2話
「いま出て行った両名、クヴォジとズヨカオとは後日改めて会談し、彼らがどうしても魔界の存続は二の次だと言うなら罷免し、抵抗があれば処刑したいと考えています」
魔王は事も無げに言ってのけた。
クヴォジが車椅子、ズヨカオが厚化粧だ。
クヴォジは先述の通り最高の発言力を持つ魔侯であり、実質魔王以上の権力者。
ズヨカオは魔侯らに軽んじられてはいるものの二代目魔王の妻であり、女性の味方、即ち悪魔の半数の味方を標榜する立場にある。
対する魔王はほんの1週間前就いたばかりの出来立てホヤホヤだった。
先代の父と決闘し下剋上した…それ以外に何の実績も無い。
その新芽も同然の小娘が、魔界全土に根を張る大木2本を切り倒すと言うのだ。
魔侯たちは呆れる余裕も失せるほど驚いた。
「異論が無いのであればあなた方にも協力していただきます。
よろしいですね?」
魔王の確認に妖艶な魔侯が問い返した。
「異論があればどうする?」
「それを語ったうえで議論していただきます」
「魔界存続のためにか?」
「はい」
「ふむ」
妖艶な魔侯は狐耳を軽く伏せ、書道パフォーマンスの毛筆ほどもある尾を膝に抱いた。
舞いたがる毛の塊を撫でつけて誤魔化している。
彼女が考え込む際の癖だ。
4度撫でたところで狐耳が立ち上がった。
「あいわかった。
わっちはこの新魔王に加勢する」
妖艶な魔侯…モムビマの言葉は魔王への返答というより他の魔侯への牽制だった。
魔王に背けば自分とも敵対するぞ、と強調した形である。
それを受けて紳士然とした魔侯が狼狽えた。
「いやはや、なんとも性急ですな…脚本はもっと時間をかけて練り上げていくものですぞ。
そのライブ感、わたくしにはついて行けそうもありません」
「来い。来ねば抱く」
「オッホッホそれは嬉し…あ、いや、今のはどうか聞かなかった事に」
「いーやしかと聞いた。
さて、そちがこのモフモフに靡いたとなれば、あの鬼嫁がどう出るか見物じゃのう?」
「いえいえうちの鬼は…あ」
「夫婦喧嘩の火種が欲しいか?
わっちのベビーカーに乗って鬼退治したいか?
魔王と仕事するか?
好きな未来を選べ」
「魔王様に協力させていただきます…」
狼狽えていた紳士…サンシンはモムビマとの数ラリーであっさり折れた。
モムビマは間髪入れず次の魔侯へターンを移す。
「ジォガヘュ!
そちはわっちに抱かれるじゃろ?」
「わしが抱かれたがってるみたいに言うな」
ジォガヘュと呼ばれた老魔侯はひたすら気まずそうに顔をしかめるばかりで、昔なじみの放つしょうもない小ボケを咎めるのが精一杯の様子だった。
「では魔王に付くのじゃな?」
「うむむ…」
腕を組んで唸る老魔侯。
できれば永遠に悩んでいたいのだろう。
それを魔侯のほとんどは理解していたので、黙って待っていた。
「…奴らへの対処は段階を踏むのだな?」
「まずは直接彼らの居城へ出向き、話をする予定です」
「うむう」
魔王に確認し、また軽く唸り、しかし彼にしてはかなり早く決断した。
「わしも会談に参加させてもらえるのなら協力しよう」
「むしろあなたに逃げられては困ります」
「うははっ!!
そうか!!そうだな!!」
ジォガヘュはクヴォジに次ぐ年長者である。
無欲ゆえに権力では劣るが、過去の功績や個の戦闘力では随一だ。
彼を味方にできた事に魔王は内心安堵した。
「さて…次はムバ。
ムバジャー。
そちも魔王側でよいな?」
すっかり司会役になったモムビマが呼びかけると、大毛量の長髪を持つ女魔侯が上げた右手で◯を作った。
給仕が次々運んでくる肉にかぶりつき、肉だけを見、肉だけを味わい、肉だけを考えながらのサインであった。
「あとは面倒臭いチンピラ。
今さら反対すまい?」
「しねーよ色ボケババア」
面倒臭そうに話を振られた科学担当の魔侯も魔王側につく事を表明した。
彼は誰がどう観察しても激怒しているようにしか見えなかったが、そう見えるだけだったので退席しなかったし、魔王に反対もしなかった。
結果的にだが、1番反対しそうだからと後回しで圧をかけるモムビマの謀は杞憂に終わった。
「うむうむ♪
魔王ギヘカロバよ、わっちら残った魔侯は全員そちに協力するぞ♪」
「ありがとうございます」
上機嫌のモムビマ。
表情を微かに綻ばせた魔王ギヘカロバ。
その様子を見ていた給仕たちはようやく死地を抜けきったと喜び、会場は和やかな空気に包まれていった。
「ちっちょっ↘と↘待っ→たァ↗ーーーーーーーー………!」
その時だった。
一聴しただけで叫び慣れてないとわかる大声が響き、モムビマは興味深げに目を細めた。