第5話 プロフィール
「さて、ここまでで決まったカンのキャラを、しっかりまとめてみようか」
「わざわざまとめるほどに、決まっておったか? そもそも、キャラ設定自体が必要なのか?」
カンは既に"ど底辺からの成り上り"に向けて、心を熱くしていた。その為、わざわざ自らキャラ作りをする必要性を感じていなかった。
しかし、イチカはカンの言葉に心底呆れ返ったと言わんばかりに、分かりやすく嘆息を吐いた。
「これから僕以外と会う時に、所謂"自己分析"が出来ていないと相手にしてもらえないよ? 見た目は、ただの缶コーヒーの空き缶なんだから」
「確かにただの空き缶である事は、否定出来ぬが……その為の"自己分析"をするって、どれだけガチなのだ」
目の前のイチカ以外にまだ誰ともあった事がないというより、会えるかどうかも分からないのに、何故にキャラ設定をそこまで考えなければならないのかと、カンはイチカの言葉に懐疑的であった。
「早速、カンの今現在の状況を書き出してみるよ」
「……お主がするのか……最早その時点で自己分析ではないではないか」
イチカは書斎の壁際に置いてあったホワイトボードを持ってくると、そこにカンの言葉を無視しながら、次々と書き出していった。
①名前
カン
①形態
空き缶
②特性
ボディ、メンタル共に柔い
③状態
基本的に大体ボコボコ
④備考
魔王口調だが、所詮空き缶を器としてとして転生されるほどの矮小な存在
⑤能力
・空き缶の口で指を怪我させる事が可能
・踏み潰すことで足に挟まり装備される事が可能
・投擲される事で嫌がらせが可能
・カンカンと音を鳴らす事が可能
・灰皿になる事が可能
・一輪挿しの花瓶になる事が可能
・資源として再利用が可能
「こんなところかな。以上がカンの現在の状況だな。既に、大分充実している感じで良いね」
「……ホワイトボード一杯に成る程に、文字数だけは充実しておるが……ほぼ大体内容が我を貶しておるな。そもそも、書き出した"能力"など、どの辺が能力と言えるのだ。前半はただの嫌がらせ、後半は空き缶のちょっとした使い方みたいになっておるではないか」
「さぁ、どうする?」
「見事に無視をしてくるんだな、お主は……で、何がどうするなのだ?」
ホワイトボード一杯に書き出されたカンについてのメモを眺めながら、カンはイチカの問いの意味が分からなかった。
そこでイチカは、いつの間にか手にもっていた指示棒で、強くホワイトボードを叩いた。
「このまま終わりたいのか? カンには夢があったんじゃないのか? 何もしなければ、こんなその辺の空き缶と何一つ変わらない力で満足していて、"その先に"に行けると……思ってるのか!」
「一人で勝手に熱くなるでないわ。こちらは、せっかく熱くなったところで、自己分析と称したただの悪口をホワイトボード一杯に書かれて、テンションだだ下がっておると言うのに」
「そんな細かい事は、どうでもいい! まだ気付かないのかい? このホワイトボード一杯に書き出した項目の中で、一つだけ書き足りていないものがある事を」
「足りない?」
イチカの言葉に、カンは改めて自分の事が書かれたホワイトボードを見ていた。しかし、そこに足りないものと言われ、無言になりながら考え込んでいると、イチカがふと呟いた。
「ここには、夢が書いていないんだ。こんなゴチャゴチャと書いてきたことなど、何の意味もない。カンのこれからの生き様を選択するのに、必要なのはたったひとつさ。"夢を持つ"ということだよ」
「……夢……それは……最強最凶最高の魔王になる事だった」
「だった? 今は違うのかい?」
「……いや、違わない」
「そうさ、何も違わない筈だ。君のその願いが、本来村人Cで終える筈だった君の人生を狂わせ、喋る空き缶へと転生を遂げた。創造者に抗ってでも叶えようとするその夢は、今や君の存在意義と言っていい」
「……我は……今でも……」
「さぁ! 自信を持ち、確固たる決意でこの世界に自分の存在意義を示すんだ!」
そして、カンは全力で世界に向けて言い放ったのだった。
「我は……我は! "最強最凶最高の魔王"になりたいのだ!」
カンの宣言は書斎に響き渡り、その咆哮にも似た叫びは、カンの意思が誰しも本気だと理解する程だった。そして、一瞬の静寂の後に、イチカは微笑みながら拍手をしていた。
「そうだ、それでこそ空き缶のカンだよ」
「イチカ……」
イチカは、ホワイトボードの前から自分の椅子へと移動し、深く椅子に座ると大袈裟に両手を一杯に広げた。
そして、イチカもまたこの世界に知らせるように、大声で叫ぶのだった。
「さぁ、始めようか! 『最強最凶最高の魔王を夢見る空き缶』の物語を!」
「空きカァアアアアアアン!」
こうして世にも珍しい"空き缶"の、夢物語が始まったのだった。
「はっ!? 我の凹みをいい加減直せ!? それに、"キャラ"って付けると、途端に我の決意が軽く見えるので、やめよ!」