創世神話 後編
かつて、世界に満ちる生命を奪われた二柱の神たち、光と生命の女神リュミエールと闇と死の神ヴィヌラニスは、外神ニャルラトホテプを討つための手段を講じていた。
世界を再生するだけでは足りない。外神ニャルラトホテプを討たねば悲劇は繰り返されてしまう。
かといって、今ある生命では足りない。今の自分たちでは不足でしかない。勝機は濃密な暗闇に閉ざされている。
ゆえに、光を差すためには力が必要だった。だが、さらなる力を得ることはできなかった。
さらなる力を得ることはすなわち、創造偽神デュミンウーゴスを超えるということ。だが、それはできないことだった。
ならば、と二柱の神たちは求めた。外神ニャルラトホテプを討つための方法を。そして、一つの結論へ至った。
自分たちの力を分け与え、育てていく。外神ニャルラトホテプを討つための存在、勇者を創り出すことを。
光と闇の聖剣によって、奪われた生命を取り戻すことを。
その結論に至った二柱の神たちは行動に移した。世界にいる生命から一際強い生命を見つけ、力を分け与えた。反逆防止の対処を施したうえで。
そして、力を受け継がせ続けた。自分たちの力を最大限使うことができるようにするため。
そのようにして。強い生命はさらに強くなり、やがて勇者と呼ばれるに至った。アラスゼンという名を与えられて。
勇者アラスゼンは着々と力を着けていった。呪いの標から現れ出した外神の使途たちを討ちながら。
やがて外神ニャルラトホテプが勇者アラスゼンの存在に気付くと、その生命を喰らおうと世界に現れ始めた。
無貌のスフィンクスという姿をとって。しかし、外神ニャルラトホテプの出現は想定されていた。
光と闇の結界が呪いの標を囲うように作動したから。結界に抗うことは不可能。外神ニャルラトホテプは結界を破ろうとするも無駄な足掻きとなる。
そこに、光の聖剣コージアと闇の聖剣レーヴァスレイブを手にした勇者アラスゼンが現れ、結界の中に入っていった。
そして、勇者アラスゼンと外神ニャルラトホテプの戦いの幕が切り落とされた。
無貌のスフィンクスの姿をとっている外神ニャルラトホテプは、その無貌の頭部から紅き光線を吐き出すように撃ち出した。
嵐のように撃ち出される紅き光線に臆することなく、勇者アラスゼンは駆け出し、外神ニャルラトホテプとの距離を詰めていく。そして、光と闇の双聖剣による連撃を浴びせかかる。
されど、外神ニャルラトホテプは倒れることなく、姿を無貌のスフィンクスから変える。災厄暴竜カラミティードラゴンへと。滅びのオーラを身に包んでから。
勇者アラスゼンは距離を取ると、外神ニャルラトホテプの攻撃に身構えた。吐息によるブレスか、巨躯から繰り出される爪牙による連携攻撃か。巨大な尾による薙ぎ払いなのか。どれかなのか分からなかったから。
外神ニャルラトホテプがとったのはブレスによる攻撃。邪悪な闇を込めた黒き灼熱の吐息だ。
その吐息が勇者アラスゼンを覆い焼き尽くそうとするも、それは叶わなかった。
掲げられた光の聖剣コージアが光の結界を作り出すと、勇者アラスゼンの周囲に広がり黒き灼熱の吐息を防いだから。
そのことに気付いた外神ニャルラトホテプは吐息を吐くのを止め、すぐに爪牙による連撃へと移した。
鋭利な爪と巨大な牙。それらが勇者アラスゼンに襲いかかるも、闇の聖剣レーヴァスレイブが猛攻を受け止める。
それは牙で噛み砕こうとした外神ニャルラトホテプにとって悪手となった。
闇の聖剣レーヴァスレイブに込められていた闇と死の神ヴィヌラニスの力が解き放たれ、外神ニャルラトホテプの口内に散り刺さることになったから。
内部から攻めてくるヴィヌラニスの神威に力を奪われていくのを感じたから。
外神ニャルラトホテプの憎悪が闇と死の神ヴィヌラニスの神威とせめぎ合う。幾ばくかの拮抗の後、離れる。
これ以上の時間は無いと外神ニャルラトホテプは悟ったから。
しかしそれは、闇と死の神ヴィヌラニスと同じだった。単身では勝てないと感じていたから。
二柱の神の力。すなわち、光と生命の女神リュミエールの力がなければ、完全に勝てないからだった。
守りに徹している光の聖剣コージアの力を攻撃にまわし、双聖剣での連撃によってのみ外神ニャルラトホテプを完全に滅ぼし、奪われた生命を取り戻せるから。
ゆえにヴィヌラニスは自身の神威を引くと、闇の聖剣レーヴァスレイブへと戻した。
憎悪に歪んだ外神ニャルラトホテプは自身の姿を再度変えた。狂えし大悪魔の姿へと。
3対の巨大なコウモリの翼。黒龍鱗を張り詰めた細身の胴体。翼と同対の竜の手腕。それに一対の禍々しい双剣。
身体を支える力強い双脚。悪魔と竜を混ぜ込んだ頭部。
最後の抵抗として勇者アラスゼンに立ちはだかった。
姿を変え終えた外神ニャルラトホテプは憎悪からすぐに勇者アラスゼンへと攻めかかった。
手にした禍々しい双剣から繰り出される連続攻撃。残りの腕からは闇の礫が撃ち出される。
カラミティードラゴンの時とは違う、さらなる猛攻。防戦にまわらざるを得ない勇者アラスゼン。逆転の一手は見えない。
隙きが見えたとしても、頭部から吐き出される禍々しき灼熱のブレスが吐き出される。吐き終えれば休むことなく、双剣と闇の礫による猛攻。予断すらも許されない。
しかし、外神ニャルラトホテプの猛攻を防ぎながらも勇者アラスゼンは勝機を見出していた。僅かな隙きをすでに見つけていたのだ。
禍々しい双剣と闇の礫の連携攻撃の後、禍々しき灼熱のブレスへと切り替わる僅かな瞬間。そこが勇者アラスゼンが見つけた勝機でもあった。
見出した僅かな隙きを目掛け、勇者アラスゼンは突撃する。そこは外神ニャルラトホテプの胴体。だが、罠にかかったことを嘲るように、外神ニャルラトホテプの腹部が口が現れると紅き光線を吐き出した。
しかし、勇者アラスゼンは躊躇うことなく突撃する。そして、紅き光線を避けつつ接近すると、光と闇の双聖剣による剣技によって腹部を斬り裂いた。
そして、そのまま外神ニャルラトホテプの内部へと入り込むと、光の聖剣コージアと闇の聖剣レーヴァスレイブの力を完全に解放した。
かつて、外神ニャルラトホテプによって奪われた生命を取り戻すために。
光と生命の女神リュミエールの力で外神ニャルラトホテプの力を剥ぎ取り、生命の源に替える。そして、闇と死の神ヴィヌラニスの力で死なせて輪廻の循環へと送り込んだ。
これにより、強大な力を持っていた外神ニャルラトホテプは、強大な力を失うこととなった。
力を失った外神ニャルラトホテプの身体は崩れ去り、歪で黒い結晶球だけが残された。
これが二柱の神たちを苦しめた外神ニャルラトホテプの本体である。そして、それは消滅させることは不可能だった。
ゆえに、二柱の神であるリュミエールとヴィヌラニスは世界を構成する時空の狭間へと外神ニャルラトホテプの本体を放り込んだ。
二度と力を得ることができないよう、星の数にも及ぶ力の妨害を施したうえで。
こうして、二柱の神たちと勇者アラスゼンの手によって、世界の生命を喰らい奪おうとした邪悪なる外神ニャルラトホテプは、滅びを迎えることになった。
そして世界には、かつてのように生命が豊かに溢れ、生命と死が循環する世界へとなったのだったーー。
ーー神話は生まれ、物語となり、やがては詩となるだろう。
されどこれは、悠久の時の中で忘れ去られてしまうもの。
そうなったとしても構わない。
その先にあるのは、新たな神話か物語か。
いずれにしても、やがては詩となり、詩人によって紡がれていくーー。