二日目。
頭の上の数字に変化が……!?
それは一体、何を意味するのか……?
翌日。正午過ぎ。
取引先との打ち合わせに直行して午前中を取引先で過ごした俺は、社に戻らずに近くの公園のベンチでぼーっと考え事をしていた。
公園には親子連れやお年寄りだけでなく、昼休みの会社員や俺と同じ営業マンらしき人達がまばらに歩いている。もちろんそれぞれの頭上には、謎の数字。
ほんと、なんなんだこの数字。
俺はふわぁーっと一つあくびをした。
もちろん睡眠不足が原因だ。昨夜の遥香がそれはもう……。
まぁ、そこは詳述する必要はあるまい。
しかし、俺の頭には、昨夜遥香の言った言葉が引っかかっていた。
前世。そして、来世。
俺はそもそも輪廻に関しては否定的だ。それは俺なりに根拠があってそう考えているんだが、何故かその言葉が気にかかっていた。
もし、前世や来世があるんなら。
この数字は、もしかしたら「生まれ変わった回数」なのかも知れない。
俺は、ふと浮かんだその考えに苦笑して頭を振った。
いやいやそんな事があるわけがない。あれが生まれ変わった回数だとしたら、大多数の人が何十万回も生まれ変わってるって事になる。そんなバカな。
でも何故か、俺はその考えを強く否定する事が出来なかった。そんなバカな、という考えと同時に、なんだかわからないが「腑に落ちた感じ」も確実にあったのだ。
人が生まれ変わった回数。
人は生まれ変わって人生を何度もやり直し、そしてそのたびに魂が成長していく……。
わからない話ではなかった。現にそう説いている宗教だってある。
でも、ならば人口がこれだけ増えた分の魂は、一体どこから来たっていうんだ?
人間が生まれ変わっているのだとしたら、人類発祥からずっと人口は一定でなければ数が合わないじゃないか。
いや、でも人間以外の生物にも魂が宿っているなら、生まれ変わった時に人間である必要はない事になる。
全生物の総数が一定なら、数の問題は解決だ。
うーん、でもなぁ。生物発祥の瞬間から今までずっと個体数が同じだったとも考えづらいんだよなぁ……。
考え込んでいる俺の肩を、突然何者かが叩いた。
「こーんな所にいたんだねっ、修吉くん」
驚いて顔を上げると、新堂美涼が立っていた。
「外回りの時っていつもこんな風にしてサボってるんだぁ。ダメじゃーん」
美涼ちゃんは悪戯っぽく笑いながら俺の横に腰掛けた。しかし、どうして俺がここにいる事がバレたんだろう。
「あ、私はお昼休み中だから。なんとなーく今日は公園でお弁当食べようかなーと思って来たら修吉くんがいるからびっくりしちゃった」
いつも穏やかでフレンドリーな口調の美涼ちゃんだが、社外という事もあってか、いつもよりもっとくだけた感じになっていた。
「でもー、なんか深刻そうな顔で考えてたけど、何かあった?」
美涼ちゃんが少し俺の顔を覗き込むようにして言った。遥香とはまた違う可愛らしい色気がほんのりと薫る。
「あ、いやぁ、仕事とか関係ないんだけどさ」
「うん。なになに?」
「前世とか生まれ変わりとかってあるのかなぁ」
言ってしまってから俺ははっとした。唐突に過ぎるし、あまりにもおかしな話題だ。
反応に困っているのか、美涼ちゃんは黙り込んでしまっている。
絶対に「変な奴」と思われてしまっただろうな……。
恐る恐る彼女に顔を向けると、美涼ちゃんはまじめな顔で少し考えこんでいた。
「うーん、どうなんだろう……? 私は前世とか、ちょっと信じちゃってるとこあるけど……」
ちょっと首をかしげながらそう答える美涼ちゃん。前々から可愛いとは思っていたが、やっぱり遥香とはまた違う魅力があるって事は認めざるを得ない。もし遥香に手を出されてなかったら、俺は美涼ちゃんにアタックしていたかも知れない。
……いやいや、そんな事を考えている場合じゃない。
「でもさ、生まれ変わりがあるんだとしたら、人口が増えた分の魂はどこから来るんだろう……?」
俺はそう言いながら、美涼ちゃんの数字に変化が起き始めている事に気づいた。
ゆっくりと、うっすらと、上の方の桁が現れ始めていたのだ。
「うーん……。私はね、魂に時間の概念はないんじゃないかなって」
美涼ちゃんの言葉を聞くにつれ、新たに見え始めた数字はだんだん色濃くなっていくようだった。
「時間の概念……?」
「うん。私達の感覚だと、前世は過去、来世は未来ってイメージがあるじゃない?
でも魂にはそんな事関係ないんじゃないかなって」
美涼ちゃんは考えながら、でも何か確信めいた口調を持ってそう言った。
なるほど、という事は……。
「じゃあ、例えば生まれ変わった来世がこの世界の過去である場合も、逆に前世が未来だったりする場合もあるって事……?」
「うん。それから、前世や来世が『今』って事もあるんじゃないかな。自分の遠い前世や来世が、同じ時代に別の人として生きているのかも……」
美涼ちゃんがそこまで言った時にはもう、彼女の数字は全てはっきりと見えるようになっていた。もともと下の方の桁しか見えていなかったのが、俺が真実を悟るに連れて全ての桁が見えるようになったって感じだ。
ちなみに美涼ちゃんの数字は1189,3857,1296。すごい数だ。
美涼ちゃん、そんなに沢山生まれ変わっているのか……。
俺は畏敬の念を込めて美涼ちゃんを見つめた。相変わらす学生みたいな可愛らしさだが、その魂は計り知れない程の経験が刻まれているのだ。
……ん? じゃあ、美涼ちゃんにもこの数字は見えているんじゃないだろうか。1200億回近く生まれ変わっている美涼ちゃんなら見えているかも知れない。
「ねえ、美涼ちゃん。俺の頭の上……、何か見える……?」
俺は思い切って聞いてみた。
「頭の、うえ……?」
きょとんとした顔の美涼ちゃんが、その視線を俺の頭上に向けた。
「何も、見えないけど……」
不思議そうに少し首をかしげる美涼ちゃんに思わずドキッとしてしまう。多くの生まれ変わりによって魂を磨かれた人が持つ魅力……だろうか。いやいや、数字を見たからそんな風に感じる、というのではあまりに現金すぎる。やはり彼女自身の魅力だろう。
「あ、あ、いや、ほら俺って天使キャラじゃん? だから輪っかでも見えないかと思って」
どぎまぎして口走ったクソ寒い言葉にも、美涼ちゃんはクックッと可愛い声で笑った。
今まで美涼ちゃんと二人で話したことなかったけど、なんかいいなぁ。
「そろそろ戻ろっか」
美涼ちゃんがそう言ったのをしおに、俺達は立ち上がった。
二人並んで公園を突っきり、社へ向かう。なんか学生時代のデートみたいな雰囲気だ。
「可愛いお子さんですね! 何か月くらいですか?」
突然、美涼ちゃんは赤ちゃんを抱いた女性にぱたぱたと駆け寄った。昨日も見かけた親子だ。
二人とも、昨日より数字の桁が増えている。
「八ヶ月なんです。今はおとなしくしてますけど、もう元気すぎちゃって手を焼いているんですよ」
にこやかに話す母親に抱かれた赤ちゃんの数字は1094,5788,5273。美涼ちゃんほどではないけど、相当の転生回数をお持ちだ。
『手を焼いている』方のお母さんはと言えば、523,2249,7768。
お母さん、その子はあなたの倍以上転生を繰り返している大先輩ですよ。
どうもこの数字、俺にしか見えないみたいなんだけど、もしみんなが見えちゃったら、それはそれで大変な事になりそうだなぁ。
社に戻ると、何か妙な空気だった。何と言うか、変に緊張感が漂っているというか、ピリピリしているというか。
部署内のみんながなんかこっちをちらちらと盗み見ている感じ。だが誰も話しかけてこない。
一体、何があったんだ……?
ちなみに社の人々の数字も桁が増えていて、もう数字がうじゃうじゃしている感じ。かなり視界がうっとうしい。それが気になって、社内の空気があまり気にならないのが救いだった。
いや、危機感を抱けなかったという点を考えると、むしろ致命的だったのかも知れない。
「関ケ原君。ちょっといいかな」
俺に声をかけてきたのは、他部署の男。名前は憶えていない。結構先輩だった筈なんだけど、特に接点はない。
「あ……なんでしょう?」
「小会議室取ってるから、そこで話すよ」
聞き取りにくい早口と、きょときょとせわしなく動く視線がうっとうしい男だった。決して俺と目を合わせようとはせず、ちらちらと向ける視線の先には美涼ちゃん。なんか嫌な予感がする。
「わかりました。遥香さんの許可を……」
「もう話はしてある。黙って来い」
男は小声で凄んできた。全然怖くはなかったが、まぁ社内の立場上、俺は彼に従う事にした。
席を離れる時、ちらっと遥香に視線を送ったが、彼女の表情からは何も読み取れなかった。
次回、完結です。
数字の正体は!?
そして、愛憎の渦に巻き込まれた修吉の運命は……!?
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