少年、姫、大臣と幼き女王とのすれ違い
戴冠式の朝、空は不自然なほど澄んでいた。
雲ひとつない青。
まるで、これから起こることを、
世界そのものが見ないふりをしているかのようだった。
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女王は、鏡の前に立っていた。
王冠はまだ載せていない。
だが、もう戻る気もなかった。
「重そうですね」
老大臣が言う。
「ええ」
女王は答えた。
「でも、軽すぎるよりは」
その言葉に、
大臣は何も返せなかった。
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玉座の間は、
息が詰まるほど静まり返っていた。
貴族たち。
兵士たち。
祈る者。
睨む者。
女王は、
一人ひとりを見た。
――見てしまった。
期待。
恐怖。
憎しみ。
諦め。
すべてが、
同時に、同じ重さで存在していた。
だから、
選ばなければならなかった。
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「私は、本日より――」
女王の声は、よく通った。
「この国を、絶対王政のもとに置きます」
ざわめき。
怒り。
安堵。
混ざり合う感情。
女王は、続けた。
「民の声は、大切です」
一瞬、空気が緩む。
だが、次の言葉が、
それを切り裂いた。
「しかし、すべてを拾うことはできない」
「拾えぬ声は、雑音となる」
それは、
冷酷な宣言だった。
同時に――
女王なりの、
誠実さでもあった。
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老大臣は、その言葉を聞きながら、
胸の奥が締めつけられるのを感じていた。
(なぜ……)
なぜ、
もっと柔らかく言えなかったのか。
なぜ、
時間をかけなかったのか。
だが同時に、
彼は理解してしまっていた。
――この子は、
もう“時間”を信じていない。
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その頃、城下では、
別の意味で、
その言葉が広がっていた。
「雑音だってよ」
「俺たちが?」
少年は、
焚き火の前で、それを聞いた。
誰かが笑い、
誰かが怒鳴る。
少年は、
笑わなかった。
怒鳴りもしなかった。
ただ、
胸の奥が、静かに冷えた。
(……やっぱり)
あの日、
自分が信じかけたものは、
やはり幻だったのだと。
そう思うことで、
罪悪感を押し込めた。
⸻
異国の城では、
姫が、手紙を読んでいた。
報告書のような文章。
だが、行間に、
姉の声が聞こえる。
「全部は、守れない」
「だから、切る」
姫は、目を閉じた。
(……そうするしか、なかったんだね)
理解してしまう自分が、
怖かった。
理解できないふりを、
もうできなかった。
⸻
女王は、
民を見捨てたわけではなかった。
少年は、
王を憎んだわけではなかった。
姫は、
姉を否定しなかった。
大臣は、
忠誠を捨てなかった。
それでも――
彼らは、
同じ方向を向けなかった。
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その日から、
国は、少しずつ軋み始める。
女王は、
決断を重ねる。
少年は、
仲間を増やす。
姫は、
夜ごと祈る。
大臣は、
言葉を選び続ける。
誰も、
間違っていない。
誰も、
正しくもない。
ただ、
すれ違いだけが、
確かに積み上がっていった。




