姫と理解の牢獄
この国の空は、青が澄みすぎている。
雲の流れは穏やかで、風は冷たくない。
人々は王の名を口にする時、声を潜めない。
それが「普通」なのだと、頭では分かっている。
けれど、心はいつも、別の空を見ていた。
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異国の宮殿で、姫は客人だった。
丁重に扱われ、敬意を払われ、
誰も彼女を傷つけようとはしない。
だが――
誰も、彼女の沈黙を理解しようともしなかった。
「ご心配なさる必要はありません」
「あなたの祖国は、強い王に守られている」
そう言われるたび、
姫は微笑み、黙礼する。
否定はしない。
肯定もしない。
だが胸の内では、
理解が、静かに彼女を締め付けていた。
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報告書は、定期的に届いた。
税制改革。
反対派の処断。
暴動の鎮圧。
紙の上の文字は、冷静で整然としている。
そこには、恐怖も、ためらいも、祈りもない。
けれど姫には、行間が見えた。
女王が、どれほど計算し、
どれほど切り捨て、
どれほど自分を削っているか。
分かってしまうことが、これほど残酷だとは知らなかった。
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異国の王は、時折こう尋ねた。
「あなたは、あの女王をどう思う?」
試すような視線。
政治的な興味。
あるいは、純粋な好奇心。
姫は、答えなかった。
「優しい人です」と言えば、嘘になる。
「冷酷な人です」と言えば、裏切りになる。
どちらも真実で、
どちらも足りない。
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夜、姫は一人で考える。
もし、あの国に留まっていたら。
もし、隣に立ち続けていたら。
女王は、変わらなかっただろうか。
――違う。
姫は、静かに首を振る。
変わったのではない。
変わらざるを得なかった。
それを理解できてしまう自分が、
何よりも、彼女自身を苦しめていた。
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異国では、女王の噂が「物語」として語られる。
冷酷な独裁者。
鉄血の女王。
革命を呼んだ象徴。
姫は、それを否定しない。
同時に、肯定もしない。
物語は、理解を必要としないからだ。
だが彼女は知っている。
女王が、夜に灯りを消せなかったことを。
決断の前に、必ず沈黙したことを。
そして――
誰にも見せずに、震えていたことを。
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「なぜ、戻らないのですか」
異国の侍女が、無邪気に尋ねたことがある。
姫は答えられなかった。
戻れば、理解は刃になる。
残れば、理解は鎖になる。
どちらにしても、
彼女は逃げられない。
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やがて、革命の兆しが報せとして届く。
姫は、その夜、初めて声を殺して泣いた。
怒りではない。
恐怖でもない。
理解の、完成だった。
あの女王は、
この結末を、ずっと前から見ていた。
だから、あの選択をした。
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異国の窓から見える星空の下で、
姫は、誰にも聞こえない声で祈る。
救いを願う祈りではない。
ただ、
理解してしまった者にしか許されない、沈黙の祈りを。
「……姉さま」
その声は、国境を越えない。
だが、彼女の中では、今も消えずに響いている。




