第3話 照れ隠し
「聞こえたかい? この世界にカンの"存在が承認"された声を」
「うむ、何やら直接心に響いてくる様な声であった」
「中身空っぽだし、余計響くよね」
「別に上手いこと言えとは、我は言っておらぬ」
書斎に突然に響いた電子音声の様な声は、カンの"存在を承認"したというものであった。
そのアナウンスに対し、イチカは少しほっとした表情を見せ、カンは訳がわからないといった雰囲気を醸し出していた。
「イチカよ、見るからにほっとした様な表情をしておるが、一体なんなんなのだ。その"存在の承認"とは」
「カンが、僕らが今いるこの世界に"存在する者"として認められたということさ」
「認められないと、どうなるのだ?」
「当然、存在が認められないという事だから、いなかったことになるね」
「……という事は?」
「文字通りだよ、カンはいなかったことになるんだ。帳尻を合わせる様に、魂の消滅と同時に僕の記憶からも、カンの事は綺麗さっぱり消えてなくなるね」
「……あカァアアアアアアん!?」
さも当たり前の事を言うように、カンに向かって重大事項を告げるイチカに対し、自分の先ほどまで置かれていた状況を把握したカンは、全力で絶叫していた。
「そんなに慌てなくても、もう大丈夫だよ。どうやら、この世界にカンは『メンタルもボディもアルミの空き缶の如き弱さを持つ生命体』という性質をもって、受け入れられたようだから」
「世界にまで何故か、物凄くコケにされた感じがするのだが!?」
"世界"に存在を認められなければ、その世界には存在することは出来ない。
通常、その世界に生まれた者は勿論、異世界からの転生、転移者においても元の世界にて既に存在が認められている。
その為、異世界に来たとしても、存在が消える事は起こりうる事はない。
しかし今回イチカは、異世界において未だその世界に生まれる前の魂を呼び寄せた。
その為、カンはまだどの世界にも存在が認められていなかった。ただ、それだけであれば空き缶に魂を定着させた瞬間、ただの"喋る空き缶生命体"として世界に存在を認められる筈だった。
しかし、此処で"世界の理"から外れる事態が発生していた。
カンは、この世界の"創造者"の神核の欠片を混ぜ合わせ、元の魂と完全に融合し創られた生命体であったことだった。
その世界に属する"創造者"は、唯一無二の存在であり、"創造者の属性を持つ者は、一個体でなければならなかった。
例え、"創造者の分体を創りだしたとしても、それは長い時間をかけ、混じりのない純粋な神核を分けただけであり、個体の認識としては唯一無二は変わりがない。
しかし、『"創造者"の"神核の欠片"と混ざり合った"創造者と異なる存在"』として生まれたカンは、この世界に存在する事が認められるか非常に際どい状況であった。
そのことを把握していたイチカは、カンがいた世界の創造者であるヤニカへと連絡を取ったのだった。
その際に、カンはヤニカに存在を認識された。異世界の創造者に存在を確認させることにより、イチカは揺れ動いていたカンの"存在の承認"を強引に認めさせたのだ。
異世界の創造者にまで認識された"存在"を"無かったこと"にするのは、世界の理と言えど到底出来るものでは無かったのだ。
その結果、イチカはカンをこの世界の理に対して、"存在を承認"させることに成功したのだった。
イチカは、"折角面白そうなモノが出来たのに、いきなり消えては面白くない"程度にしか考えていなかったが、自身の神核の欠片も消滅すれば、大部分の神核は無事であったとしても、イチカへのダメージは予測が出来ない程であった。
「世界にコケにされただって? 当たり前だろうぅがぁあああ! この喋るだけの空き缶がぁあああ!」
「全肯定だと!? いきなりキレるでないわ! どう対応して良いか分からんではないか!」
「兎に角、カンがこの世界に受けられて嬉しいよ。見た目は、中身を飲み終えた後に残るアルミの空き缶。資源ゴミだけど、立派なこの世界の住人だ」
「いきなり柔和な表情になったと思ったら、さらっと毒を吐くでないわ」
イチカは、カンが神核の欠片を持つ創造者に準ずる者である事は告げなかった。
神の欠片が混ざり合った魂が、どのように変容していくのかを内心非常に楽しみにしており、その事を伝えない方が面白そうだと感じた為であった。
「でも、事実だろう?」
「ぐ……確かに明確に否定は出来ぬ……我は中身のない空っぽの空き缶、魔王とは程遠い存在だ……柔く、弱く、脆く……ゴミのような存在……何故、我はこんな姿に……」
先ほど"魔王に成る"とイチカに対して言い切った筈であるのに関わらず、メンタルもボディもアルミの空き缶の如き弱さであるカンは、すぐにボディと同じくメンタルも凹み始めた。
空き缶に転生させたのは、目の前のイチカであるのだが、その事を一切気にすることなく、イチカはカンの様子を見て溜息を吐くと、諭すような口調でカンに問いかけた。
「中身がないという事は……何にでもなれるということじゃないのか?」
「なぬ?」
イチカの言葉に、一瞬困惑した声を出したカンだったが、イチカの次の言葉を待った。
「タバコの灰皿然り」
「灰皿ぇええ」
「水を入れて一輪挿しの簡易花瓶然り」
「見た事ないぃい」
「保育所の資源回収の日に出せば、何か設備の足しになる然り」
「もはや手放された!? もっと言えば、"然り"と言いたいだけであろう!」
「何が言いたいかわかるか、カンよ」
馬鹿にされたと思い騒ぎ出したカンだったが、イチカの真面目な表情に、カンは言葉の意味を改めて考えてみた。
そして、ある結論に至ったのだった。
「ただの空き缶にも、可能性は広がっていると言う事……なのか?」
「的な感じ」
「かなり適当だった!?」
カンは、イチカの対応に憤慨しながらも、少し自分の気持ちが前向きになっている事に気付き、照れ隠しも相まって大声を出したカンであった。