14話
「撃て!!」
クヴォジが命ずる。
が。
ボンッ
発砲音より早く水袋の割れる音が響く。
誰より先に銃を構えた忠臣が金棒で打たれ、上半身丸ごと血煙に変えられていた。
下半身は始めから何も乗ってなかったみたいにしばらく立ち続け、やがてふらりと倒れる。
大質量の金棒に超高速で殴られる死は、まさしく工事機材による事故同然の悲惨さだった。
「あっあ…ああーあああーっ!!!」
近くに立つ別の大臣たちは同僚の血肉と臓腑をたっぷりと浴び、半狂乱で撃ちまくる。
「うはははははっ!!」
だが瞬間移動さながらの加速で動き回るジォガヘュには狙いをつけられず、マシンガンの高速連射による面制圧的なまぐれ当たりは巨大な金棒で防がれていた。
しかもただでさえ当てられないのにおよそ1〜2秒おきに新たな臓腑を浴びせられるのだ。
当然、その都度仲間が消えていっている。
充満する死の臭気は、元々死との距離が近い年寄りの神経を垢すりよろしく逆撫でる。
大臣側の狂乱は深まるばかりであり、それは全く戦いのレベルに達していない虐殺だった。
最後に残された大臣は何も無い壁に夢中でトリガーを引き続け、そのまま夢の世界へ切り…いや砕き離された。
結局20秒とかからぬうちに10名以上の大臣たちは全て肉片と化してしまった。
「うははははっ!!
目の前の敵を殺せば解決する!!
こんなに楽な話は無いわ!!
だろう!?クヴォジ!!」
笑って車椅子へ歩を進めるジォガヘュ。
一気に飛び込まないのは威嚇であり、ひと踏みで金棒を届かせるための間合い調節であり、様子見でもある。
「化け物が…しかしいくらお前でも体力は衰えているはずだ。
いつまで保つか見ていてやる」
クヴォジの次なる手はシンプルな増援だった。
廊下から戦闘ドローンと新たな大臣たちがとめどなく追加されていく。
大臣たちはもれなく老いていた。
若い、と絶対的に形容できる者は皆無。
相対的に最も若い大臣でもほとんどジォガヘュと同世代だ。
先に居た10数名は500〜600代と比較的年少だったので、若造が特攻隊を務めさせられたのは明らかだった。
「ぬしらLGBTQか!?」
ジォガヘュの問い。
先頭の大臣が毅然と答える。
「あんな異常者どもと一緒にするな!
我らは普通だ!」
「ならなぜ立ち向かう!?
なぜこのボケジジイなんぞに道連れる!?
武器を捨て黙っておれば職探し程度で済むのだぞ!!」
「推して知るべし!
社会を要不要で分かつのなら明日は我が身だ!
近い将来必ずや老魔の権利は縮小されるであろう!
我らは我らの自由を守るために撃つ!」
力ある赤子は子宮へ還ろうともがく。
大臣は己の不要を、害を暗に認めながら、自らの由で母体を死ぬまで食い散らかすと宣言した。
その正当な権利を守らんと引き金に指をかけた瞬間、先頭の大臣は天へ還った。
「ギヘカロバ!!
雑魚はわしが受け持つ!!
魔王の仕事を果たせ!!」
魔王はこの1分ほどの間傍観につとめていた。
流れ弾を避ける以上に動けばうっかり金棒の軌道に入りかねないのだから無理もない。
ジォガヘュがクヴォジから遠ざかるようにドローンらを誘導し、ようやく動けるようになった。
「ふうっ!」
もう罠は無いと見たか、ためらいなく飛び込みクヴォジの脳天めがけ踵落とし。
だが車椅子が金切り音を立てて後退し、魔王の踵は床を砕くに留まる。
その僅かな硬直へ車椅子の右手すりから機銃、左手すりから小型ロケットが放たれた。
「ふふふ…」
魔王が微笑みながら構えた『道』が弾もロケットも一様に跳ね返す。
返された機銃は壁に飾られた絵画の価値を著しく下落させ、ロケットは裸婦の彫像を不燃ごみにした。
「弱者を踏み潰そうとしながら自分は無傷とはな。
実にお前らしい技だよ」
一旦は射撃を止めたクヴォジだったが、反射角度のコントロールに難ありと見切り、再び撃ち始めた。
車椅子背部からの小型ミサイルも加えていき、走り回りつつ足元や背後へのロケット着弾を狙う動きだ。
魔王もそれを嫌って走り回る。
「何か誤解されているようですが、あなたが潰されるのは弱者だからではありません。
害悪だからです。
無を尊び光を卑しむ、物質世界と相容れぬ異次元の侵略者だからです。
物質は在って知に照らされてこそ。
有の世界へ上がり込み、俺様に光を奪わせないほうがおかしいだなんて、盗人猛々しいですよ怪物さん」
魔王が床のマシンガンを拾う。
元大臣たちの遺品だ。
膝立ちになってクヴォジに向け引き金を引く。
しかし何も起こらなかった。
「生体認証だよ。
神がお前には盗むなとさ!」
ここぞと火線を集中させるクヴォジ。
反応よくマシンガンを諦めた魔王はまた走り出し、今度は別の拾い物をピンと親指で跳ね上げる。
9mm銃弾だ。
やはりこれも大臣らの遺品だった。
闇雲に撃ちまくられたせいで踏まずに動くほうが難しいくらい落ちている。
魔王は跳ね上げられ落ちてきた銃弾を手の平で受け、ほぼ同時にもう片方の手で上を塞ぐように構えた。
=型になった手の中には『道』があった。
車輪のような縦型円形の『道』。
その輪の中で、銃弾は出口を求めひたすら加速し続けていく。
ものの数秒でヒィイイインと風を鳴かせ摩擦で輝き始めた銃弾は、クヴォジ側に開いた『道』から飛んでいった。
「うっううごっ動くなああっ!!
こいつらを撃つぞおおァッッ」
轟音とともに上司が粉塵の中へ消えてしまったのを見た大臣の1名がバルコニーを銃口で指しつつ叫ぶ。
そこにはいつの間にか運ばれていたカイフシアのシリンダーがただ在り、その傍で恥も外聞もなく抱き合うイヴァナカカとクガがへたり込んでいた。
無論乳繰り合っていたわけではなく、互いに藁を掴んでいただけである。
「ひーお助け!」
「わわわわわわっわわかった!
我が領地の半分を貴公にやろう!
だからその…やめてぇ!」
2名とも泣き出さんばかりに困っていた。
これはいけない!
と秘書が急ぎ駆けつけ、醜態をベストアングルで録り始めた。
「ふう間に合った」
「何にだ!!」
自分以外へ銃口を向ける者を片っ端から叩き潰しながらジォガヘュがツッコミを入れる。
「それはもちろん英雄殿の救助シーンにですよ。
僕が出しゃばったんじゃあジォガヘュ様ファンからの支持率が落ちます」
秘書は余裕に満ちて言う。
片手に端末を構え、もう片方は自前の拳銃で大臣らの頭に穴を開け、格闘狙いで寄ってきたドローンには蹴りをお見舞いするマルチタスクをこなしながらも全く平然としていた。
イヴァナカカたちを軽んじているのではない。
ジォガヘュに絶大な信頼を置いているのだ。
「ったく…。
おいそこの!!
『その位置からなら』好きなだけ撃っていいぞ!!」
魔質(注∶地球における人質)をとった大臣へ許可するジォガヘュ。
撃っていい…それはつまり魔質が効いていないという事であり、どうなっても大臣は助からないという事である。
「へああー」
ヤケクソの大臣は言われるがままマシンガンを乱射した。
その弾は全部しっかりバルコニーへ飛び、全部バルコニー手前で落ちる。
「へっ」
魔質大臣は物理法則の裏切りに毒気を抜かれ、呆けたまま金棒で霧散した。
「怪我はないか?」
増援が落ち着いてきているのを確認し、ジォガヘュがバルコニーに近づく。
「なんでオレたち…撃たれたのに…」
そこへクガの疑問。
質問でなく戸惑いだった。
録画&戦闘中の秘書が耳敏く拾い、やや遠くからわざわざ大声で語る。
「『世を覆う慈悲の壁』(ファーザーズバック)!
ジォガヘュ様の魔技さ!
貴重な体験だよ君たち!」
「その名前はよせ!!
年寄りを凍え死にさせる気か!!」
ジォガヘュはヘリ風に当たったあと並の寒気に襲われた。
『世を覆う慈悲の壁』…この名は特集本の購買欲を煽りたいマスコミによる命名…要するに捏造であり、使用者自身も仲間も単にバリアーと呼んでいる。
性能は単純明快、バリアーである。
ただし自分や近距離の物体を直接の防護対象にはできない(張った後で近寄り触れる事は可能)。
クヴォジの罠に落ち、飛び戻った時もこのバリアーを足場にしたのだ。
「なんなんだよ…」
再度クガの疑問。
戸惑いであり、怒りでもあった。
「やっぱりアンタらおかしいよ!
なんでそんなスゲーんだよ!
なんでそんな簡単に殺せるんだよ!
なんで!」
怒られたジォガヘュは、異世界へ転移したような心地になった。
「なんで?
うはははははっ!!
そうかわからんか!!
当然よな!!
わからぬよう仕向けてきたのはわしらだった!!」
ジォガヘュは議論せず、今までと同じく自分以外へ向く銃口を叩き潰しに戻った。
「ぐ…む…」
『道』の一種『加速器』の攻撃を受け、クヴォジの車椅子は大破していた。
隻腕隻足の老体が傷と汚れだらけの絨毯にうつ伏せで横たわる。
『腐敗の終わり』と銘打った一枚の絵画のような象徴的惨めさだった。
「あの車椅子にはまだまだ面白い仕掛けがあったのに…これだから若造は、生き急いでいかん」
嘯くも、魔王は取り合わない。
どう殺すのが最もセンセーショナルか迷っていた。
「害虫駆除の基本に立ち返るとしましょうか」
選んだのは圧殺。
飛びかかり、空中で踵を真上まで振り上げる。
「そうしよう」
その瞬間、クヴォジが何事も無かったように、義足でもないかのように素早く立ち上がって踵落としを避け、落とされた足首を義腕で掴んだ。
「うっ…!?」
そのまま魔王を持ち上げ、子供が大きめの虫で遊ぶように地へ振り下ろす。
「はっ!」
魔王は勢いよく振られながらも、どうにか床に『道』を添わせる事で叩きつけの威力を横へ逃がした。
『道』で横滑りしていく魔王に引っ張られかけたクヴォジは惜しげもなく手を離す。
「厄介な能力だ。
本当に性格がよく出てる」
魔王が滑っていく間に、クヴォジは車椅子の残骸を漁る。
玉座代わりの豪華絢爛な車椅子。
とりわけ華美な背もたれの支柱。
未だ輝きを翳らせぬその左右2本を拾い1つに繋ぎ合わせると、支柱の中から槍の穂先が飛び出てきた。
「さて、面白い遊びはおしまいだ」