象徴と沈黙
最初に違和感を覚えたのは、
街の音が変わった瞬間だった。
ざわめきが、
「期待」に寄っている。
怒りでも、悲しみでもない。
もっと重く、
逃げ場のないもの。
――託されている。
それに気づいた時、
少年は一瞬、息が詰まった。
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彼は、英雄になりたかったわけではない。
ましてや、
革命家など。
ただ、
声を上げなければならなかった。
それだけだった。
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最初は、小さな集まりだった。
寒さを訴える声。
税に潰れた家の話。
仕事を失った父親。
誰もが、
自分の言葉を持っていた。
少年は、
それを聞いていただけだ。
「代わりに話してほしい」
そう言われた時も、
深い意味はなかった。
声が通る。
言葉を整理できる。
それだけの理由。
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だが、
人は「分かりやすい存在」を欲しがる。
顔。
名。
象徴。
気づいた時には、
少年はその中心に立たされていた。
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「君が言うなら、信じる」
その言葉が、
彼を縛った。
信じる、という行為は、
責任を伴う。
信じられた者は、
裏切れない。
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少年は、夜ごと眠れなくなった。
目を閉じると、
浮かぶのは姫の顔だった。
庭園で、小鳥を見つめていた姿。
静かに、世界を見ようとしていた眼差し。
――理解していた。
彼女は、
すべてを理解していた。
自分が声を上げる理由も、
それがどこへ行き着くかも。
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だからこそ、
彼は彼女に会えなかった。
会えば、
分かってしまう。
止まれないことを。
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「命令が出た」
その報せは、
あまりにも静かに届いた。
女王の名で。
女王の言葉で。
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反逆予備勢力。
その言葉を聞いた瞬間、
少年の中で、何かが折れた。
怒りではない。
恐怖でもない。
理解だった。
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――ああ、そうか。
彼女は、
この選択をする人だ。
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少年は、
女王を憎めなかった。
彼女が何を守ろうとしているか、
分かってしまったからだ。
国。
秩序。
そして、
これ以上の流血を止めるための、
冷酷な判断。
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それでも。
それでもなお、
少年は立っていた。
逃げれば、
怒りは暴走する。
自分が消えれば、
誰かが代わりに燃やされる。
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「集会は中止する」
彼は、そう告げた。
ざわめきが、
失望へと変わる。
「代わりに、
俺が前に出る」
それは、
抵抗ではなかった。
覚悟だった。
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夜明け前、
少年は一人、広場に立った。
誰もいない石畳。
かつて、
ここで言葉を交わした人々。
彼は、深く息を吸った。
叫ばなかった。
煽らなかった。
ただ、
立っていた。
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それは、
象徴としての沈黙だった。
言葉を発しないことで、
すべてを引き受けるという選択。
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兵の足音が、近づく。
少年は、逃げなかった。
姫の言葉が、
胸の奥で響いていた。
――優しさだけでは、だめなんだね。
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「……ごめん」
誰に向けたものか、
自分でも分からなかった。
民か。
姫か。
それとも、
かつての自分か。
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兵が、彼を囲む。
剣が抜かれる。
それでも、
少年は黙っていた。
沈黙は、
彼を完全な象徴にした。
そして同時に、
彼を「個人」から奪った。
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その瞬間。
少年は、
革命が始まったことを悟った。
それが、
自分の意志ではない形で。




