届くことのない手紙
1944年 太平洋戦争末期
戦況は悪化の一途を辿っていた。
そんな中で作られたのが、人間魚雷回天。
「天を回らし、戦局を挽回」という願いを込めて回天と名付けられた。
俺は、この島からこの鉄の棺桶に乗って、敵艦に体当たりするために出撃する。
今からだ、もう後にはひけない。
海の向こうには敵艦が見え、その位置を確認する。
俺が、明日を迎えて朝日を浴びることはもうない。
なぜなら、回天には先端に1.5トンの爆薬が積まれているからだ。
運良く敵艦に命中しても爆散、命中しなくても帰りの燃料なんてないからそのまま暗い海の藻屑だ。
死は考えないようにしていた。
きっと、考えると恐怖で自我を保てなくなるから。
だから、出撃命令がでてから今日までほぼ無心で過ごしてきた。
回天を目の前にしてもこう思うだけだった。
「これが、俺の棺桶か」
海に浮かんでいる回天にそっと触れた。
「冷たい」
それだけだ、どうでもいい感想だ。
上官から搭乗の号令が出された。
「いよいよか」
俺は回天に乗り込もうとした。
後ろからは、同期の仲間達が軍帽を大きく振りながら、涙を流し、何やら叫び声をあげている。
みんな、一斉に叫ぶもんだから何を言っているのかわからない。
恐らく、「頑張れよー!」だ。
その光景を見て口元が緩み、少し微笑んだ。
俺は、ハッチを開けて回天に乗り込んだ。
最後の青い空を食い入るように見た。
子供の頃から故郷で当たり前のように見てきた青い空を。
そしてもう十分と思い、ゆっくりと内側からハッチを閉めた。
そして、座った。
狭く、息苦しく、暗くて孤独な空間。
目の前にあるのは、潜望鏡。
覗いてみたが、暗くてほぼ何も見えない。
「これは、厳しいな」
苦笑いを浮かべるしかなかった。
しかし、「やっぱりやめます」なんて話はもう通らない。
俺は手を震わしながら、エンジンをかけた。
回天は敵艦目掛けて潜航した。
無音、静まりかえった艦内。
俺は潜望鏡を覗きながら、先ほど海上で視認した敵艦の位置を思い出しながら回天の向きを調整した。
これだけである。
後は、敵艦に体当たりする瞬間を待つだけ。
しかも、海中は暗闇ためその瞬間を察知することはできない。
何も聞こえない見えない中で後は、死を待つだけだ。
出撃し始めて5分ぐらいだろうか、それとも10分?
もしかして、まだ30秒もたってないかもしれない。
気が狂いそうだ。
気づいたら全身が汗でびっしょりだった。
おかしい、何も考えないようにしていたはずなのに。
仲間達が応援してくれる姿を見て気が緩んでしまったのか?
涙がボロボロとこぼれ出した自分を落ち着かせるために、あるものを胸のポケットから取り出した。
それは、鉛筆と一通のまっさらな、「手紙」
誰宛に?
書いたところで郵便局にも行けやしないのに、なぜ?
後悔したまま、終わらせたくない。
出撃の前日に、家族や祝言をあげるはずだった婚約者に最後の手紙を書いた。
だが、本当に伝えたいことは、ほとんど書けなかった。
なぜなら、書いた手紙には上層部の厳しい審査が入るからだ。
少しでも、弱気な言葉を書いたらやり直しを命じられる。
自分の本音すら残せないまま人生を終わらせるのは嫌だった。
とりあえず、自分を落ち着かせないと。
そう思って、深呼吸をした。
けして空気はおいしくないが、しないよりはましだった。
「ふぅ」
少し、落ち着いた。
鉛筆をたてて、皺が寄っていた手紙に自分の思いを書き始めた。
「20年、短い人生だったけど、楽しかった」
「素敵な家族に育んでもらい、大好きな人に巡り会えて、本当に幸せ者でした」
「本当は、まだまだ生きていたい」
「これから、楽しい思い出をもっと作っていけたはずなのに」
「こんなことになるなんて、想像もしていなかった」
「しかし、これが私の運命なら受け入れます」
「それでみんなを守ることができるなら、本望です」
「悔はありません」
「ただ、叶えられなかった夢が一つだけありました」
「みんなには、恥ずかしくてまだ話せていませんでした」
「それは、小説家になることです」
「私は、子供の頃から本を読み漁っていたから、みんなそんなに驚かないかもしれませんね」
「物語の構想も練っていたんですよ」
「主人公の少年と少女が、森で友達とかくれんぼをしていたら、神隠しにあいました」
「気がついたら、見たこともない世界に飛ばされて」
「変わった姿をした文明人や、恐ろしい怪物が生きている世界です」
「少年と少女は、元の世界に帰る方法を見つけるために世界を旅して回るのです」
「どうかな?」
「単純かな、やっぱり恥ずかしいな、ははは」
「戦争が終わったら、書いてみたかった」
・・・
「あ、そういえばもう一つだけ、やりたいこ」
ボン!!!!!!!!!!