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一人豆まき

作者: アケビ ワタナベ

豆まきをすると不思議な事が起こった


 今日は節分、豆まきをする日。山崎家では昔から父親の信也と母親の秋子と息子二人で大声で豆まきをしていた。まずは子供部屋の隅に向かって、「鬼は外、福は内」と叫びながら豆をまき、次に、夫婦の部屋から居間へと移動しながら豆をまく。勿論、ピアノの下もタンスの裏にもまくのを忘れない。こうして家の中の豆まきが終われば、玄関のドアを開け、玄関前に声を少し落として豆をまいていた。残るは小さな裏庭だけだ。ここが済めば、全ての豆まきが終了する。山崎家の豆まきは何年もの間、楽しく続いていた。これ程まめに豆をまけば、おそらく効果絶大で、山崎家には鬼はいられず、幸せいっぱいの家庭だっただろう。

だがやがて子供達が育ち、それぞれの道を歩みだした頃、妻の秋子が夫より先に天国へ旅立ってしまった。たちまち家の中はシーンと静まり返り、信也は孤独に悩まされた。

そんな信也を孤独から救ったのは家族で楽しくやっていた豆まきを続ける事だった。それに気が付いた信也は豆まきをやめることなくずっと続いてやっている。たとえ忙しくて豆まきを忘れていても、その日になれば決してやり過ごす事はなかった。

節分当日になると、じっとしていられない信也は、まず家中の明かりをつけ、ウロウロと歩きながら、口の中でぼそぼそと「鬼は外」と唱え、豆をまくのだ。楽しかった家族団欒を忘れない様にだが、「鬼は外、福は内」の掛け声は年と共に明らかに小さくなっている。何しろ道路沿いの家に1人暮らしなので、以前の様に大声で叫べば、近所の話題になるのを恐れて、ぼそぼそと口の中で呟いているのだ。そんな調子なので、まく豆の量も少なく、自分の周りに一粒や、二粒だけとなる。だがあまり少なければ、家の中に居るだろう鬼を部屋の外に追い出すには力が足りないかもと信也は思っている。

今年も「鬼は外、福は内」と小さな声で呟きながら豆をまいていた。すると、夫婦の部屋の片隅の畳の隙間から、小さな、影の薄い鬼がヒュ~と現れ、みるみるうちに大きくなり話しかけて来た。

「おい、おい、そんなに小さな声じゃ、こんなに近くに居ても聞こえないよ、豆が一粒転がって来たから分かったけどね」

と鬼が声を掛けてきた。拾った豆をモグモグ食べながら、

「おもしろそうだな、一人で豆まきじゃ寂しいだろう、一緒にやろうよ」

などと言って、近付いて来た。信也は恐ろしい顔に似合わない鬼の言葉に驚き戸惑ったが、相手の好意を感じ、思いがけない提案を受け入れることにした。並んで二人は豆を手に持ち、

「鬼は外、福は内」

と大きな声で叫んだ。

久しぶりに大声で叫んだ信也は身も心もすっきりした。楽しさを十分味わった豆まきが終わると、鬼は、

「またな」

の声と共に姿を消した。どこに消えたのか分からない。それでも、今年の鬼と一緒の豆まきは、信也に心の豊かさを何日かの間もたらした。家族が側に居ない寂しさを少しの間、忘れさせたのだ。果たして来年の豆まきはどうなるのか。一人豆まきになるのか、それとも、鬼と一緒にいられるのか、それによって、信也にとっての豆まきの日の楽しさが変わって来る。たとえ鬼であっても、誰もいないよりはいいのだ。だがその時間もあっという間に過ぎ去り、冷え冷えとした生活が戻って来ると、信也は自分でも気が付かないうちに、一日でも早く、次の豆まきの日が来るようにと待ちわびるようになった。


やがて、待ち望んだ豆まきの日が近づいて来た。信也は自分が鬼の現れるのを切望している事に気が付いたと同時に、鬼が現れると信じている。なぜならこの一年間、鬼がまた現れて、一緒に豆まきをしたらどんなになのしいだろうと思う自分が居たからだ。今年も孤独な一年だった。孤独は不幸だ。一般的に、不幸な時に鬼が現れると人は言うが、鬼が現われるから不幸になるも有る。だが今回の信也の場合は逆さまだ。鬼が現われると幸せで、現れなければ不幸と言う事になる。それだけではない。鬼が顔を見せただけじゃなく、自身を追い払う豆まきに、今回も参加するという、珍しい事が繰り返されるだろうからだ。よほど信也に同情していると思われる。


やがて待ち兼ねた豆まきの日がやって来たが、鬼の姿が見えない。思いがけない状況に、オロオロとする信也だった。去年の豆まきでの出来事は夢だったのかと思うしかない。仕方なく、一人で小声で豆まきを始めると、怪しげな煙が、例の畳の角からモクモクと出て来て、待ち望んだ懐かしい鬼があきれ顔で現れた。

「ダメじゃないか、もっと大きな声で言わないと聞こえないよ、ハッハッハー、聞こえても出て来ないかも知れないけどね、ハッハッハー、ここ居心地がいいんだよ、ずっと居たいけどね、さあ、始めようか」

この鬼は変わっている。自分を追い出す行事の片棒をかつごうとしているのだから。

信也は信也で来年の豆まきの事を心配しながら、今日の鬼との豆まきを楽しんでいた。大きな声で「鬼は外」と、部屋の中でも裏庭でも、相手に合わせ叫んでいた。だが豆まきが終わる頃には、鬼の姿も声も消えていた。別れの言葉も言わないで。

来年はどうなるのかと、信也に信也の心が聞いて来る。全面的に鬼を信じている信也は僕達には固い絆があるからと、自分の心に言い聞かせた。心配はいらない。だが固い絆を切ったのは鬼ではなく信也の方だった。


信也との友情を信じる鬼が、一年近く経って、そろそろ豆まきの頃だなと目を覚ますと、コロコロと何かが転がる音と共に、雑音にしか聞こえないガヤガヤと何か言っているらしい声がして、にぎやかでうるさい。しょぼつく目をこすりながら、鬼がそっと身を乗り出し見てみると、居間も子供部屋も、客間も、部屋の様子が去年までとガラッと変わっている。まるでよその家かと思うほど違っているのだ。それぞれの部屋のあちこちに、いくつも木の棚がある。何を置く棚なんだろうかと鬼が不思議に思っていると、この辺では見かけない外国の若者達がその棚の間をウロウロしたり、棚に寝そべったりしている。どうもこの棚はベッドらしい。信也がガランとした部屋を若者向けの安いホテルに改装していたのだ。 どの部屋にも棚の様なベッドが並んでいる。ほとんどの若者が外国からの人の様で色々な言葉が飛び交っている。その中で、信也が片手に豆の入った小箱を持って、つたない片言英語と日本語で彼等に向かって何か説明をしている。どうも、信也は豆まきの仕方を教えているらしい。同じ様な小箱を持った数人が信也と同じ言葉を言いながら、二、三粒の豆を同じ様に部屋の宙をめがけて投げている。

「鬼は外、福は内」

男女共楽しそうだ。そんな彼等に負けないくらい信也の楽しそうな笑顔を見て、鬼はこんなに楽しそうな信也の笑顔を見た事がなかったと思った。今の信也は楽しそうに若者達に声を掛け、豆のまき方を教えている。

「鬼は外」の掛け声は、悪い鬼を追い出す時の掛け声だと説明しているのを耳にした鬼は、もう信也には自分の姿が見えなくて、おそらく自分を必要としていないのだと気が付いた。今は不幸な信也ではなく、沢山の人達に囲まれ、幸せな信也なのだと知った。

この日に、鬼は沢山の「鬼は外」の声に送られて、信也の家を離れた。

孤独な人を捜して。


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― 新着の感想 ―
[一言] なんとせつない……想像だにしない展開でした。確かに信也の立場からすると節分の一日にしか逢えない鬼の為にずっとひとりで待ち続けるのはつらかったのかも知れないですね。それとも、信也としても、宿泊…
[良い点] おもしろいです! 文庫本よんでるみたいに引き込まれました。僕もこんな文章書けるようになりたいと思うほど、上手な言い回しが多かったです。 これからも頑張って下さい!
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