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終極の撃癒師【ヒーラー】~絶対無敗の撃破スキル【撃癒】を極めた治療師。どんな病気も困難もぶん殴って解決へ~  作者: 秋津冴
第一章 ドラゴン・スレイヤー

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撃癒師、竜狩りを語る

「竜をあのままにはしておけないよね」


 カールがそう言ったのは、イゼアの宅を出てすぐだった。

 丘を迂回し、自分が埋まっていたあの穴の近辺にきて、ようやく思い出したかのように彼はそう言う。

 その視線の先には、小山のようになった黒々とした何かの残骸が、まだ薄く炎をくすぶらせていた。


「近寄れるのですか?」


 サティナは不安そうにそう言い、馬をその場に停めた。

 燃えている炎の色は、赤でも青でもない。

 薄墨を水に溶かしたような、黒い炎だった。


「あのような物は、初めて目にします。ドラゴンの吐く息だって紫色でした」

「魔素が燃えているんだよ」

「魔素? 肉体ではなく」


 魔素はこの世のすべてを構成する要素だ。

 それが燃えているとは? 彼女には理解が及ばないらしい。

 人間の肉体が燃えたら赤い炎がでるし、木材が燃えてもそうだ。

 炎の火力が強ければ青や白にもなるが、さすがに黒は知らないのも当然か。

 カールは一つ、補足した。


「魔獣や魔族の体内にある魔石。あれは純粋な魔素の塊なんだ。人間でいえば、心臓みたいなものかな。だから、あれは災いとそういうものじゃない」

「……ですが、辺りの草木が腐り始めています。空気も良くない」

「純粋な力は良くも悪くも、生きているものに、影響を及ぼすんだ。まあ、それはさておき」


 ドラゴンの死骸をこのまま放置しておいては、サティナの言うように周囲のものすべてがどんどんと腐っていくことだろう。

 それは呪いとなり災いとなってこの土地に長い年月の死をもたらす。


「燃えている中心にある魔石をどうにかしたら、とりあえずあれの処分もできるから」


 言うのは簡単だ。

 しかしやるとなればあの中に入っていく必要がある。

 どうやって取り出すのか? 新妻? は怪訝な顔をして首を捻ってばかりいた。


「旦那様」

「は? ああ、僕のこと。何?」

「旦那様とお呼びしてよろしいですか?」


 今更確認することでもないのに。

 いやいや、まだ妻にしたわけじゃない。法律的な手続きも何も踏んでいない。

 単なる口約束による、形だけの夫婦だった。


「カールで、いいでしょ。僕もサティナ、と呼びますよ。お互いその方が気楽でいい」

「そんな、サティナだなんて」


 勿体ない、と彼女は慌てて両手を上げ、顔を振った。

 まあ確かに。身分的なもので言えば……さてどうしよう。


「イゼアの望みは愛人でも、貴族にしてやって欲しい。そんな風にも聞こえたから。そうなると、あなたは愛人では足りないことになる。身分的に、ね」

「そっそれでは、でも、しかし……あれは義母の勝手に決めたことです。旦那様が従う義理は在りません」

「その言葉、あの場所で言って欲しかったな」


 ここにきて否定されても、困るのはこっちだ。

 口約束でも約束は約束。してしまった以上今更撤回はできない。

 それをしたら貴族の沽券に関わる。


「ごめんなさい……。私の立場では、母の決定に従うことしかできないのです」

「けど今はもうそうじゃないよね」

「それはつまり。出て行けと?」


 サティナはそう言い、うしろを振り返る。

 そこには、イゼアが待つ家がある。しかし、もう戻れない場所になってしまった。

 行く当てがない、と途方に暮れる彼女は、捨てられた飼い犬のように哀れな顔をしていた。


「勝手に決めつけないで。僕はきみは貴族にするって約束したのに反故にするわけがないでしょ。愛人にはできないから、でも妻にするには色々と確認が必要だから。とりあえず王都に着くまでは―ーなんだ」

「妻でもよい、と?」


 なんか違う気がするけど。もう勝手にしてくれ。

 期間限定的ならこっちから手を出さない限り何も起きないだろ。

 そう思い直すと、カールは馬を降りた。

 一晩ぐっすりと休ませてもらったお陰で、肉体には失った魔力がみなぎっている。

 これならば、【撃癒】スキル並みのハイクラスの魔法を酷使しない限り、あの魔石もどうにかできると思われた。


「期間限定的なら、ね。それより僕があれをどうするか知りたい?」

「ありがとうございます! はい、知りたいです。是非とも、ご教示ください。旦那様」


 あれ、と少年が指さした方向には、先ほど話題に上がっていたドラゴンの死骸が残っている。

 魔法に興味があり、自身でも多少の心得があるサティナとしては、後学のために知りたいところだった。

 旦那様という響きがなんとなく調子を狂わせる。

 おもがゆいものを感じながら、カールはまだ、魔素の腐蝕に犯されていない土地の限界を見極めた。


「これわかるかな? ここの草や大地の色は、まだ明るいでしょ。でも、この地下を少し掘ってやると……」


 と、靴のつま先で蹴り込んでやる。

 力を越えて僅かばかりの魔力を込めたそれは、小さな爆発を起こすようにして、地面に穴を穿った。

 すごい、とサティナが褒めてくれる。

 無邪気な子供のようなその言葉に、心がちょっと踊った。


「ああ……。見えないところでは既に腐食が始まっているのですね」

「そうだね。魔素は場所にもよるけれど、接地面の多い場所から急速に広がっていくんだ。つまり、地面と……」

「空気、ですか」

「本当ならそうなんだけど。あいにく、ドラゴンの皮一枚でそっちは塞がれている。だから腐食は地下に向かって広がるんだよ。意味が分かるかな」

「とてもよくわかります。さすがです!」

「ありがとう。なんだかむず痒いけど……まあそんなわけで、魔素を吐き出してる魔石を除けてやる必要がある。あの死骸から取り除くだけで腐食の広がる速度は目に見えて遅くなる。自然が自分を癒す大地の治癒の方が強いからね」


 ではどうすればあの黒い小山からその中心部にあるであろうは席を取り除くことができるのか。

 サティナは想像がつかず、小難しそうに眉根を寄せていた。


「考えなくてもいいんだよ。やることは二つで、一つは空間を捻じ曲げること。一つは魔石より力の強い壁を作り上げること。ただそれだけ」

「は……。すいません、どうしてもやり方が分からないです。まず空間を捻じ曲げるというのは、空間魔法の類でしょうか? それとも時空魔法によるものですか? なかなかその手の魔法は稀少だと聞きますが」

「使える人間を探すのは大変だろうね。宮廷魔導士の中にも数えるほどしかいない」


 ではどうやって? こうやるんだよ、とカールは手のひらを丸くすると、それを二つ合わせてやる。

 確かに、そこには手の平による、小さな閉じられた空間ができていた。

 でもそれは誰にでも作れるものだ。

 それにただ手のひらを丸めただけで何も効果がない。

 効果を起こせるはずがない。ただの手のひらの中にある空間なのだから。

 人はそこに何かを付け加えるような能力は持っていないのだ。


「こうやって」

「はあ。こうですか」

「そうそう。中にできたそこは、サティナだけのものでしょ」

「そうなんです?」


 と、新妻は空に視線を彷徨わせる。まあ、理解できないのは仕方ない。

 これは魔法をたしなむ者なら誰でも行き当たる壁のようなものだ。


「魔素がこの世の全てを形作っている。これは知っているよね」

「それは勿論。最初に学ぶことです。少しですが、心得もあります。旦那様をお助けする時、地の精霊に命じて重さを軽くするようにしました」

「ありがとう。僕を助けてくれて」

「いえ……」


 にっこりと微笑んで返したら、サティナは年甲斐もなく顔を赤らめてしまった。

 まるで男性を知らない乙女のような純真さを感じる。

 そういえば彼女の過去を聞いてない。

 いつか折に触れて訊くことにした。


「大地の精霊に命じたでしょ? 魔素にもそれはできるんだよ」

「えっと……? 世界の根幹に関わる部分に命じることができる?」

「まあ簡単にはそうだね。だから今からそれをする」

「どうやって? そんな大魔法、聞いたこともありません!」


 いや、大魔法でもなんでもないんだけどね。

 ただ現代の魔法における常識が間違ってるだけで。

 そうじゃなきゃ、殴って治すなんて異常な方法を取る、【撃癒】なんかが治療に効果を及ぼすはずがない。


「魔素はどこにでもある。それに命じるには、ちょっとしたコツと膨大な魔力と、それを上手に操ってやれるかどうか。それだけだね」

「でも、昨夜はあんなに――」


 そこまで言い、サティナははっと気づく。

 昨夜の彼、カールは……。


「旦那様は魔力のすべてを失っていた? それに近い状態だった。なんでそうなるのですか」

「その答えは簡単で……」


 カールは申し訳なさそうに頭を掻いて言った。


「僕があれを撃墜したから」

「……」


 サティナは肩にかけていた荷物をずり落としていた。

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