3話
「ちっちょっ↘と↘待っ→たァ↗ーーー………!」
会場に残った魔侯は6名。
魔王側を表明した魔侯はモムビマ、サンシン、ジォガヘュ、ムバジャー、科学担当の5名。
叫びの主は、モムビマに無視された最後の1名であった。
「ぅうおっ…我は!
我はまだ魔王につくとは言ってないぞ!」
彼女は立ち上がって訴えた。
魔侯は全員魔王側と勝手に決めつけられた事に憤っていた。
「まずテメー誰だよ?」
「あ…が…!」
憤っていたが、科学担当が激怒の眼光で睨みながら問うと喉詰まりした。
体は威嚇で負けた猫のように構えだけとりながら退いていく。
「彼女はイヴァナカカ。
新しい魔侯ですよ、ネモヤ。
連絡されていませんか?」
魔王の説明で科学担当…ネモヤの視線が外れると、やっと後退が止まった。
「新しい魔侯…じゃあゴトケスウのやつを殺ったっていう?
この屁っ放り腰が?
………へえ」
魔界では1対1の決闘による下剋上が法律で認められている。
尤も上昇志向の悪魔は今や希少種で、しかも実力者揃いの魔侯に挑むのはひねくれた自殺と言っても過言ではないため、実行に移す者は皆無なのだが。
いろいろ様変わりした現代において、誰も使わないのに残り続けている廃屋みたいな法だ。
その下剋上を達成したという事実ただ一つでイヴァナカカ、そして魔王の異常性は充分に読み取れた。
「紹介も済みましたので、改めて伺いましょう。
あなたはどうしますか?
イヴァナカカ。
私に異論があるならご遠慮なく」
意見を促されたイヴァナカカはチンピラから視線を外せる嬉しさのあまり一瞬笑ってしまった。
魔王は小さくて弱そうだし怖くない。
自分のほうが背も乳もずっと大きい!
と、56歳の若輩らしい浅慮で勇気を取り戻していった。
「異論あるとも!
魔王!
貴公は間違っている!」
「はあ。
何がどう?」
「悪魔の考えは魔それぞれ!(注∶地球における人それぞれ)
誰かに決めつけられたり押しつけられたりするものではない!
いいではないか!?
出て行った方々にもそれぞれの意見があるのだから、わざわざ否定せずとも良いではないか!?
自分の考えを他者へ押しつける貴公の態度は大悪魔げない子供のワガママだ!
上に立つ魔王であれば、無用な争いを生む幼稚を脱していただきたい!」
決まった…!
イヴァナカカは得意満面だった。
時代錯誤の異常者をみんなが言ってる常識で論破したのだ。
今度は勝利感が口角を持ち上げた。
だが…
「私は自分の考えを押しつけてなどいませんよ」
「えっ」
「『魔界が滅亡しかけている』
『原因は思想』
『滅亡回避のためには思想を改める必要がある』
これらは客観的事実です。
魔それぞれの考え方で変わるものではありません。
仮に私が反出生主義だったとしても事実に変化はありません。
押しつけか否か判定するとしたら
『事実を押しつけている』とは言えるでしょう」
「うぐぐ…し、しかし魔界を存続させようとしているではないか!
それは自分の考えではないのか!?」
「確かにそこは私の考えです。
ですが私が本当に考えを押しつけていたなら、あなたはもう殺されていますよ。
あなたが生きて異論をぶつけ反論を返され、その上あなたからの再反論を受け付けられている状態を押しつけとは呼びません。
私をぐうの音も出ないほど言い負かせば良いだけの事。
先ほどの客観的事実にしても
『それは事実ではない』と言いたいのであればいかに事実と異なるかをただ粛々と説明すればよろしい。
説明できない、つまり単純に論破されただけなのに押しつけられたと騒ぐのは責任転嫁による冤罪であり、詐欺です」
「そ…それはそうかも知れないが…貴公が考えをぶつけたせいで争いが起きてるのは事実だし…。
争いが起きるのはわかりきってたのに考えを曲げなかったのは、幼稚と言っても…いいはず…だし…」
「幼稚なのは誰か、ですか。
先述しましたように
『原因は思想』
『滅亡回避のためには思想を改める必要がある』は単なる客観的事実です。
事実だとしても嫌だから絶対に無視する、滅亡を招く害でも好きだから絶対にやる、という現実逃避の態度こそ子供のワガママです。
もしくは痴呆の塗糞ですかね。
いずれにせよ、知性持つ大悪魔であれば咎めるべき愚行です。
加えて、魔界の管理者の立場に就きながら滅亡を傍観する職務放棄は無責任な子供のワガママです。
『争うくらいなら黙っていたほうがいい』
『見逃した害が世に仇なすとしても、自分が楽ならどうでもいい』
これは自己防衛のための処世術に過ぎません。
弱く無責任で自己すらまともに知らぬ中学高校レベルの浅知恵です。
まあ、厨二病のニヒリズムですね。
つまり真逆なんですよ。
自己以外の価値を知る大悪魔だからこそ魔界のために争うんです」
「あぐっ…」
「仰る通り考え方は魔それぞれ。
しかし幼稚なのは子供のワガママ程度の考えを持ち大悪魔ならではの考えを否定する者の方です。
あなたの事ですよ、イヴァナカカ。
あなたは今回の件を無用な争いと認識しているようですが、それも誤解です。
必要を阻止する者との争いは、即ち必要な争いなのですから」
「……………」
結局イヴァナカカは何も返せなくなってしまった。
萎縮しているのではない。
言葉が無いのだ。
しかし彼女の名誉のために補足すると、イヴァナカカは全面的に正しい。
なぜなら子供のワガママを通す事こそ悪魔の本懐なのだから。
魔界のための責任を語る魔王こそ狂った変態であり、謗られるべき悪魔でなしなのである。
「どうやら反論が尽きたようですので再度伺います。
あなたはどうしますか?
なんの正当性もなく同性愛やフェミニズムを支持するのであれば、あなたも罷免せざるを得ませんが」
「貴公に協力する…」
イヴァナカカは折れる他なかった。
どうあれ、せっかく手に入れた権力や命を手放すよりはマシだった。
「ではあなたにも会談に同行してもらいます」
「(え゛゛゛゛っ゛゛゛!!)」
マシだと思ったのも束の間、命を手放す羽目になりそうな任務を仰せつかってしまった。
「2日後にクヴォジの城へ出発します。
会談に臨むのは私、ジォガヘュ、イヴァナカカの3名。
ムバジャーは警察の長として領内の警備、及び避難誘導を指揮してください。
サンシンとモムビマはクヴォジの逃走に備え後方で待機。
ネモヤには電子戦、サイバー戦による支援をお願いします」
「あー、悪りぃけど今シメに入ってる事業があんだよ。
日程変えてくれ」
「2週間後では?」
「それでいい」
「決まりですね。
各自準備に入ってください。
ジォガヘュとイヴァナカカには立場を示すため出発時点から私に同行していただきますので、集合場所を間違えないように。
では、私はお先に失礼します」
とんとん拍子に話が進み、魔王は会場を出て行った。
「ついにこの時が来たか」
老魔侯ジォガヘュが感慨深げに呟く。
「殺す?」
するとムバジャーが即座に言った。
呆れたネモヤが窘める。
「オメーはいつもいつも…もっと頭使えって言ってんだろ」
「使った。
魔侯は魔王止めるためにある。
殺せば止まる。
間違ってるか?」
その問いには誰も答えなかった。
初代魔王の暴走を受け発足された魔侯制度。
魔界の権力を分散し、有事には魔王を打倒すべく集められた実力者たち。
彼らにとっても魔界のための改革を行う魔王の登場は未曾有であり、この先の事はまだ誰にもわかっていなかった。