第4話 ど底辺
「無事に存在が消えることがなくなったから、カンのキャラも決めなくちゃね」
「そんな事より、ほったらかしになっている我のボディを、せめてもう少しましに直すのが先ではないのか……それに自分でキャラ作りとは、ただのイタい奴ではないか」
イチカの"キャラ作り"の提案に、高校デビューは嫌だと言わんばかりにカンは否定的であった。
しかし、続くイチカの言葉にカンは心が揺らぐことになるのだった。
「例えば良くあるのは、実は暗い過去があるとか」
「……かっこいいではないか……」
「実は、最強の勇者の生まれ変わりとか」
「チート!?」
「実は、魔王様でした……とか」
「魔王様!? それが良いのだ! それで良いではないか!」
イチカの"魔王様"というキャラ付けに、カンは前のめりに食いついた。その様子にイチカは優しく微笑みながらも、はっきりとした口調でカンに事実を述べた。
「しかし、カンは空き缶だ」
「空き缶が実は魔王様だなんて、意外性があって良いではないか!」
神核の欠片を持っているカンは、既に現時点で"意外性"が有り余るほど溢れる空き缶であるのだが、本人は知らない為に"空き缶の前世が魔王様"というキャラ付けに大興奮していた。
しかし、イチカはその浮かれた様子に先ほどまでの優しい微笑みを消すと、カンに一喝するのであった。
「そもそも魔王が前世というほどの格の高い魂なら、空き缶になんぞに転生などしない!」
「そもそも過ぎる!?」
イチカのそもそも過ぎる"前世が魔王様"キャラ否定に、カンは驚愕の声をあげていた。
しかしイチカは、そんなショックを受けている様子のカンに、さらに追い討ちをかけていく。
「空き缶に転生してしまう様な魔族など、『魔王に憧れていた最下級魔族が、異世界デビューで誰も自分の事を知らない事を良い事に、口調だけでも魔王の真似してみました』ぐらいが、ギリギリだね」
「下っ端ぁああぇええ……しかもちょっと痛い感じぃいい」
「ちょっとどころか、かなりイタイね」
現実を突きつけられたカンは、ボディとともにメンタルまでもボコボコに凹まされてしまっていた。
更にはイチカに魂の格の事を指摘された事で、そもそも自分が"村人C"に転生する予定だった事を思い出した。
その結果、確かに"異世界デビューしようとした下っ端"ぐらいが関の山だと納得してしまった。
「何を凹んでいるんだ? 空き缶だけに」
「想像してたんのとちゃう……」
そして、一時の気合も虚しく、カンは心が折れそうになっていた。
所詮空き缶の自分が、魔王になれる訳がない。
今となっては、何故自分がこれほどまでに魔王になりたいのかも分からない。
カンに微かに残る生前の記憶は、誰かの背中だった。
ボロボロで血塗れとなっている誰かの背中だけが、空き缶となった今でも残る記憶だった。
自分は決してあの人には成れないのだろうと、カンは何処か諦めの気持ちを認めようとしていた。
「『メンタルもボディもアルミの空き缶の如き弱さを持つ生命体』であるカンよ、何を凹んでいるんだい? ボディは、僕が凹ましたんだけどさ」
「メンタルも、お主に凹まされておるのだが?」
カンの声は弱々しく、イチカに言葉では文句を言っているものの、自分の状況を受け入れようとしていた。
その様子を見ているイチカは、嘆息を吐くと、カンの様子に呆れながらも言葉をかけるのであった。
「某宇宙最強の某野菜な某戦士は、某下級戦士だったんだぞ?」
「某が多すぎるわ」
「カンは、"最初から最強"が良いのかい?」
「"最初から最強"である事に、一体なんの不満があると言うのだ。そんなこと、当たり前ではないか」
「そうか……カンは、自ら高みに登る楽しみを知らないのか……」
イチカは、哀しみが含まれる声で、そう呟いた。
そもそも、カンは転生したばかりである為、そのような楽しみなどカンが知るわけがないのだが、カンはイチカの醸し出す雰囲気にのまれ、その言葉に強いショックを受けていた。
「自ら高みに登る……だと……」
「確かに、"最初から最強"は爽快感が堪らないだろう。向かうところ敵なし、全てが思い通りになる存在さ。しかし現実として、今のカンはただの"喋る空き缶"に過ぎず、言ってしまえばただのゴミだ。どう足掻こうと現時点でのカンの強さは、RPGの最初の敵ですら遭遇した瞬間に、その強さの違いに絶望を感じてしまうほどの弱さなんだよ」
「否定出来ない事を良い事に、言い過ぎではないか?」
あまりにも直球な言葉による口撃に、苛立ちを覚えるカンだったが、イチカの口調はどんどん熱さが増しているかのように、強くなっていくのであった。
「そんなど底辺であるカンが、強くなろうと足掻き苦しみ、絶望さえも乗り越えた先にある未来に……何があると思う?」
「その……先……我に、そんな先があると言うのか」
「カンは、この世界に生まれたばかりだと言うのに、自らの可能性を否定するいうのかい? たかが"最弱"というスタートに、お前は負けるのか! その記憶の中に眠る想いは、その程度かい!」
「はっ!? お主……何を知って……」
「さっき、カンは気付いた筈だろう?」
"ただの空き缶にも、可能性は広がっている"
「そして、その可能性は未来を狭めるものじゃないんだ。それに何より……」
「何より?」
「ど底辺の成り上がりこそ……燃えないか?」
イチカは、不敵にカンに笑いかけた。
その表情は、カンの空っぽのボディに何か熱いものを注ぎ込むには、十分な程に自信に満ち溢れていたのだった。
中身のない空き缶であるカンは、激しくイチカの不敵さに影響されるのであった。本人に中身がない為、カンは酷くチョロかった。
「うぉおおおお! 燃えるぅううう!」