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可能性から確信へ

 これは夢だろうか、と思って頬を何度かつねったんだけど、なかなか夢から醒めない。もしや夢じゃない?

 テーブルの反対側、向かいに座っているのは、私の番

 ラウール・グティエレス様。元上司でもある。

 国を跨いでいるはずなのに何故こんな庶民の家に……もし私が研究所でヘマをしてしまったとしても、わざわざ所長が来る必要ないし……。

 

「こうして話をするのは初めてだな」

「そ、そうですね」

 

 いくら同じ研究所で働いていたとして、所長は公爵家の次男。かたや私は庶民。色んな意味で接点がない。接点をもたないようにしてきたし、だから自国に逃げ帰って来たのになんでこうなった。

 

 所長はとても冷静で、私を番と認識して来たわけではなさそう。ただ私のほうは認識しちゃってるからこの至近距離で耐えるのは地獄の責苦なんです。いえ、地獄の責苦に遭ったことはありません、すみません。

 

「大変興味深い話を耳にしまして、このように突然お邪魔をして申し訳ない」

「いえいえ、とんでもございません。孫がお世話になったお方にこうしてお会いできて、直接お礼が言えるのですから」

 

 にこにこと祖母が微笑む。

 

「それで、その興味深い話というのは、我らのことですかな?」

 

 祖父が直球で質問する。無礼だとは思うけど、辛すぎるので早く帰ってほしい。また会えて、しかもこんな近くで番を目にすることができて幸せ。二つの気持ちが私の中でぶつかり合いすぎて既に疲れてる。

 

「えぇ。あなた方は人間でありながら、番を認識できると伺いました」

「遠い祖先が竜人の番だったのですが、それが何故か儂の代から番を認識することができましてな。息子夫婦もそうです」


 祖母も祖父と同じように遠い祖先に竜人がいるとか。しかもそれが二代続けてとか、そんな幸運あってたまるかと思うけど、人でもたまに熱狂的というか、ヤバいレベルで特定の人間に執着する人いるけど、もしかしてあれもそうなのかな。

 

 所長がチラと私を見る。ああああぁ、止めて好きすぎて死ぬんなら死んだほうが色々迷惑かけなくて済むんじゃ!?

 

「では、お孫さんも?」

「さぁて、どうですかな。孫は普通に初恋もありましたしな」

 

 初恋がいきなり番だった祖父母と両親はそのへん、ズレッズレにズレてるので、お話にならないっていうか。

 調べたけど、獣人だって普通に初恋あるらしいし。番じゃない相手でも。ただ番に出会ってしまったらもう番しか目に入らなくなるっていう、改めて言わなくてもヤバいよね、番。

 ……早く帰ってください、所長。口の中やっと治ってきたのに今絶賛噛んで耐えてて、痛いんです本当に。

 

「そうなんですね」

 

 ジッと私を見る所長の目が怖い。悪いことしてないのに悪いことしてる気になってきた。私悪くナイ。

 

「カルラ嬢」

 

 名前を呼ばれた瞬間、心臓が大きく跳ねた。

 名前を呼ばれただけなのに。視線を合わせないようにしてるのに。この、頭がおかしくなりそうなぐらい良い匂いからも、衝動にも必死に耐えてるのにーっ!

 

「わた、私用事があったのです!」

 

 この場から逃げようとして立ち上がり、言った言葉が我ながらおかしすぎて挙動変態。不審とおりこして変態。

 とにかく逃げなくてはと思った私の腕を誰かが掴んだ。

 振り返ると、手を掴んでいたのは他でもない所長で。ぶわっと全身の毛が逆立つというか、血がざわつくっていうか、なんかちょっと拗れた人みたいな表現だけど、もうそうとしかいいようがない。

 振り向いた反射で、所長と目が合ってしまった。これだけは絶対に阻止しようと思ってたのに!!

 

「やっぱり、君も番を認識できるんだな」

 

 やっぱりって何!?

 それにその口ぶりだと自分が私の番だって所長も認識してる風だけど、でもじゃあ何でそんなに冷静なの!?

 

「抑制剤は完成していたんだな、本当に」

 

 ふ、と少し悲しそうに笑う所長に、胸が痛くなる。竜人は番が悲しむ姿を見るのが大嫌いだ。私の中にもあるのか、所長の悲しそうな笑顔に胸が握り潰されそうなぐらい痛む。

 

「今は抑制剤を服用している」

 

 番に会いに来るのに、抑制剤を使用する──というか何でわざわざここに。

 

「服用している理由は、まず謝罪したかったからだ」

 

 そう言って所長は私の手を離し、その場に膝をついた。

 番うんぬんの前にこんな高貴な人にうちの汚い(いや掃除してるけど!)床の上に膝つかせるとかありえない!

 

「しょちょ、所長、駄目です、立ってください!」

 

 いやーっ! 所長の膝が汚れちゃうー!!

 予知能力なんかないけど昨日、ピッカピカに床磨いておけば良かったー!! いや、無理だ!

 

「私を初めて目にした瞬間、どのように感じたか教えてくれないか」

「え、あ……ぅ……」

 

 所長を見下ろしている状態も、初めて所長を目にした瞬間を話さなくちゃいけないのも、祖父母と両親の前で話さなくちゃいけないこの公開しょけ……って皆いない!? いつの間に!?

 未婚の女性と男性を二人っきりにしちゃいけないんじゃなかったっけ、貴族社会では! いや、当然庶民同士でも誤解のないように二人っきりにはならないようにするけど!

 

「その…………」

 

 視線を逸らしたいのに、見上げられている所為で視線が逸らしずらい。しかも真剣だし、所長の顔。いや、真剣な顔以外見たことなかった。

 

「身体……その……」

 

 身体が歓喜するってなんか表現としていかがわしいな、と思ったら言えなくなった。祖父母も両親もそう表現してたけど、もっと別の表現も教えといてほしかった。

 

「沸騰するみたいに、なんていうか……」

 

 反応したもなんかアレだな、自分の語彙力のなさに泣きそう。誰か助けて。

 

「番だって、脳とか、身体が、訴えてきました……」

 

 なんとか言葉を捻り出す。これなら変態っぽくないよね!?

 

「全身が歓喜した?」

 

 私の努力を秒で台無しにしないでください、所長っ!!

 

「ぅ…………」

 

 だから、見上げるの反則だよ!!

 

「……はい……」

 

 もう無理。ぺたりとその場に座り込んだ私に、所長が優しく声をかける。

 

「君は私の事情を知っていたから、私の前から去ったのだろう?」

「……はい」

「知らず抑制剤は完成していた。その私に人間の君が自分は番だと名乗り出ても相手にされないと、そう思った」

「……はい」

 

 まさにそのとおりなので、肯定以外に返事のしようがない。それにしても何故私が番だって分かったんだろう?

 不思議に思っている私に、所長が言う。

 

「抑制剤が切れた頃に、君が届けてくれた書類から、この上なく甘美な香りがしてね」

 

 あぁ、それは私が今も絶賛嗅ぎ続けているこの香りのことですかね……。あ、でも私の中の竜人の血は薄いから、所長とは少し違うんだろうか。

 っていうかそんなに顔に出てた!?

 

「それで、職権濫用ではあるが、君のことを調べさせてもらい、今に至る」

「……なる、ほど、です」

 

 頭の中が飽和状態でまともな回答できてる気がしない。

 

「抑制剤が切れれば、番を目にした自分の理性をどれだけ保てるのか自信がない。君の残り香だけで脳が痺れるようだった。薬が効かない状態で番である君を目にしたなら、私は君を攫って閉じ込める自信がある」

 

 言い切った。言い切ったな。さすが竜人。

 

「だからその前に謝罪をしたかった。それと、下心でもってここに訪れた。もし君が番を認識できて、愚かな私を許してくれるなら、求婚しようと思って」

 

 ストレートな求愛に心臓がヤバい。私は抑制剤使ってないんです。番欲しさに竜人の国にノコノコ出向いたような人間です。

 

「そんなの、ズルいです」

「すまない。全部分かっていて、君を囲い込みにきた」

 

 鬼! 悪魔!

 罵りたいけど、身分うんぬんの前に、心臓がぎゅんぎゅんする。どうして所長は、こんなにも私の好みのど真ん中な上に番なの!!

 

「ここに来る前に、研究所での君の人柄や働きぶりを耳にすることがあった。番うんぬんはさておいても、とても好感の持てる人物だと思った」


 囲い込んでる輪が狭くなってきているのを感じます!

 

「この国に着き、君の住むこの街に辿り着いてから、君の友人とされる者達にも少し話を聞かせてもらった」

 

 えぇ……それはそれで怖い。いやでも、公爵家次男の番なんだから身元調査も必要か。番だからって何でもいいわけないもんね。

 

「皆、口を揃えて言うんだ、君はとても気立てがよくて美人だと。まぁ、美人と男性から聞くのは正直に不快だったが」

「薬、効いてるのではないのですか?」

「そうだ。だがもう君に対して好意を抱いているんだろうな、恋愛対象としてはそうだな、恋の入り口というのか」

 

 所長の語彙力が神がかっていて、どう答えていいのやら!?

 

「知れば知るほど君に興味がわいたし、嫉妬もした。自分自身で知りたいし、私しか知らない君を見つけたい」

「なんだか、それじゃ、番というより、ただの恋人みたい、です」

「番は呪いだろう。お互いが思いあえない関係なら。政略結婚よりもタチが悪い」

 

 一方通行だもんね……。

 

「だが、お互いが番だと認識できるなら話は別だ」

 

 それから、と言葉を切って所長は言う。

 

「番だから私は君以外を愛さない。そういった不安を抱かせることはないと約束できる」

「それは、私も、です」

 

 研究所を辞める時、誰かと結婚することになって、愛がなくてもまぁ良いかなんて思っていたけど、家に戻ってから分かった。番の存在を知ってしまった私が、家族以外の誰かと暮らすのは無理だって分かってしまった。友人ならありだろうけど。だから独り身で生きていけるようにより確固たるスキルを身につけねばと思っていたところだった。

 

「名を、呼んでもいいだろうか」

 

 さっき呼んだのに、今更それを聞くのは……。

 

「色々と、ズルいです」

「貴族なんて大概小賢しく、恋に落ちた男は弱気なんだ」

「さっき恋の入り口って……」

 

 言うの恥ずかしい!

 

「返事をくれないか?」

「…………どうぞ」

 

 所長はぱっと笑顔になる。初めて見る笑顔に、見惚れてしまった。

 

「カルラ」

「……はい、所長」

「君はもう所員じゃないからそれは不適切だ。ラウールと呼んでほしい」

「ら、ラウール様」

 

 少し不満そうだったけど、所長……ラウール様は頷いた。

 

「国を立つ前に服用した。今は一週間ほど経過している。薬が切れるまであと三週間ほどある」

「はい」

 

 一ヶ月ももつというべきか一ヶ月しかもたないというべきか。

 薬が切れれば蜜月に入る。より本能の強いほうが世話を焼く。私とラウール様であれば、ラウール様が。

 

「薬の効果が切れれば私はカルラを攫うように連れ帰るだろう。番ってしまったあとはそばから離せないほどに執着する」

「そうですよね」

 

 祖父母と両親を見てるので、そのあたりは理解しているけど、ラウール様の場合は私よりも竜人としての血が濃い。だからきっと、凄いんだろうな、色々と。

 

「帰郷もきっと一人ではさせられない」

 

 激しい。

 

「屋敷に閉じ込めたい」

 

 まだ薬効いてるんですよね……?

 

「カルラ、私の番になってほしい」

「それはその、私は嬉しいんですけど、ラウール様はまだ薬も効いているわけなので」


 もしかしたら人違いの可能性も……なんてあるワケないことは自分が一番分かってる。身体の全てが訴えてくる。愛しい番、嬉しい、触れたい、声を聞きたい、って。

 そんな私の気持ちを見透かすように、ラウール様が楽しそうに笑う。

 

「君は私を番だと認識しているのだろう? 番はこの世にたった一人だ、カルラ」


 うぅ……。もう駄目。ずっと耐え切れてなかったけど、降参します。

 

 ラウール様の手が伸びてきて頬に触れる。

 

「今、どれほど甘い表情を私に向けているか、自分では分からないだろう?」

 

 恥ずかしくなって顔を隠すと、ラウール様が笑った。

 

「母はずっと父を受け入れなかった。だから番は人間以外であってほしいと願っていた。それなのに、どこからどう見ても人間の君が私を番だと認識してくれるなんて、番になる前からどれほど私に幸福感を与えてくれているか、カルラは想像もつかないだろう」

 

 顔を隠す手をどかすと、ほんの少しだけ泣きそうな、それでいて嬉しそうなラウール様の顔が目の前にあった。

 

「カルラ、私の番。誰よりも愛し慈しむことを誓う」

 

 胸が痛くて苦しいくらいなのに、それなのに甘い気持ちもして、心臓はずっとバクバクいってて、もうどうしていいのか分からないぐらいなんだけど、でもこれだけは言わなくちゃ駄目だって分かってる。

 

「ラウール様、私も同じ気持ちです」

 

 キスをされた瞬間、身体がカッとなって、慌ててラウール様から離れた。

 

「カルラ?」

「あのっ、正式に番になるまで、キス以上のことは駄目です!!」

 

 涙目の私を見て、真剣な表情でラウール様は頷いた。

 

「心得た」


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