第6話 人形劇みたい
中庭の中心には大きな桜の木が植えられており、今の時期には青葉を茂らせている。それを取り囲むように丸くベンチが置かれているが藍花はそこに腰掛けることもなく私と向かい合った。
「御影くんと付き合い始めてどれくらい経つの?」
「去年の夏からだから、もうすぐ一年かな」
「ふーん……。思ったより長いんだ」
「それで? 話ってなに?」
私はわからない振りをする。本当は知っているけど、あえてあの日と同じ道を辿る。
「うん、それなんだけど、蓮乃には筋を通しておきたいなって思って」
「筋?」
またそれっぽい言葉を持ってきたものだ。さしずめ、誠実さをアピールしたいつもりなんだろう。この女の本性を知ってしまった今、私は冷めた気持ちでその言葉を受け止められる。変に乱されることもない。
そんな私の心中に気がつかないまま、藍花は胸に手を当てて深呼吸をすると私の目を真っ直ぐに見つめて言う。
「私、御影君のことが好きなの。本気で」
――知ってるよ、それ嘘でしょ。そもそもさ、アンタがそんな可愛げのある感情を抱いているはずがないんだよ。
そう思ったけど口には出さない。あくまで私は今初めてこの話を聞いた振りをしなければならないのだ。
「そう……なんだ」
「あんまり驚かないんだね」
「いや、正直めちゃくちゃ驚いてる。ショックが強すぎて何も言えないだけ」
「そっか。いきなりこんなこと言われたら驚くしかないよね」
藍花は苦笑する。
「筋は通しておきたいってことは、諦めるつもりはないってことだよね?」
「そう。これまで何回も何回も諦めようとしたの。御影君と蓮乃のこと見てたらなんとなく察せちゃうんだもん。あー二人もしかして付き合ってんのかなぁって。だったら私の入る余地ないよなぁって。でもね、どうしても、どうしてもこの気持ちに折り合いをつけることができなくて」
藍花は段々と声を震わせる。大した演技だ。
本来であれば、私はもっと感情的になっていた。藍花の思いを拒絶したし、悠一に近寄らないでとも言った。本当に手が出るもう一歩のところまで頭に血が昇っていた。
だけど今の私は、自分でもびっくりするくらい落ち着いている。藍花の言葉が全部嘘で、振る舞いの全てが演出だと知っているだけでこんなにも心に余裕が生まれるとは思わなかった。
――ここで全部ぶちまけてもいい。でも…………。
藍花の思惑について詰め寄ってもいいかもしれないが、こんな誰もいないところで藍花の目論みを看破したところで何も意味はない。はぐらかされてそれで終わり。そうなるくらいなら、もっとタイミングを見計らった方がいい。より藍花に屈辱を与えられるように。
ならば、ここで出海蓮乃が取るべき行動は。
私は考えて、決める。
――騙そう。
この女は今、まさに私を騙そうとあの手この手を打っている。全ては『人の心を弄ぶ』という己の欲を満たすために。
――なら、私はアンタの嘘すら利用してみせる。
私は、涙ながらに白々しい思いを打ち明ける藍花に近寄り、そっと肩を抱く。
「ありがとう藍花。辛かったね。私に隠して悠一と距離を詰めることもできたのに、正々堂々と私に伝えてくれたこと、すごく嬉しかった」
「蓮乃…………」
「私だって藍花の気持ちに答えたい。でも悠一は私の彼氏なの。誰よりも大好きで、憧れの人で、もう悠一さえ隣にいてくれたら、何でも良いって思えるの。それくらい『本気』なの」
「うん、うん……」
「だから、私は絶対に譲らない。それでもいい?」
「当たり前だよっ」
藍花はそう言って微笑んだ。可憐で、健気で、いじらしくて、この世で一番薄っぺらい笑顔だった。
――ああ。
私は吐き気を覚える。
――なんて、なんて、ひどい茶番だ。
私たち二人、どちらも腹の底を見せていない。どこまでもうわべだけで、耳に入ってくる言葉は鼓膜の表面をただただ滑っていく。
こういう話をする時は、こういう表情を浮かべる。
こういう感情を伝える時は、こういう行動を見せる。
そんな計算だけが私たちの会話を見かけだけは成立させていた。
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