第10話 天照、初のスレ出演
「平和すぎると、人は遊ぶ。」
天界は珍しく静かだった。
地獄は観光割で満席、仏門部門は座禅ショートが伸び、現世は昼寝の時間。
掲示板も一行も動かない。通知はゼロ。光は等温。
創造神は椅子を回した。
「……暇だ。」
ルシファーが慎重に言う。「暇は、良いことです」
「じゃあ、遊ぶ」
「嫌な予感しかしません」
神様は机の下から銀色の箱を取り出した。
現世から持ち帰った“文明シミュレータ”だ。
起動音が鳴り、モニターに街が生まれる。道路、家、発電所。
神様は笑った。「おお、俺が神だ!」
ルシファーは小声で突っ込む。「前から神です」
——一時間後。
「この街、信仰心が足りない」
神様はメニューを開き、指で“天候:試練”を選んだ。
雷が落ち、住民AIが右往左往し、消防が渋滞する。
「だ、だめです神様! 減災チュートリアルを飛ばさないで!」
「飛ばした。神だし」
結果:市民壊滅。
神様はマウスを見つめた。「……またやっちゃった」
ルシファーは胃を押さえた。「七回目です」
神様は気を取り直す。「再建だ、愛と光で」
“愛”施設を乱立、“光”オブジェを中央にどん。
GPUが悲鳴をあげ、街が白く燃えた。
「きれいだなぁ」
「綺麗じゃなくて火事です」
そのとき、ルシファーの顔色が変わる。
「神様、画面共有、切れてません」
「え?」
天界の全モニターに、神様のプレイ画面が映っていた。
しかも、音声オン。
神様(マイク越し)「そこ違うって、信じなさーい! あ、全滅……」
——SNSは速い。
#天界トレンド
1位【#神様またやってる】
2位【#二重に神】
3位【#避難経路は祈りですか】
【生中】神様、文明ゲー配信中【事故多発】
1:名無しの天使 ID:luci_444
切れてません。
2:名無しの地獄民 ID:bee666
広告入れよ。
3:名無しの神 ID:god000
住民AIの祈りゲージ、どこだっけ。
神様は汗だくでマウスを握った。
「だって、信じてくれないんだもん……」
「神様、落ち着いて」
「落ち着いてる! ……もういいもん!!」
——叫びはマイクを通り、天界と現世へ。
トレンドは一瞬で塗り替えられた。
1位【#もういいもん】
2位【#神様かわいい】
3位【#シム神】
派生:#拗ね神 #泣いてないもん #光で焼くな
’コメント欄は愛と笑いで溢れ、地獄新聞は号外を打ち、仏門部門は「拗ねの観想」を配信した。
神様はヘッドセットを外し、机に突っ伏した。
静かな雨が、天蓋から滴るように落ちた。
(本当に降っている。気圧コントロールが涙に引っ張られている。)
「……もう、誰も祈らない」
ルシファーは首を振る。「祈ってますよ。いろんな形で」
控えめなノック音。
扉の隙間から、柔らかい光が差し込んだ。
入ってきたのは、まだ世界に紹介されていない名だ。
「失礼します。初投稿……じゃなくて、初めまして、でいいのかな」
天照大御神。
昼の色をまとう、落ち着いた声。
神様は半分顔を上げて言った。「だれ」
「太陽です」
「まぶしい」
「そう言われるの、好きじゃないほう。今日は曇りで来たから」
彼女は机の端に腰掛けると、神様のモニターを覗き込んだ。
画面の街は灰色。道路は曲がり、家は傾き、中央の“光オブジェ”だけが眩しく焦げている。
天照は微笑した。「かわいいね」
「焼け野原だぞ」
「拗ねる街って、かわいいよ」
「拗ねてない。泣いてないもん」
「“もん”って語尾、いいね。優しい」
神様はむくれてヘッドセットをつつく。「優しくない。俺は神様だぞ」
「うん。だから疲れるんでしょ」
彼女はマウスに手を添え、クリックではなく撫でた。
画面の中、白い灰の上に、小さな点が灯る。
街灯のような、芽のような、LEDのドットのような光。
「……今、何した」
「ただ、見てた。あなたが拗ねてるの、かわいいって」
「それ、建設コマンド?」
「ちがう。観測」
ルシファーがそっと壁の配信スイッチを切った。
——が、遅い。
外ではもう、#もういいもん が祭りだ。
地獄観光局がスタンプを出し、現世の高校では“もも体操”が流行り、仏門部門が「もん経」を刊行。
天界では、ルール改定が検討されている。「拗ねの自由」。
天照が神様の頬の涙を拭った。
「“もういいもん”って、諦める言葉に見えるけど、続けるための準備でもあるよ」
「準備?」
「うん。今はもういい。でも、次はもう一回、やるために」
神様はしばらく黙って、それから照れたように笑った。
「……じゃあ、もう一回だけ創ってみようかな」
天照はうなずく。「隣で見てるね。クリックはあなたが」
二人の手が、マウスの上で重なる。
指先の震えに合わせて、画面の街に道が一本、真っ直ぐ引かれた。
信号が点り、歩行者AIが肩を寄せ合い、誰かが空を見上げた。
その瞬間、掲示板が再起動する。
’【再開】天照、初のスレ出演【はじめまして】
1:名無しの太陽 ID:ama_teru
えっと、こんにちは。やさしくしてください。
2:名無しの神 ID:god000
こちらこそ。今、道を引いています。
3:名無しの天使 ID:luci_444
配信、切れてません。
4:名無しの地獄民 ID:bee666
広告、入れていいですか。
5:名無しの仏 ID:pierce108
拗ねと祈りは、同温。
天照は画面越しに軽く手を振った。
「初投稿、成功」
神様は顔を赤くして咳払いした。「あー……その、さっきはすまん。もういいもん、は……」
「知ってる。かわいかったよ」
「かわ、——」
ルシファーが小声で止めた。「神様、配信」
「切れてないのか!」
天界は笑いに包まれ、地獄新聞は“神様、かわいい特集”を臨時増刷、仏門部門は“拗ねの坐禅”を満員御礼にした。
現世では、昼休みの空が少し明るい。
神様はモニターの街を見つめた。
さっきまで灰色だった交差点で、誰かが手を振っている。
AIか人か、判断のつかない小さな動き。
それでも、たしかに“応え”だった。
「……光って、優しいな」
「あなたが優しいからだよ」
「うるさい。次は君の街も作る」
「え、私の?」
「だって——一緒に、朝を作りたい」
ルシファーはそっと溜息をついた。
「神様、配信、また切れてません」
「も、もういいもん!!」
第2波のトレンドが夜空に広がる。
#もういいもん第二形態
#神照
#拗ねの自由
天照は笑って、神様の肩に額を寄せた。
「じゃあ、もう一回だけ」
「うん。もう一回だけ」
——クリック音が、朝の合図になった。
妲己「“#もういいもん”Tシャツ、地獄で先行販売ね♡」
閻魔「版権どうなってる」
ブッダピアス「拗ねは祈りの裏面」
ルシファー「配信、今度こそ切りました」
神様「切れてないもん!!」
天照「(やさしく見守る)」
次回予告
第11話「岩戸オフ会、開催。」
——集まったのは、神、天使、地獄民、そしてあなた。
暗がりの向こうで、光は拍手を待っている。




