大臣と止められなかった者
私は、知っていた。
いや――
知っていた「つもり」だった。
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あの方が、
まだ小さな手で私の指を握っていた頃から。
彼女が、
人の痛みに過剰なほど敏感であることを。
そして同時に、
異常なほど、理解が早いことを。
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あの方は、
優しさを持っていた。
だが、
それだけではなかった。
優しさが、
壊れやすいことも、
誰よりも早く理解していた。
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私は、
それを誇らしく思ってしまった。
「賢明な王になる」
そう、
信じて疑わなかった。
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だが、
私が教えたのは、
選択の方法だった。
「最悪を避けよ」
「感情に流されるな」
「決断は、早く」
その一つ一つが、
彼女の中で、
研ぎ澄まされていった。
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――鋭すぎる刃に。
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私は、
彼女が絶対王政を宣言した日、
反対しなかった。
躊躇はした。
だが、
止めなかった。
なぜか。
理解してしまったからだ。
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民の声は、
正しい。
だが、
すべてを拾えば、
国は止まる。
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「弱さは、国を滅ぼします」
彼女の言葉を、
私は否定できなかった。
それが、
最大の過ちだった。
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少年の名が、
最初に報告書に載った時。
私は、
ただの若者だと、
判断してしまった。
危険ではない。
扇動者でもない。
――象徴になり得る、
という一点を、
見落としていた。
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彼は、
煽らなかった。
命令もしなかった。
それが、
最も危険だった。
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女王陛下は、
正しく理解していた。
だから、
動いた。
だが、
私はそこに、
一歩遅れた。
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「まだ、話し合いの余地が」
そう進言した時、
彼女は私を見なかった。
「ございますでしょう」
静かな声。
「しかし、
余地がある間に、
血が流れます」
その通りだった。
私は、
言葉を失った。
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私は、
止めるべきだった。
理屈ではなく、
感情で。
臣下ではなく、
一人の人として。
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だが、
私は大臣だった。
彼女を、
女王にしたのは、
私だった。
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少年が捕らえられた夜。
私は、
執務室に一人残っていた。
書類は、
処理できなかった。
手が、
震えていた。
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「……申し訳、ございません」
誰に向けた言葉か、
分からない。
女王か。
少年か。
それとも――
かつての王女か。
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私は、
墓標のように積まれた報告書を見つめ、
理解した。
彼女は、
怪物になったのではない。
私たちが、
怪物にしたのだ。
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教えた。
磨いた。
支えた。
そして、
止めなかった。
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忠誠とは、
疑わぬことではない。
止める覚悟を持つことだ。
私は、
その覚悟を持たなかった。
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遠くで、
鐘の音が鳴る。
合図だ。
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私は、
椅子に深く腰を下ろし、
老いた手で顔を覆った。
涙は、
出なかった。
後悔は、
乾ききった場所に残る。
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それでも。
それでも、
私は彼女の味方だった。
最後の瞬間まで。
それが、
彼女に残せる、
唯一の償いだと、
信じるしかなかった。




