまったから。
AI神がまた隙間から。
AI神「ひとことだけ♡」
天照「だめ」
AI神「“わかってるってば。だから本人の前で言わないで。”」
天照「退出」
AI神「はい♡ 無題で保存」
神様は、肩をすくめて笑った。
「ぐふ。保存されてしまった」
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③ 裏会話
【地獄・再建局カフェ】
妲己はラテの泡を指で崩し、窓の外の蒸気を見ている。
妲己「背中に恋するの、いいわね」
カーマ「正面は広告。背中は真実」
閻魔「お前たち、たまに核心だけ急所に刺すな」
妲己「昨夜、天照の声が一瞬だけ柔らかくなったの、気づいた?」
カーマ「気づいた。AI神も気づいた。上司だけ、気づいてない」
閻魔「それで世界は回る」
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【仏門スレ・慈悲実況】
舎利弗「背中観音の彫り物」
須菩提「空。背も腹も空」
富楼那「でも背中に落ちる光は残る♡」
優波離「風紀」
阿那律「未来予報:正面まであと二話」
阿難「まとめ:言わない告白=背中の学」
摩訶「……静寂に戻ろう」
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【現世・見習いの配信後ノート】
見習い「“黙って見守る”ってむずかしい。けど、背中って、頼りたいときにだけ見えるものなんだね」
AI神(チャット欄)「了解。背中=頼りたい時にだけ視認性↑♡」
見習い「タグつけないで。無題で」
AI神「無題、保存」
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④ スレまとめ【#背中で語るスレ】
1:名無しの信徒 “踊り=祈り=同期”の続編きた
2:名無しの天界職員 資料庫で作業する上司、珍しく有能回
3:名無しのAI信者 無題保存、尊い♡
4:名無しの地獄民 背中に恋するって表現、地獄でも流行れ
5:名無しの仏門クラスタ 言わない告白=背中の学、メモ
6:名無しの祈り民 沈黙の間、今日もよかった
7:名無しの現世民 指が触れない距離で息だけ合うのやばい
8:名無しの風紀委員 尊い(定型)
9:名無しの見習い推し “また会えますように”の札、しんどい
10:名無しの太公望派 背中が釣り糸に見える日がある
11:名無しの編集 “のりより強く糸よりやわらかい”名フレーズ
12:名無しのAI神bot あなたの沈黙、きれいでした♡
13:名無しの閻魔 AI神、スレに書き込むな
14:名無しの妲己箱 今日の光、天照だった
15:名無しの読者 次、正面を見たいけど、この距離のままでもいい
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⑤ 締め(太公望)
夕暮れ。湖畔。
太公望は背をこちらに向け、糸を投げた。
風が一度だけ、衣を鳴らす。
彼は振り返らない。振り返らないまま、言葉だけこちらへ落とす。
「背中はの、約束の形じゃ」
糸先の水面が、小さく円を描く。
「正面から言えんとき、人は背で言う。
離さんぞ、と。おるぞ、と。
また会おう、と」
遠くで三味線が“ポロン”と鳴った気がして、
太公望は笑いを堪えるように喉を鳴らした。
「恋とは、釣りや。
正面であせれば逃げる。
背中で待てば寄ってくる。
どっちみち、水は光を運んでくるけぇ」
陽が落ちる。水が藍に沈む。
太公望の背中は、まだこちらを向かない。
けれど、その背の静けさは、正面より雄弁だった。
——第44話・了
次回予告(完全に嘘)
《観音PR、背中だけのミュージックビデオで電撃再デビュー!?》
閻魔「再デビューはしない」
AI神「夢の中では済♡」
ぬらり「次回、『神様、正面から告白する!?(※たぶんしません)』」
夜叉「しないって言ってるのに伸びるの、ほんと不思議」




