一日目。
ちょっと不思議なお話です。
朝起きてみたら、人の頭の上に数字が見えるようになっていた。
突然何を言い出すのかと不審に思われるかも知れないが、実際見えるのだから仕方がない。
とにかく目が覚めて、隣に寝ている遥香を起こそうとした時|(実際は起こさないように色々と悪戯しようとしていた時)、彼女の頭の上に何か数字のようなものが見えているのに気付いたのだ。
何だろう、これ。
まだ寝ぼけているのだろうかと思い、目をこすってもう一度よく見ると、「681」だった。
681。一体何の事だろう?
何となく気になってその数字を見つめていると、遥香が目を覚ました。
「ん……。しゅう君、おはよぉ……」
遥香は25歳。22歳の俺にとっては3歳年上の彼女だ。
新卒で就職した俺は会社で遥香と知り合い、付き合っている。この遥香というのがなかなかの曲者で、詳しい事はおいおい語って行く事になるが、あらゆる意味で俺は彼女にどっぷりとハマり込んでいた。
「なぁ、遥香。681って、何?」
「681……? 何それ」
遥香は横になったままで首を傾げ、おうむ返しに言った。全く心当たりがないらしい。
「それより今何時ぃ……?」
首を傾げたまま、ちょっと甘えた口調の遥香。って事は、俺の頭の上には数字がないか、彼女には見えていないかのどちらかなんだろう。ほんと、一体この数字は何なんだ……?
それにしても、年上の彼女の、こういう時の仕草が可愛いのはなかなかにズルい。しかも会社の連中にはまるで見せない一面なのだからなおさらだ。
「ええと、6時半、だね」
「ふぅ~ん。まだそんな時間なんだぁ」
遥香は目を妖しくきらめかせ、俺の首に両腕を回してきた。
「ちょ、ちょっと遥香……?」
俺が上げた抗議の声は、もちろん形だけのものだ。これからの展開に高まる期待。
「こんなに早く起こしたんだから、責任、取ってよね?」
遥香はいたずらっぽく笑うと、俺を引き寄せて激しく唇を重ねた。
あの後の事はあえて書かない。っていうか、書かなくてもわかるだろ?
とにかく三時間後、俺と遥香はいつものように出勤していた。
遥香はいつものようにタイトスカートのスーツというビシッとしたいでたちで、バリバリと仕事をこなしていた。
家では掃除も料理もできず、完全にだらしないタイプの遥香なのだが、会社では全くキャラが違う。
会社での遥香は仕事がバリバリできる才媛だ。新しいプロジェクトを立ち上げた上にそのプロジェクトを新規事業として部署に格上げさせ、その責任者を任されている。
俺はその部署に配属された新入社員。つまり遥香の部下というわけだ。
新入社員歓迎と称した飲み会で、何を気に入られたのか遥香にお持ち帰りされてしまった俺は、会社には内緒で遥香と付き合う事になった。今にして思えば、自己紹介で料理と掃除は得意だと言ったのが遥香にヒットしたんだろうな。
とは言え遥香は美人だし、スタイルも色気を蒸留して濃縮し、さらに遠心分離機で純度を高めたような意味わからんレベルのボディだし、俺としてはもう全く文句はない。
今朝も濃厚なキスの後、そのハリのあるGカップで窒息させられそうに……。
いや、そんな事よりもだ。
まさかとは思っていたが、やはり全ての人の頭上に数字が浮かんでいた。
その数字は人によってまちまちだった。
5桁や4桁の人もいたが、ほとんどの人が7桁の数字を浮かべていて、その数字に規則性は見当たらなかった。遥香のように3桁っていうのはほとんど見かけなかったし、2桁や1桁の人は全く見ない。
ほんと、なんなんだこの数字。
俺は遥香の頭上にある681を眺めながら首をひねっていた。気になって仕事が手につかない。
起きた時と今で数字が変わっていないんだから、なんていうかな、あの、男女の究極仲良し行為の回数ってわけではなさそうなんだけど。
「修吉くん、どうしたの? 大丈夫?」
心配そうに声をかけてきたのは新堂美涼。
同期入社だが短大卒の彼女は俺より二つ年下だ。ちょっと子供っぽい顔立ちやスタイルからして、まだ学生さんのような可愛らしさを持っている。
彼女の頭の上にある数字は、857,1296。もしさっきちらっと考えたように、この数字が「男女の究極仲良し行為の回数」だったら、この子、見かけによらず……っていうかまぁこんな数ありえないよな。
「あぁ、美涼ちゃん、ごめん。ちょっとぼーっとしてただけだから、大丈夫だよ」
俺は美涼ちゃんの数字を眺めながら答えた。
「まーた遥香さんに見とれてたんでしょー」
「そ、そんなことないってば」
俺は少し赤面しながら慌てて打ち消した。俺と遥香の関係は極秘事項なのだ。
ちなみに頭上に見えている数字は区切りなどなく「8571296」と並んでいる。ただ単に数字を並べて書くと、ぱっと数字が掴みづらいので、日本語準拠で4桁ごとに区切って書いているわけだ。区切り方をミスっているわけではないので念のため。
「あーそうだ。取引先と打ち合わせの時間、もうすぐだっけ。
遥香さん、外交、行ってきます!」
俺は美涼ちゃんの視線から逃れるように立ち上がって、遥香に声をかけた。遥香はこの部署の部長にあたる立場なのだが、役職名でなく名前で呼ぶように部下に申し渡している。年上の部下が多いせいもあって、部内のコミュニケーションは全てファーストネーム+敬称で統一しているのだ。
「ん。了解。今日は直帰?」
遥香はちらっと俺に視線を向けて尋ねた。
来た。この質問。
普通なら、外交が終わった後会社に顔を出すのか、それとも就業時間を越えるので外交先からそのまま帰宅するのか、そういう意味の質問だ。管理者としてはあまりにも自然な質問。
だが。
俺と遥香の間では、これが暗号になっていた。
『今日も泊まりに来なさい』
当然俺と遥香は同棲しているわけではない。遥香の都合と要望に合わせて俺が泊まりに行くんだけど、週2くらいで泊まりに行っていた当初に比べ、現在ではほぼ週6くらいで泊まりに行っている。
既に遥香の家に俺の着替えや荷物などを置く場所もできていた。もちろん、俺としてはそういう生活もやぶさかではない。
「はい。打ち合わせの後、現場の視察もあるので、その後直帰します。
……じゃあ、美涼ちゃん、また明日」
遥香に答え、美涼ちゃんに軽く手を振ると、俺はカバンを持って外に出た。
取引先の人はもちろん、町ゆく人達の頭の上にも、もれなく数字が浮かんでいた。全くこの数字は何なんだろうな。
もちろん年齢は関係ない。数字の幅も広すぎるし、ほんと意味不明だ。何かを経験した数という事でもなさそうだし。
取引先での打ち合わせは、正直あまり身が入らなかった。そりゃあ見る人見る人の頭上にある数字が気になっちゃって集中できるわけがない。
そんな失礼極まりない俺だったのに、さして揉める事もなく商談が翌日へ持ち越しとなったのは、ひとえに先方の社長がとても穏やかで実直な方だったおかげだ。本当に申し訳ありませんでした。
ちなみに、その社長の数字は、149,7725。もちろん電話番号とかでもない。
ほんと、なんなんだこの数字。
その夜、俺は隣で寝ている遥香の数字「681」をぼんやりとみつめていた。数字はそれ自体が光を放っているわけではないのに、暗い部屋の中でもはっきり見えた。
やっぱり遥香の数字に変化はない。今日一日、色んな人の数字を見たが、見ている間に数字が変化している人はいなかった。
これ、生まれつき持っている数字で、一生変化しないんじゃないだろうか?
仰向けになって天井を眺めながら考えた。
取引先に向かう最中通りかかった公園で、赤ちゃんを抱いた女性とすれ違った時の事が頭に蘇って来た。
生後まだ一年にも満たないだろうと思われるその赤ちゃんの数字は、788,5273……だったかな。これ、もし生まれてから増えていく数字なんだとしたら、この赤ちゃんが一年前に生まれたんだとしても、大体4秒に1ずつ数字が増えている事になる。だがもちろん、数字が変化する様子はなかった。
って事は、生まれた時に既にこの数字を持って生まれて来たって事になるよなぁ。
考え始めると眠れそうになかった。
何の気なしにもう一度遥香の数字に目を向ける。すると。
「しゅう君、まだ起きてるの……?」
遥香の瞳が、俺の目を見つめていた。
「私達、前世から……ううん。もっとずっと前から運命に結ばれているんだね」
遥香はそう言って、怪しく笑いながら俺の首に手を回してきた。ま、まさか……。
「来世も、もっと先まで……ずーっと一緒だよ……?」
一糸まとわぬ遥香の身体が俺の素肌に押し付けられた。え……さっきもしたばかりじゃ……。
だが俺は遥香の口づけに抗う事は出来ず、むしろ猛り狂って「男女の究極仲良し行為」に没入していった。
謎の数字、その意味は何なのか。
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