表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

日記 2022/1/11

作者: 久本

私の余命は残り一ヶ月らしい。

電話で無機質に機械音声がそれを宣告したときは、流石に少しショックを受けてしまったけれど。慣れてしまう。一ヶ月という無駄に長い時間が良くなかったかもしれない。

自分でも嫌だなあと思う。でもそんなものだ。

私は会社の直属の上司とごく僅かな友人にのみそれを伝え、それ以外は特に変わりなく、日常を送っている。


死ぬと決まったら、速攻で会社辞めて借りられるだけ金を借りて豪遊して、最期はヘロインやってバンジージャンプしてやる・・・などと、豪語していたけれど。いざその時になってみて良くわかった、私は酷い意気地無しだ。

辞めます、の一言が喉奥で痞える。

私が借りるだけ借りた金を返す人のことを考えれば、体が縮こまる。

バンジージャンプの飛び込み台から一歩踏み出す勇気など、最初から私は持ち合わせていなかった、というわけだ。全く、情けない話である。

あと一ヶ月で死ぬというのに、私は今日もスーツを着て、満員電車へ一歩踏み込む。


いつ終わりが来てもいいように、生きているつもりだった。

いや、そう言って自分を騙していただけだ、自分は善い人間だと。

私はただ1人、布団の上で寝そべっている。もうすぐ時計は正午を指す。

あと時計がもう一周して、日付が変わったら、私はまたスーツを着て、満員電車に乗るのだ。

今日は曇り。薄暗い部屋は夜を錯覚させ、私を怠惰な眠りへ誘う。


横尾忠則の画集を読んだ。

亡くなった愛猫への想いを綴った絵画91点。そしてそれに添えられた文章。

画集の最後は、横尾が想像した「天国のタマからのメッセージ」で締め括られる。

愛犬を亡くした時、涙を流しながらこれを読んだことを思い出す。

いざ自分が愛犬の元へ旅立つことになって、考えること。

自分は、誰かにこれほど想ってもらえるほど、何かを残せただろうか、と。

「なぜそうやって普通どおりの生活を送っているように振舞っているんだ。時計を止めろ。バスターが死んだんだぞ。」

などと。

自分を想って、世界に怒ってくれる人など、私には、誰も。


あれほど、何かを成さなくてはならない、後悔なく生きねばならないと、半ば強迫のように生きてきた私が、最期に思ったことは、あまりに見当違いで、情けない、陳腐な感情だったことなど。

最期まで隠し通さねばならない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ