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1話


「結婚・出産・育児を推奨します」

魔王の言葉に会場は凍りついた。

統一期800年の祝賀も兼ねた定例の魔侯会議。

世間話と思い出話で構成されるはずの形骸が、実に数百年ぶりに会議として甦った瞬間だった。

魔界のための話し合いなど1秒たりともしたくない魔侯たちは、当然の如く魔王の無粋を責め立てた。

「控えろ身の程知らずめ。

そもそもワタシは魔王の代替わりなぞ認めてない。

誰か!!

この不心得者をつまみ出せ!!」

厚化粧の魔侯が周囲に呼びかける。

が、誰も動かない。

給仕たちが魔王に挑む実力や度胸を持ち合わせているはずもないし、建前上全員同格の魔侯たちは命じられて従う身の程ではない。

結局、最年長である車椅子の老魔侯が言葉を引き継ぐに留まった。

「俺も同意見だ。

百歩譲ってお前を三代目と認めたとしよう。

しかし結婚・出産・育児の推奨などと…どうしてそんな差別をしなきゃならない?

まるで大戦期の発想だ。

時代錯誤も甚だしい」

厚化粧の魔侯も便乗し畳み掛ける。

「そうだそうだ!!

身の程だけでなく女性の権利も知らんとは!!

我が娘とは到底思えぬ愚昧!!

魔王としてどうかは言うまでもない!!

あ〜その顔があると酒が不味くなる!!

とっとと失せろ!!」

魔界の最高権力者2名から立て続けに浴びせられる非難と怒号。

他の魔侯たちからの視線も冷ややかで、傍らの秘書を除けば孤立無援。

並の悪魔であればさらなる怒りを買うとわかっていても泣き出すほどの苦境である。

実際、直接怒りを向けられているわけでもない給仕たちでさえすすり泣いている。

しかし魔王には一片の動揺も無い。

日常のように、コンビニレジ前のようにただ静かに待ち、単に順番が来たからという気軽さで会話を続けた。

「なぜ結婚・出産・育児の推奨をしなければならないかご説明します。

現在魔界の魔口(注∶地球における人口)は1億。

第1次大戦時のおよそ100分の1であり、なおも減少傾向にあります。

原因は明白で、子供を産まないからです。

ですので、魔口回復のため、魔界維持のために推奨していく必要があるのです」

確実に減っていくものをゼロにしたくないなら増やさなければならない。

それは一手考えれば誰でもわかる、ほぼ全員が知りながら目を背けている常識であり、魔王の主張は醜女に姿見を叩きつけるが如き蛮行であった。

「具体的には?」

ここで科学担当の魔侯が割って入った。

腕と脚を組み、イスにふんぞり返って魔王を睨めつける彼は誰がどう観察しても激怒しているようにしか見えない。

だが魔王は全く気にせず、問われた事に淡々と答える。

「不産の原因は複合的ではありますが、根源となっているのは個魔主義(注∶地球における個人主義)でしょう。

自分の一生が最優先。

魔界は一方的に利用し食い尽くすべき敵。

その思想による1億総寄生虫時代が今です。

ので、思想教育によって個魔主義を根絶していきます。

魔界という体に生きる細胞は魔界のため働き魔界を生かしてこそ自らも永らえると教え、これを出産推奨の根拠とします。

また現在、出産推奨と矛盾する同性愛という非生産、フェミニズムという反生産が半ば強制されていますので、同性愛については同性婚への補助の全面終了、フェミニズムについては根絶を行い、異性愛こそ悪魔が採るべき正しく善い生き方であるという思想を確実に根づかせていきます」

害のせいで滞っているのだから害を除かなくてはならない。

これも目的に対する手段としては自明の理である。

当然、心に醜女を飼う者たちは怒り狂った。

「フ、フフ、フェミニズムの、根絶…?

異性愛こそ悪魔が採るべき生き方…?

ああああああああ無理無理無理無理無理無理無理キモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいィイイイイイイイイ!!」

「なんたる暴論…!

魔王、お前は性の多様性を全く理解していない!

必要なのは魔界ではなく多様性を尊重し誰も取り残さない魔界なんだ!

今はそういう時代なんだよ!」

今はそういう時代。

近代悪魔にとってまさしく完全無欠の正論だった。

これを言われた者はいかなる理論を以てしても抗う事は許されない。

歯向かえば社会的に抹殺される最強の言葉だ。

しかしやはり魔王には通じなかった。

「今はそういう時代…おっしゃる通りです。

非生産や反生産を尊重する時代です。

ですので、そういう破滅的で知的生物として間違った時代は改めねばならない、という話をしてきたのですが。

聞いておられませんでしたか?」

「話にならん!」

最高権力者たる魔侯の中でもさらに最高の発言力を持つ車椅子が言う『話をする』とは『相手が自分の命令に従う事』を意味する。

魔王に対話を拒まれた車椅子の魔侯は会場を出て行ってしまった。

「図に乗るなよ泥魔形(注∶地球における泥人形)。

ワタシはお前が三代目だなんて絶っっっっっ対認めないからな。

専業主婦のお前が魔王だなんて…あああああ汚らわしい!!

魔王になるべきは名誉クソオスなどではない!!

自立した女性だ!!」

厚化粧の魔侯も続いて出て行った。

円卓には3つの空席と6名の魔侯が残された。



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