象徴の少年
俺は、名前で呼ばれなくなった。
いつからだったのかは、覚えていない。
気づいた時には、
人々は俺を「声」と呼び、「旗」と呼び、「希望」と呼んでいた。
そのどれもが、
俺自身ではなかった。
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俺は、ただの少年だった。
飢えたこともある。
怒ったこともある。
泣いたこともある。
だが、誰かを率いたいと思ったことは、一度もない。
それでも、人は集まった。
理由は簡単だ。
俺が、逃げなかったからだ。
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あの日、最初に血が流れた夜。
俺は立ち尽くしていた。
叫ぶことも、剣を振るうこともできず。
だが、人々はそれを
「覚悟」と呼んだ。
違う。
あれは、恐怖だ。
だが、恐怖は外から見れば、
沈黙という形の勇気に見える。
それが、俺の終わりだった。
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気づけば、俺の言葉は
俺のものではなくなっていた。
俺が語る前に、
人々が「正しい意味」を与える。
怒りを語れば、
それは決起の合図になる。
沈黙すれば、
それは「進め」という命令になる。
訂正する余地は、なかった。
象徴とは、
誤解されることを前提に成立する存在だからだ。
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俺は、夜になると、
いつも同じ夢を見る。
王城の庭園。
柔らかな光。
小鳥を見つめる少女。
あの人は、
本当に冷酷だったのか。
問いは、
毎夜、胸を刺す。
だが、目を覚ませば、
現実が答えを押し付けてくる。
――もう、戻れない。
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人々は言う。
「お前がいるから、戦える」
「お前がいるから、恐れない」
違う。
俺が恐れている。
誰よりも。
自分が立っているこの場所が、
どれほど多くの死の上にあるかを、
俺は知っている。
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剣を持つ手は、今も震える。
だが、それを見せることはできない。
震えは、
「迷い」と呼ばれ、
迷いは、許されない。
象徴に、迷いは不要だからだ。
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俺は、選んでいない。
だが、選ばれてしまった。
それが、
俺の罪だ。
もし、あの日、
一歩下がっていれば。
声を荒げていれば。
逃げていれば。
そう思う夜は、数え切れない。
だが、後悔は、
象徴には届かない。
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俺は知っている。
この先、
俺が何をしようと、
何を言おうと。
人々は、
自分たちの望む意味だけを俺に重ねる。
それでも、進むしかない。
なぜなら、
俺が立ち止まれば、
代わりに誰かが死ぬからだ。
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だから、俺は歩く。
剣を持ち、
旗の前に立ち、
声を上げる。
それが、
象徴になった者の役目だから。
――そして、
それが、
俺が背負うべき罰なのだ。




