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それは私にとって祝福だった

 祖父母と両親はしばらくして戻って来て、ラウール様と私が番であることを説明したら納得していた。

 なんとなくそうなんだろうと思った、と。理解があって……。

 

 まったく帰郷できなくなるわけではないけど、竜人の番になればどうなるかは大概の人は分かってる。

 番探しの旅に出ておきながらなんだけど、実際番が見つかってみると、祖父母や両親ともそう簡単に会えなくなるのだと思ったら寂しくなってしまった。

 

「安心しなさい、カルラ。私達もそっちの国に引っ越すから」

「え?」

「友人達も大事だけど、たった一人の孫娘、たった一人の娘と離れて暮らすなんて耐えられないからね。カルラが番を探すといって旅に出た時から引っ越しの準備も始めていたんだよ」

 

 そんな馬鹿な!?

 

「この年で引っ越しなんてと思ったけど、楽しくなってきたわー」


 急に引っ越すなんて言い出すからびっくりしてオロオロしている私に、祖父母も両親も笑顔になる。

 

「あ、大丈夫よ、ラウール様とカルラに迷惑をかけるようなことはしないから」

「どの国でも生きていける資格で良かったわー」

「そうそう」

  

 えーっ、うちの家族強すぎない!?

 

「さすがカルラの家族」

「それって褒めてますか?」

「褒めている。それに自国に来てもらえたほうがカルラも安心だろう。私には良いことずくめだ」

 

 私も嬉しいけど、実は夢だったとかならないよね!? ここまで来て実は私の願望が見せた夢だったとか、絶対嫌だからね!?







 夢オチになることもなく、家族全員でラウール様の国に引っ越し、無事に(?)ラウール様の番であることも判明して、婚姻を結んだ。

 蜜月は、一言で申し上げますと、蜜月です。

 いや本当にそうとしか言えないというか。私が番が分からない人間だったら全く違う感想になったと思うけど、私番の分かる人間だし、薄めた竜人ぐらいの執着っていうかそういうのあるもんだから全然苦痛じゃないし、あっという間だった。一ヶ月間に渡る蜜月が終わって、満足している私の横でラウール様は離れたくない、嫌だと聞き分けのない子供みたいになってたけど。ここが血の濃さの違いなのかな。

 

 祖父母と両親は王都の中心地から少し離れた場所に居を構えた。ラウール様や公爵家が援助するといくら言っても聞かず、自分達で家を購入し、一階の一部を店舗として、その奥は調剤室と保管庫。二階は住空間。狭くないのかと思ったけど、子供(私)もいないからこのぐらいでちょうどいいそうです。

 その子供は予想どおり屋敷に閉じ込められておりますが、公爵家に仲間入りした人間として恥ずかしくないように日々勉強とレッスンでくたくただったりする。

 屋敷は公爵家が持つものの一つを婚姻のお祝いとして譲り受けたもので、ラウール様のご両親やお兄様とは一緒に暮らしていない。

 公爵のお義父様もお義兄様も私とラウール様のことを自分のことのように喜んでくれた。意外なことにお義母様も。

 

 ある時お義母様にお茶会に誘われて、戦々恐々としながらお屋敷にお邪魔した。


「あなた、人間なのに番が分かるそうね」

「はい。遠い祖先に竜人がいたそうで」

「良かったわ」

 

 その言葉には一片の嫌味もなく、心からそう思っているのが分かった。

 

「私は旦那様を番だと分からないものだから」

 

 ……だから愛せないということだろうか。

 

「初めは不本意でしかなかったの。ですから政略結婚だと思い、耐えることとしたのです。幸い子供のことはとても愛しく思えましたから」

 

 あー、やっぱり嫌だったんだ。……ん? 初めは?

 

「あなた自身もそうだから分かるのではないかしら。番を得たら番以外には目もくれないでしょう」

「それは、はい、そのとおりです」

「夫人同士で集まると伴侶の不貞なども話題にのぼることがあるの。貴族だなんだといっても、澄ましているだけで庶民と変わらないもの。自身は不貞を犯しておきながら伴侶の不貞は許さないような愚かな方もいるほど」

「そうなのですね、意外です」

 

 ここからどういう雲行きなんだろうと思いながら、出されたお茶をいただく。さすが公爵家。本来なら一生口にすることもなかったような味を日々堪能させていただいてます。

 

「私が番と認識できなくても、旦那様は私だけを愛してくださるのよ、本当に、私だけを」

 

 この話はそこで終わってしまって、話題は別のことにうつってしまった。

 一つ分かったのは、番だと分からなくても、相手の気持ちを慮って誠心誠意接していれば、無上とまではいかなくても愛を、情を得られるのだと思った。当たり前とは思わない。どうやっても駄目な関係というのもあるにはあるし。

 ラウール様のお義父様は竜人なのにとてもとても理性的だから、お義母様がそう思えるようになったんだと思うけど。

 

「カルラ?」

 

 研究所から帰って来たラウール様は私をぎゅうぎゅうと抱きしめている。昼間のことを思い出し、心ここに在らずな私にすかさず気付いて、不安そうに私の顔を覗き込む。

 

「母に何か言われたのか?」

「言われたような、言われていないような……」

 

 要領を得ない返答をしてから、お義母様の言葉をなるたけ忠実にラウール様に伝えた。

 

「……それではまるで、後悔しているようだ」

「後悔してらっしゃるんでしょう、間違いなく」

 

 お義母様は王都にお住まいだけど、お義父様は領地にお住まいだ。竜人が番と離れて暮らせるなんてと驚いたけど、離れて暮らすようになったのはラウール様の薬の治験も兼ねてだったらしい。だからラウール様も薬は着実に効果があるのは分かっていたのだとか。ラウール様のお義父様が忍耐力のある方だからどこまで薬で抑えられているのかは分からなかったみたいだけど。

 お二人の気持ちがどれぐらいすれ違っていて、どれだけ釣り合っているのか私には皆目見当もつかない。おせっかい虫になったほうがいいのか、このままがいいのかも悩ましい。

 でも思ってしまう。

 

「私達は番でありながらすれ違っていたじゃないですか?」

「そうだな」

「ラウール様が迎えに来てくださらなかったら、多分生涯独り身で死んでいたと思うんです」

 

 正式に番になって、ラウール様は私に伴侶の証をくれた。だから私は人間だけど、普通の人間よりももっともっと長い時間を生きる。愛するラウール様と長い時間を過ごして、共に年をとっていける幸せを、私は受けられた。

 

「お義母様は私のように番も分からない。お義父様と出会った時には別に愛する人がいた。でも、今もそうかは分からないです」

「それはそうだが……」

「私、ラウール様に出会う前、ラウール様にどことなく似たタイプが好きだったんです。ぬぁっ!!」

 

 言った瞬間強く抱きしめられすぎて呼吸が止まるかと思った。っていうか骨が折れて死ぬかと思った……。

 

「すまない!! カルラ、大丈夫か!?」

「あんまり大丈夫じゃないですが、話を続けても?」

 

 また同じように強く抱きしめすぎてはいけないと思ったのか、ラウール様は私から腕を離した。ありがとうございます……次はない気がします。

 

「話は戻るんですが、もしお義母様の元婚約者とお義父様に似た部分があるなら、はっきりと自覚しなくてもお義母様もお義父様を番だと深いところで分かってらっしゃるかもしれません。ただ、人間は面倒な生き物なので、外見で好きになる人もいるし、人格を好む人もいるので一概にはいえません」

 

 うむ、とラウール様も頷く。ラウール様の外見ならこれまで色々とあったことだろう。……ん、これ以上考えるとモヤモヤしそうだから止めておくとして。

 

「お義母様とお義父様がお嫌でなければ、文通から始めてみては?」

「何十年と連れ添った夫婦だが?」

「何十年連れ添おうとも、すれ違うものはすれ違います。私が言いたいのは、お二人とも後悔しませんか、ってことなんです。さっきも言いましたが私はラウール様のおかげでこうして最高に幸せですが、侘しく一人で生きたか、好きになれない人と結婚したかもわかりません」

 

 ラウール様の手に力が入るのが見えて、さっき腕を離してもらえてよかったと思った。この短時間でもう一撃食らったら危険だった。

 

「もう冷え切った仲なんですから、これ以上悪くなることもないと思うので、いっそぶつかってみたらどうでしょう」

 

 お義母様のあの様子からして、そんなことはないと分かってて言ってる。お義父様はなんだかんだいっても竜人だから、番から求められれば、悲しいかな喜んでしまうと思う。何度裏切られたとしても。番は、本当に呪いだな。祝福となるか呪いとなるかは紙一重だなと思ってしまう。

 

「……カルラは、度胸があるな」

「いえ、私も番が分かる身なので、ラウール様から拒絶されるとか想像するだけで死にそうな気持ちになりますから、勝算のない戦いはしないと申しますか」

「それは……」

「少なくとも、お義母様はずっと後悔なさってますし、私に対しても心から祝福してくださいました」

 

 未だに元婚約者を思っていたり、番となったお義父様を憎んでいるようには全く見えなかったんだよね。赤の他人だから見せてもらえた表情というか。

 

「私やラウール様のようにはなれなくても、家族として情を通わせられたらいいのにって思ったので、明日またお邪魔して手紙について直談判してきます!」

「私も行く」

「駄目です。女同士の秘密です」

「いや、もう、大分暴露された気がするが」

「それでもです」

「分かった。終わったらすぐに帰って来ると約束してくれ」

 

 過保護。

 

「勿論です!」







 結論として、拗らせていたお義母様の気持ちを解したのはこの私……ではなく、お義父様だった。

 手紙を書くまで日参すると脅しはしたけど。

 もしあの時ラウール様が迎えに来てくれなかったら今の幸せはなかったこと。お義母様はこのままだと後悔しながら死ぬと思うと率直に言い過ぎて怒られたけど。事実だからか、そこまで怒られなかった。

 今更許されない、と悲しそうに言うから背中を叩いた。物理的に。貴族令嬢として生まれ育ち、公爵夫人として生きてきたお義母様をこんな風に叩いたのは私が初でしょう、うん。

 

 許す許さないを決めるのはお義父様だし、竜人は番にだけは弱いから大丈夫だし、今からだって遅くないと言ったら、急にお義母様が自分は年を取ってもうこんな見た目だとか言い出したから、放置して帰った。

 だってもう、あれはお義父様のこと好きでしょう。

 翌日、手紙を書いたと恥ずかしそうに言うお義母様を褒めに褒めた。絶対平気だけど、これでお義母様をお義父様が拒絶したらラウール様とお義兄様とで折檻しようと約束し、手紙を領地のお義父様に送った。

 

 そうしたら手紙のお返しじゃなくお義父様が帰ってきて、お義母様は部屋に閉じ込められてしまった。さすがに翌日は出てきたらしいけど、しっかり話し合いをしてくれたようで良かった。

  

「お義母様、意外に情熱的なことを書いたんでしょうか?」


 ふ、とラウール様は笑うと、「父も、後悔と我慢をしていたってことだろう」とおっしゃった。

 

 仲直りぐらいはしてほしいと思っていたけど、今更ながらにお義父様が伴侶の証をお義母様に渡して、お義母様が若返るのは想定外だった。

 お義母様が一番恥ずかしそうで、嬉しそうでもあったけど。お義父様はとにかく浮かれていた。ラウール様は自分もあぁだっただろうかと少し恥ずかしそうな顔をした。ぐっとくるのでそのまま恥じらっててほしい。

 

「ラウール様は、今も番を呪いだと思っていますか?」

「……そうだな、それは変わらない。自分と父は幸運を得ただけだと思う」

 

 私もそう思う。

 これからも番という仕組みに囚われて、苦しい思い、悲しい思いをする人達はいると思う。

 

「でも、これからはラウール様達が開発した抑制剤があります。少しは苦しみから解放されると信じています」

「……うん」

 

 いくら両親が幸せを手にしたとして、子供の頃からずっと二人の背中を見続けてきたラウール様やお義兄様、お義父様お義母様の悲しみや苦しみはなかったことにはならない。今が良ければ全てよし、とはならない。

 

「ただ私にとって、ラウール様は祝福ですよ」


 それは私の中の変わらない真実だ。

 

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