唐傘
鳥が数回鳴いたので、私は白線に足を踏み出した。
地面に映った自分の顰めっ面を踏みつけて前へと進む。
「ちくしょう!!!あ゛ー…ずぶ濡れじゃないか!!」
こんなに雨にが降るなら、傘の一つでも持ってくるべきだった。
つか、そもそもここってどこなんだ。
電車の揺れって程よく眠れるよな。あれが悪い。あれが。
もう仕方ないので手ぶらで店舗名もわからないコンビニに駆け込む。
ぶっちゃけ、今金欠で私にはお金がない。はっきり言って財布の中身はすっからかんだ。
さらに言うなれば行きの電車賃と帰りの電車賃以外持っていなかった。
今日街に出かけたのは漫画の持ち込みのため。
ホラー漫画家を志して何年も経ったが今回も酷評を食らった。
いつかきっと持ち込み担当に一泡吹かせるんだという信念だけで今、私は生きている。
持ち込み担当が死んだら私も死ぬかもしれないのだ。死ぬなよ。持ち込み担当田中和明(34)
お腹減ったなァ…。田中ァ…。お前のせいだぞ田中ァ…。私が金欠なのも全てェ…。
仕方なしにコンビニで一番安くて腹の満たされそうなものを手に取る。
買おうとしたところで、財布の中身が寂しいことを思い出した。
そっと棚に商品を戻した。
ふと、外を見やると参ったことに外の雨足は強くなる一方だ。
まずい。今日は大好きな漫画家の10周年記念特番を15時からやる。
ちなみに、私は好きな番組だけはなんとしてもリアタイしたい派だ。
現在時刻…14時45分!?
やばいやばいとてもやばい!!!
今から走って駅まで戻って、ええと、そのまま最寄駅までダッシュして、そこからまた走って、家までって…ああ。間違いなく間に合わない。
無理とわかっていてもうまいこと行けば番組最後のオマケは見れるはず、そんな淡い期待を胸にコンビニで適当な傘を失敬する。
色褪せた赤褐色のずっしり重い大きな傘だ。
走る時には心許ないが、まぁ。許されるだろう。
許してくれ!私のオマケコーナーのためだ!!!
必死の形相で駅までの道を走り抜ける。
「ぜェー はァーッ…」
途中で体力のなさを痛感する喘ぎ声が喉から出てくる。
おかしい。引きこもり漫画家とはいえここまで体力がないわけではない。
何かがおかしい。おかしい。しんどい。
「しんッどぉ…」
生きるために必要なエネルギーが軒並み吸い取られていくような、そんな考えもすぐに消える。
視界が徐々に暗くなっていく。
何も考えられない。
直後、私の体が地面に対して平行になった。
水面に映ったのはクマが酷い、生気を失った私と、不気味なまでに赤々としている傘。
「佐伯ィ!!!!」
突如として現れたのは、私の名前を叫びつつたったかたったか駅の方から走ってくる担当田中和明(34)。
私のそばまで近寄ると、傘と私をひっぺがしてから傘に向かって一言、
「破ァッ!!!!」
と叫んだ。
瞬間、青白い光弾が爆ぜた。
傘は跡形もなく無くなっており、ふっと私の体が軽くなった。
なんとなく思いを馳せた。
あぁ。寺生まれのTさんって本当にいるんだなァ。
「もう、多分お前は大丈夫だ」
「なんでここに?」
「コレ」
と、田中の手にあったのは、私が今回持ち込んだ漫画。
「お前がなんかブツブツ言いながら帰って行った後にコレが机にあったんだよ。しゃーねえから持って帰ってやるかなと思って電車乗ってたら…あとはまぁ。そんな感じだ」
どんな感じだよと笑うも、一応恩人だしなァと思って笑うのをやめる。
ゆっくり起き上がってから
「まァ、その。なんだ。ありがとな」
と礼を言う。
「おう。ところであの傘どうしたんだ?」
「コンビニで適当な傘を見繕った」
「料金は?」
「もちろん無料」
「自業自得なんじゃねぇの…」
「それなァ…」
登場人物紹介
佐伯伊織→ホラー漫画家を志している女性。サイコホラーで連載経験あり。あっさり打ち切られた過去を持つ。コンビニアルバイトと親の仕送りで生活中。
次回作が大ヒットし、数年後には映画化までする。内容は一転してホラーギャグ。真っ赤な傘で幽霊をタコ殴りにする主人公と、青白い蛍光灯で幽霊をボコボコにするヒロインが話題に。
採用担当田中和明(34)→採用担当の座についてから早5年。佐伯の作品を誰よりも見せられている。佐伯の作品は毎回良いセン行ってるのでもう一息頑張ってくれといつも言っている。最近娘が反抗期に入った。
皆様お察しの通り彼は寺生まれである。




