真相。
いよいよ全ての謎が解かれます。
最終回!
小会議室には、一人の男が待っていた。同じ部署の先輩、阪本浩明だ。
にやにや笑いを浮かべているその佇まいに、俺の嫌ぁな予感はさらに強まった。何しろこの阪本には、俺が入社する前に遥香と付き合っていたという噂があったからだ。
「浩明さん。お疲れ様です。何のミーティングでしょうか?」
俺はにやにやしている阪本と、鬱々とした眼で俺を睨みつけている男をかわるがわる見ながら、この二人がどうつながっているのか考えた。が、何も思いつかなかった。
「修吉。俺はプライベートな事でとやかく言うつもりはない。ただ、仕事がおろそかになっているんなら放ってはおけない」
阪本はちょっと気取ったポーズでそう言った。ちなみに頭上の数字は2,1473。あの赤ちゃんに比べてさえ圧倒的に少ないじゃないか。偉そうに。
「ちょっと彼から気になる事を聞いて、それで事実関係を確認するために君を呼び出したわけだ」
阪本がそう言うと、男の唇が何か言いたげにわなわなと震えた。ちなみに頭上の数字は86。まさかの二桁。
「ぼ、僕は見たんだ。君、みす……新堂さんと公園で……」
またもや聞き取りづらい早口。そうか。俺と美涼ちゃんが公園で話していたのをこいつに見られていたのか。ならば隠し立てするのは逆効果だろう。やましい事なんて何もないし。
「ええ。外交の帰りに偶然会いました。駅から社に戻る時、あの公園を突っ切った方が近いじゃないですか。そこでお昼休みの美涼ちゃんとばったり会っちゃいまして」
俺が「美涼ちゃん」と言った瞬間、男のこめかみに血管が浮かんだ。
やっぱりそうか。こいつ、美涼ちゃんにご執心なわけだ。それで嫉妬から阪本に告げ口をしたと。
「ぐ、偶然……? 嘘を吐くな。こっそり待ち合わせをしていたんじゃないか。み……新堂さんはいつもお昼休みは休憩室でお弁当を食べるんだ。休憩室が混んでいる時は空いている会議室で。それも空いてない時は自席で食べるんだ。わざわざ外に出て公園に行く事なんてあり得ない。
それに、君だって公園のベンチに座って、みす……新堂さんを待っていたじゃないか」
一気に早口でまくし立てる男。スピードを落とせば相手に口を挟まれるとでも思っているのか。
確かに俺がベンチで考え込んでいる時に美涼ちゃんが来たのだから、傍から見たら待ち合わせのように見えたかも知れない。
……それにしてもこの男、いやに美涼ちゃんの行動に詳しいな。
「そんなの知りませんよ。俺はあそこで昨日今日外交で話し合った事を考えて整理してたんだ。もちろん、美涼ちゃんと会ったのも偶然。それは美涼ちゃんに聞いてみればわかりますよ。変な言いがかりはやめてもらえませんか?」
こいつ、俺が「美涼ちゃん」と呼ぶたびにかなりムカついている様子。もうストーカーレベルに美涼ちゃんを好きなくせに、自分はまだファーストネームで呼ぶ勇気が出ないんだろう。だから俺は敢えて「美涼ちゃん」と言うたびに少し強調して、奴の嫉妬を煽ってやった。
「だましてるんだ……。お前はみ……みす……」
「美涼ちゃんを騙してる? 俺が? あんた、それマジで言ってんすか?」
どうしても「美涼」と言えずにいるヤツの代わりに美涼ちゃんの名前を言ってやり、そしてちょっと威嚇を込めて奴を睨む。
奴は黙ってしまったが、その眼はさらに落ちくぼんで俺を睨みつけていた。気持ち悪っ。
「修吉。俺は君が美涼くんとどうしようが構わないんだがね。仕事の時間は仕事に集中してほしいと思っているだけだ。
ただ……」
阪本はにやにや笑いのまま、眼に憎しみの光を込めて俺を睨みつけた。
「遥香がそれを聞いてから様子がおかしくてね……。
ピンと来たんだよ。
お前だったんだな。俺から遥香を奪ったやつは……!」
いやちょっと待ってくれ。それはあくまで遥香の意志だ。遥香がお前を捨てて俺を選んだからって俺の責任じゃないじゃないか。
なんて事は言えるはずもなく。
二人の男の嫉妬に狂った眼に恐れおののきながら俺が言葉を失っていると、突然会議室のドアが音を立てて開いた。
「しゅう君、どういう事……?」
遥香は入ってきた勢いとは裏腹に、静かな声で言った。呼び方が二人だけの時の呼び方になっている。これはやばい雰囲気だ。阪本の事も、他部署の奴の事も全く目に入っていないらしい。
これは遥香が我を忘れて怒り狂う前兆だ。
「遥香、これで分かったろう? こいつは平気で遥香を裏切る奴なんだ。こんな奴は捨てて俺に戻るよな? な?」
「それはない。黙れ」
哀願する阪本に眼もくれず、ぴしゃりと否定すると、遥香は俺に向かって一歩近づいた。
彼女の頭上には、681。
この遥香の性格の激しさは、肉体の方に依存するのか、もともとの魂の性格なのか、それとも魂の経験値が少ないせいなのか。
俺はじりじりと一歩下がった。
「しゅう君。何もないよね。私がいるんだもん。あんなガキくさい子の事なんか、何とも思ってないよね?」
にこにこしながら近づいて来る遥香。その目は全く笑っていない。
いや、その美涼ちゃんは、遥香の何億倍も生まれ変わってる、魂の達人なんだけど……。
「しゅう君? なんで黙ってるの? はっきり言いなさいよ!」
「そんな事はどうでもいい! このクソ野郎、俺のみす、みす、みす……」
「お前が遥香を奪ったんだ! お前が!」
遥香の声が跳ね上がったのに刺激されてか、二桁男と阪本も声を荒げた。
せめて遥香の誤解は解きたいのだが、男二人が思い思いに自分の思い込みを怒鳴り散らしているこの状態ではそれもままならない。
中でも二桁男の目がやばかった。
「お前は取り返しのつかない事をしたんだ。俺の……俺の俺のおれのみす……みす……。
おおおおれのみすずを汚しやがった! もうおれのおれのみすずはいない。あれは穢れ切った売女だ。裏切者だうらうらうら裏切者になななり下がった。許せない許せない……」
許せない許せないと繰り返す二桁男の目は据わっていた。何か危険な香りがする。
二桁男はカッターナイフを取り出してにやぁ、と笑った。こいつ、完全にイカれてやがる。
だが、遥香も阪本も、俺を糾弾する事に夢中で奴の動きに気づいていない。
「こいつであの女に言う事聞かせてやる。俺がその穢れを浄化してやるんだ……」
やばい、美涼ちゃんが危険だ。
俺は会議室を出て行こうとする二桁男にとびかかった。俺にあっけなくカッターナイフを叩き落とされて慌てて拾おうとする二桁男。
「この野郎! 社内で暴力を……!」
俺と二桁男がもみ合っている所へ阪本が割り込んできた。というより、二桁男に加勢しに来た。
「ちょっとやめなさいあんたたち!」
遥香の叫ぶ声が聞こえた時、突然俺は息が出来なくなった。
苦しい、と思うより早く、頭がぼーっとしてきた。視界が白くなっていき、轟音が耳を支配した。
色んな奴が叫んだり悲鳴を上げたりしているようだが、それをかき消すほどの耳鳴り。
なんか、寒いような、でも気持ちいいような。なんだ……?
そうか。俺、あのカッターで首切られたんだ。
それが事故だったのか、故意だったのかはわからない。
痛みを感じるより先に肉体の痛覚が断絶しちゃったんだろうか。それは助かった。
そんな事を考えていると、俺はいつの間にか宇宙空間に飛び出していた。
いや、宇宙空間じゃないな。それよりもっと大きな世界。
そうだ。俺は魂になって所謂「あの世」にいるんだ。
魂になった俺には、あらゆる時代が見えた。
美涼ちゃんの言った通り、魂には時間の概念はなかった。
そして魂になった俺には、あらゆる場所が見えた。
魂には、空間の概念もなかった。
そうだ。俺は死んだんだ。だから、生まれ変わらなきゃ。
生まれ変わるなら、今度は美涼ちゃんの魂のそばに生まれたいもんだ。
魂になった俺なら、誰と誰が同じ魂か見分ける事もできるはずだ。
美涼ちゃんは一千億回以上生まれ変わっているのだから、そのどれかを見つける事はたやすいだろう。
俺は、美涼ちゃんの魂を探すべく、全世界、全時代の魂を見下ろした。
…………え?
……全部、俺じゃん。
さて、二回目の人生、始めますか。
最後までお楽しみ頂きありがとうございました。
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是非是非!