少年と革命の象徴
最初に変わったのは、
少年の名前の呼ばれ方だった。
かつては、
下町の誰かが呼ぶ、
ありふれた響きだった。
それがいつしか――
囁かれるようになり、
やがて、声を潜めて語られるようになった。
「あいつなら、分かってくれる」
「あいつなら、言ってくれる」
少年は、そのたびに、
胸の奥が、わずかに重くなるのを感じていた。
⸻
彼は、何かを煽った覚えはなかった。
ただ、
見たことを言い、
起きたことを繋げ、
理由を考えただけだ。
なぜ、重税が必要なのか。
なぜ、声が届かないのか。
なぜ、兵が増え、
パンが減るのか。
問いは、
自然と、刃を帯びていった。
「それは、王が決めているからだ」
誰かが、そう言った。
少年は、
否定しなかった。
だが、肯定もしなかった。
――それでも、人々は聞きたがった。
答えを。
⸻
集会は、
夜に行われることが多かった。
焚き火の明かり。
顔の見えない人影。
怒りと、不安と、
わずかな希望。
少年は、
中央に立たされる。
「何か言ってくれ」
その言葉に、
彼は何度も、口を開きかけて、
閉じた。
(俺は、ただの――)
そう思う。
だが、
それを言えば、
誰かの目から、
光が消えることを、
彼は知っていた。
⸻
「……変えなきゃ、いけない」
ある夜、
彼は、そう言った。
それだけだった。
王を倒すとも、
血を流すとも、
言わなかった。
だが、人々は、
その先を、自分たちで補った。
「そうだ」
「変えるんだ」
「もう、待てない」
言葉は、
少年の手を離れて、
勝手に増殖していった。
⸻
彼は、
次第に、聞かれるようになった。
「どうすればいい?」
「誰を信じればいい?」
「いつ、動く?」
その一つ一つが、
重く、
鋭かった。
少年は、
答えるたびに、
何かを削っている感覚を覚えた。
それが、
自分自身だと、
気づかないふりをしながら。
⸻
ある日、
古い知り合いが、
血を流して倒れていた。
理由は、
ただ、声を上げたから。
その場にいた者たちは、
少年を見た。
――見るだけで、
何も言わない。
(……俺のせいだ)
その思考が、
初めて、はっきりと形を持った。
何も命じていない。
何も煽っていない。
それでも、
彼の存在が、理由になった。
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夜、少年は一人で、
城の方角を見た。
白い塔は、
相変わらず遠い。
思い出す。
庭園で見た、
あの少女。
小鳥に向けた、
あの手。
(……あんたは)
問いかける。
(本当に、俺たちを切り捨てたのか)
答えは、
返ってこない。
だが、
返ってこないからこそ、
彼は進まなければならなかった。
⸻
「象徴」という言葉を、
彼は好きになれなかった。
それは、
個人ではない。
感情を持たず、
迷いを許されず、
倒れない存在。
――そんなものに、
なれるはずがない。
だが、
人々は、
彼にそれを求めた。
「君がいるから、立てる」
「君が言うなら、信じる」
少年は、
その言葉に、
笑うことができなくなっていた。
⸻
革命軍と呼ばれるようになった集団は、
いつの間にか、
彼を中心に動いていた。
命令ではない。
合意でもない。
ただ、
彼が前に立つと、
皆が、ついてくる。
それが、
何より怖かった。
⸻
彼は知っていた。
自分が、
正義ではないことを。
英雄ではないことを。
それでも――
退くことは、
もっと多くを殺すと。
その選択が、
彼を、さらに縛っていく。
⸻
「……ごめん」
ある夜、
誰もいない場所で、
彼は呟いた。
誰に向けた言葉か、
分からない。
あの少女か。
あの小鳥か。
倒れていった誰かか。
あるいは――
自分自身か。
⸻
こうして、
少年は「象徴」になった。
自ら望んだわけではない。
拒めなかっただけだ。
そして彼は、
薄々気づいていた。
この道の先に、
必ず、
あの女王がいることを。
それでも、
進むしかなかった。
罪悪感を、
抱えたまま。




