5話
魔王は即座に車を飛び出した。
0.017秒の迷いもなくミサイルに向かっていく。
そのまま手をかざすと、光り輝く『道』のようなものが空中に出現した。
いや…ようなもの、ではない。
それはまさしく進むべき道だった。
『道』に触れたミサイルが『道』の流れに沿ってUターンしたのだ。
ミサイルは戦闘ヘリの数10cm横を飛び去っていき、やがて海に着水した。
「ちょっ!!
なになに!?」
「敵だ。
車を止めろ」
ジォガヘュの指示で公用車が止まる。
直後、その横を魔王がいくらか追い越しつつ止まった。
ミサイルを跳ね返した後、着地と同時に走る事で転倒を防いだのだ。
ここまでの一連を目の当たりにしていたヘリの操縦手は、転職を誓いながら機を上昇させた。
「ちょっと高いですね…」
魔王が呟く。
低かったら落としに行ってたと言わんばかりの内容だ。
「待っとれ」
車を降りたジォガヘュが構える。
すると彼の手中に鈍色の金棒が現れた。
金棒は太い。
長い。
硬い。
重い。
もし何かの間違いでこの金棒が土に埋まり後世掘り出されたとしたら、発見者たちは工事の機材か遺跡と鑑定するだろう。
絶対に振り回す武器とは思えないそれを、老魔侯は片手で普通に持っていた。
「ほっ」
そして垂直に飛ぶ。
足腰だけの跳躍であっという間にヘリの高度と並んだ。
が、垂直飛びなので距離は縮まってない。
「ンぉハァ!!!」
直後、ジォガヘュは金棒を一振りし、大気を叩いた反動でヘリに向かって飛んでいく。
鳥類のような風への優雅な気遣いは微塵も無い、轟音と暴風を起こしつつ進む筋肉ロケットであった。
金棒を携えたロケットは折よく旋回途中だったヘリのコクピット横に衝突し、そのまま張り付いた。
「ふん!」
ジォガヘュが防弾キャノピーを拳の一撃で貫き、外からハッチを開けて入ってきた時、操縦手と銃手は先程の映画以上に迫真の悲鳴をあげた。
「空は気持ちいいぞ!」
首根っこ掴まれ外へ放り出され、海に落ちるまでパイロットたちの叫びが途切れる事はなかった。
魔王の秘書が借りた漁師の船でパイロットたちを拾い側近部隊に引き渡すまでの間、魔王一行は時間潰しを余儀なくされた。
「どこの連中かはわかったか?」
ジォガヘュが尋ねる。
「裏は取れてませんが、魔界解放戦線を名乗ってはいるそうです」
魔界解放戦線…魔王制そのものに反対する過激派組織。
しかし実態は全くの有名無実で、盗賊同然の愉快犯というのが共通認識である。
その銃を花火代わりにするパリピ達が、今になって魔王へ攻め始めたのだ。
素直に受け取れる状況ではない。
「クヴォジの差し金か…?
あんなヘリ1機でわしらをどうこうできると本気で思ったなら、奴は想像以上に耄碌しとるぞ」
「そうですね。
いずれにしても考えられるのは、この攻撃が我々には想像もつかないくらい頭の悪い指示で行われた、という事でしょうね」
「頭の悪い指示、か…」
魔王と老魔侯の脳裏で厚化粧の中年女性が高笑いしていた。
「あのーちょっといいっスか?」
ひと区切りの頃合いを見計らってクガが魔王に近づく。
「さっきのアレ!
あの光ってギューンってやつ!
アレなんスか!?」
どうやらミサイルを跳ね返した技について知りたいらしい。
魔王は聞かれた範囲で答える。
「魔技です」
「魔技っスか!?
マジっスか!?
マジ魔技っスか!?
都市伝説じゃなかったんだ!」
魔技。
とは、悪魔が使う特殊技能の総称である。
戦闘用進化の産物だったせいか、400年平和続きな魔界においては使えない者のほうが多数派となっている。
「じゃあじゃあ、あの武器出したやつなんスか!?」
今度は金棒についての質問。
ジォガヘュは自分でも理解が追いつかぬまま使っているので、やはり聞かれた範囲で答えた。
「そういう道具だ。
魔力を流し込むと…ほれ出た」
「スッゲーーーッ!!」
このやり取りを聞いたイヴァナカカはクガを連れてきた己の判断を絶賛した。
自分では言いにくい事聞きにくい事を代わりにズケズケやってくれるのだ。
会談もこいつに全部やってもらうか…などと悪魔として素晴らしい計算をせずにいられなかった。
「どうもお待たせしました」
秘書が戻って来た。
「旅の再開ですね。
皆さん車へどうぞ」
「ちょっと待て。
これ使えんか?」
ジォガヘュがヘリを指差す。
奪って着陸させてある戦闘ヘリだ。
並列複座の機体なので、詰めればそこそこの数を入れられそうではある。
しかし…
「…全員は無理では?」
魔王は子供並の体格しかないが、イヴァナカカ、クガ、秘書の3名は平均よりやや大きい。
ジォガヘュに至っては2m超えの巨漢だ。
ヘリ側が想定しているサイズではない。
「操縦できるか?」
「少々お待ちを」
秘書が乗り込み、ややあって機体が浮き…1分ほど旋回飛行してから戻ってきた。
「いけます」
秘書の言。
「よし。
わしは外でいい」
「外、ですか?」
「そこに掴まりやすいのがあるだろう」
ジォガヘュがヘリの下部…着陸用のスキッドを指差した。
何を言ってるんだこのじじいは…。
彼を除く全員が思ったが、ついさっき化物じみた空中戦をやってのけた男が平然と言うのだから…と、全員が常識での反対を諦めた。
公用車に積んであった素材で風防の応急修理を済ませ、4名が座席につく。
男衆が座った上に女衆が重なって。
「ふふふ…ムラムラしていいですか?」
「今はやめて…操縦しにくい」
「うわっ、うわっ…イヴ様柔らけ…っ。
いい匂い…」
「んんんっ、おいっ、固いの当たってるぞ!」
「そっそれは…操縦桿です!!」
「じゃあ目の前のこれは何だ!」
「ヘリのチンポです!!」
「2本あるじゃないか!」
「お得っスよね!!」
若き男女がきゃあきゃあ騒ぐその外、足元には老害がぶら下がっている。
ヘリは魔界の縮図となり飛んでいった。
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読まなくていい設定集
1、魔技
悪魔は地球における空気にあたる魔素を肺から取り込み血液循環などのエネルギーにする。
魔素を攻撃など生命維持以外のエネルギーに変換する機能を総称して魔筋力、外面的に発揮された力を総称して魔力、魔力による技術的な現象を総称して魔技と呼ぶ。
魔筋力の強弱、魔技の巧稚は才能に大きく左右され、近代は魔技を使えない若者も多い。
言わば身体的特徴を活かした技術であるため、本体の望み通りの能力が使えるわけではない。
魔技の性質は本体の深層心理に影響されると言われているが、深層心理自体がまだまだ研究段階であるため俗説の域を出ていない。
当然、魔素の成分は地球の大気と全く異なる。
2、ジォガヘュの金棒
ネモヤ傘下の企業が開発した最新武器。
手の平サイズの小石とセットになっていて、小石にジォガヘュの魔力(の情報)を流し込むと金棒と入れ替わる仕組み。
量子もつれを応用したテレポートであり、実験では魔界のおおよその場所で使用できた。