成長した少年の心情
少年が、自分の背が伸びたことに気づいたのは、
誰かに頭を撫でられなくなった時だった。
いつの間にか、
大人たちは彼を「子供」として扱わなくなり、
それでいて「仲間」とも呼ばなかった。
使えるかどうか。
それだけが、価値になった。
⸻
下町は、変わらなかった。
相変わらず寒く、
相変わらず腹は減り、
相変わらず、理由もなく怒鳴られる。
変わったのは、少年のほうだ。
怒鳴られても、目を逸らさなくなった。
殴られても、泣かなくなった。
代わりに、
覚えるようになった。
どこで何が起き、
誰が得をして、
誰が切り捨てられるのか。
それは、
王城の書庫で学ぶ知識とは、
真逆の場所で育つ学問だった。
⸻
ある夜、
焚き火のそばで、男の話を聞いた。
声は低く、
だが言葉は、奇妙なほど整っていた。
「王は、俺たちを見ちゃいない」
誰かが言った。
「いや、見てるさ」
別の誰かが答えた。
「だが、見た上で、切り捨ててる」
その言葉に、
少年の胸が、微かに痛んだ。
――違う。
そう言いたかった。
だが、
反論できる言葉を、
彼は持っていなかった。
⸻
少年は、王城を見上げる癖を、
まだ捨てられずにいた。
白い塔。
高い壁。
そして、
かつて見た、
あの少女の瞳。
(あの人が、王なら)
そう思う自分が、
今でも、どこかにいた。
それが、
彼にとっての罪の始まりだった。
⸻
転機は、ある冬の日だった。
飢えた子供が、
パンを盗んだ。
兵士は、容赦しなかった。
殴られ、
地面に叩きつけられ、
泣き声は、途中で途切れた。
誰も止めなかった。
少年も――
止めなかった。
ただ、
拳を強く握っただけだ。
その時、
頭に浮かんだのは、
あの庭園の光景だった。
羽を傷めた小鳥。
静かな声。
差し出された手。
(……嘘だ)
自分に言い聞かせる。
(そんなものは、最初から、なかった)
そう思わなければ、
耐えられなかった。
⸻
革命の思想は、
怒りからではなく、
諦めから広がっていった。
「変えなきゃ、終わる」
「待ってても、救われない」
「なら――」
言葉は、刃のように研がれていく。
少年は、
その中心に立つようになった。
声が通った。
理屈が分かった。
何より――
迷いがあるように見えなかった。
それが、人を集めた。
⸻
だが、夜になると、
彼は一人で、壁にもたれた。
思い出す。
庭園の少女。
異国へ嫁いだ姫。
老大臣の、疲れた背中。
(もし……)
考え始めると、
胸が苦しくなる。
もし、
あの人が、
本当に民を捨てたのだとしたら。
それでも――
自分は、
刃を向けられるのか。
⸻
即位の知らせが届いた日、
少年は何も言わなかった。
「絶対王政だとよ」
誰かが吐き捨てる。
「民の声は雑音、だってさ」
笑い声。
怒号。
少年は、
ただ、空を見上げた。
あの日と同じ空。
だが、
もう光はなかった。
⸻
この時、
少年は理解していた。
自分が進む道は、
正義ではない。
でも、
戻れもしない。
そして、
その選択の先に、
あの少女がいることも。
それが、
彼の罪悪感だった。
彼は、
革命家になっていく。
だが、
心のどこかで、
ずっと知っていた。
――自分は、
彼女を殺したいのではない。
否定したいのだ。
あの日の光が、
嘘だったと、
証明したいだけなのだと。




