日本三大○△
「なんで勉強しなきゃなんねぇんんダァあああああ」
太郎は書斎で本を読んでいた次郎に聞いた。
次郎は回転椅子をゆっくり回して振り向くと本を置いてゆっくりと顔を上げた。
「いきなりだね。どうしたんだい?」
「菜々子が宿題やんなきゃ遊びに行っちゃダメって言うからさ」
「じゃあ、菜々子に聞くといい」
「きいたよう」
太郎はふくれっ面で戸口から次郎への方に歩み寄った。
ずしずしとできる限り大きく踏みしめるようにして怒りを著し、すぐ近くにあった次郎の仕事机の上に尻を乗せた。
次郎は一瞬だけ、ムッと不機嫌な表情を作ったが、それは太郎が気づく前に消え去って、柔和ないつもの表情に戻っていた。
そして代わりに静かな声で聞いた。
「菜々子はなんて言ってたんだい」
「なーんも。やかましい。屁理屈言うなってさ」
「っぷ。そりゃぁひどいね」
「だろ? 屁理屈言うなって言う奴はさ。大概、まともに言い返せない奴が言うんだよな。うん」
「言い過ぎだよ。それを言うなら太郎だって、勉強をするよりも遊びに行くほうが有意義なことだって説明することができるのかい?」
「そりゃ俺が子供だからさぁ」
「言い訳かい? やれやれ」
「なんだよぉ。えっらそうに」
「ふむ。……確かに。今のは少し反省すべき態度だったかな。悪かったよ」
「いい加減はぐらさないで言えよぉ。なんで勉強しなきゃなんないんだよぉ」
太郎は次郎の後ろに回って、ゆさゆさと次郎の肩を揺すった。
ついでにいうと最近肩こりがひどいという次郎のために適度に位置を変えながら彼の肩を揉みほぐしていた。
「ああ、気持ちいいねえ。ありがとう。でもこれは結構難しい質問なんだよ。昨日聞いてきた子供の作り方の100倍くらい、ね」
「そなの?」
「ああ。子供の作り方には正解があるけど、この質問には明確な回答はないからね。一応日本国憲法で国民の三大義務として労働・教育・納税が上げられてるから、それを理由として親権者は子供に教育を受けさせる義務がある。その一環として考えると宿題をやりなさいっていう菜々子の言いつけは間違ってないわけだね」
「拳法? なにそれ。強いのか?」
「憲法はね、少林寺拳法とかの拳法と読みは同じだけど、全く意味が違うよ。日本の最高法規、つまり一番大事な法律のことだよ。絶対に守ってねってことさ」
「げ。法律…… ってことはやっぱ勉強しなきゃダメなのか」
超絶酸っぱい梅干しを食べた時のような顔をした太郎をみて、次郎は大きく笑って、それから付け足すように言った。
「でもね。子供の方に勉強する義務があるわけじゃないんだ。あくまで親がその子供に教育を受けさせる義務があり、子供は自由に教育を受ける機会を得る権利があるってだけ」
「?ぎむ? けんり? なにそれ? 美味しいのか?」
「義務はやんなきゃいけないこと、権利は自由にやっていいってこと、だよ。つまり法律上は子供が勉強をしなきゃなんないっていう決まりはないってわけさ」
太郎は3秒ほど考えた。5秒ほど次郎の言ったことを頭の中で反芻した。そして飛び上がった。
「ヒャッホーイ。んじゃ。行ってきまーす!!」
それから太郎は一目散に部屋を出て、ドタドタと激しく音を立てて家の中を走り回ったかと思うと、それから玄関をくぐり抜けてどこかへと旅立っていった。
「あーあ。まだ話の途中だったんだけどな。ま、いっか」
そう言って次郎は机に向き直り、栞を挿していたところから本を読み始めた。
太郎・次郎・菜々子では味気ないという方は
それぞれ「田中ルイ」「ニューゲート」「リンリン」と置き換えてお読みください。