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神様のミサンガ  作者: よしふ
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2

その後、二人の拳を食らった明久は、瀬々良木に介抱されながらそのまま昼食の時間を終えた。五、六時間目に入ると、やはり昨夜寝ていなかったために睡魔が襲い、午前中と同様、眠気に抗う事もなく眠りにつく。時計の針は、俺が寝ている間も休むこともなくずんずんと突き進み、あっという間に帰りの時刻を指し示す。今はというと、もう学校を出て、またあのスーパー前を避けるようにして帰路へとついていた。

「はあ・・・。腹減った・・・」

俺は空腹で食べ物を要求する胃を、手でさすってやりながらトボトボと足を動かす。しかし、それで治まるはずもなく、さっきから駄々をこねるようにお腹は鳴り続けた。

昼飯、これでも二、三口は食ったんだけどなあ・・・。

俺は肩をガクンと落とすと、憂鬱に昼休みの事を思い返す。

あの後、二人の拳を顔面にもらい、目をぐるぐると回しながら失神していたせいで、結局あの卵焼きを最後に、一切昼ご飯を口に運ぶことが出来ていなかった。そのうえ、後で食べようと弁当箱を閉まっているとき、突然の耳が痛くなるほどの校内放送に、俺は盛大に弁当の中身を床に撒き散らしていた。つまり、家に帰って夕飯を食べるまでは、必然的にこの空腹状態で過ごさなければならなかったのだ。言い争いの熱が冷めて冷静になった瀬々良木と杉村の二人からは謝ってもらってはいたが、それでこの空腹が治まるわけではない。

・・・何か今日はツイてねえな。

 俺は電線の上に止まっていた鳩を見上げると、気分を落とした。鳩は電線の上で羽を休め、時折首を左右に振りながら泣き声を発する。その、呑気に見える鳩たちの姿が、今の明久にとっては何よりも恨めしかった。まるで、電線の上に止まっている鳩たちの泣き声が、自分の不幸を嘲笑っているかのように聞こえる。

俺はちょっと恨めしそうに視線を鳩たちに送るも、結局は無意味なことだと顔を下に落とした。すると、明久が俯いた直後に電線の上から、何か異様なものが明久の頭の上に落っこちてくる。明久が落ちてきたものが何なのかを確認しようと見上げると、電線の上にいた鳩は一斉に逃げるように飛んでいく。今日は天気が良く、雨が降るような雲は一つもないので、すぐに頭に落ちてきたものが鳩の糞だと気付いた。

 ・・・この野郎!!

明久は空へと飛んでいく鳩たちに悔しそうに視線を送ったが、空を飛べる鳩たちに敵うはずもない。明久は飛び去っていく鳩たちに強く握り拳を作るも、すぐに諦めて肩を落とした。

しかし、空をずっと見上げて歩いていたがために、さらに明久は運が悪い事に、足元の排水溝の蓋の溝に気付かずに足を取られてしまう。そのまま、明久は垂直に立ったドミノが倒れるように、見事なほど盛大にズッコケた。鼻からは鼻血が少し垂れ、制服の膝には道の小さな砂利(じゃり)がいくつか付く。明久は倒れたまま、悲しいやら、腹立たしいやら、何とも言えない思いになった。

なぜ今日はこんなにも俺はツイていないのだろうか。明久は地面に倒れたまま、心の中で涙を流した。宿題を忘れて、先生にみっちり絞られるわ、杉村と涼川からのダブルパンチをもらうわ、気を失って弁当を食べ損ねた挙句、鳩には糞まで落とされてズッコケるわ。どうも今日は、運がないというか、ツキが全くない。明久は、疲れたように溜め息をつくと、立ち上がってトボトボと帰りの道を歩いた。もうもはや、声を発する元気もなく、帰るために足を動かす事も面倒に感じた。

そのため、俺が家に辿りついて玄関のドアを開けた時も、ただいまという言葉よりもまず、溜め息が真っ先にこぼれていた。

「あ、明久、おかえり。・・・て、大丈夫?」

 明久の帰宅に気付いたユキが、帰りを待ちわびていたようにリビングから飛び出して、疲れた表情をしている明久の顔を覗き込んだ。

「ああ、まあ、大丈夫・・・。それより平気だったか、留守番の方は」

「うん、平気だったよ。ちゃんと昼ご飯も用意してくれてたし、暇なときはテレビがあったから」

その言葉に、明久は憂鬱な気分が少し晴れた様子で「そうか」と言い、靴を脱いで玄関を上がった。

「俺、今頭汚いから洗わないといけないんだけど、その後、夕飯のために買い物にでも行くか?」

「買い物?」

「ああ、お前もずっと家の中は嫌だろ。お前の食べたいお菓子も一つ買ってやるからさ」

 すると、ユキは嬉しそうに笑みを浮かべて、「うん」と言った。

「それじゃあ、ちょっと待ってて。今シャワー浴びてくるから」

 明久は制服のボタンを外しながら風呂場へと向かうと、静かに洗面所の戸を開けて入る。そして、服を脱いで風呂場へと入ると、シャワーの水栓をひねって、そのまま鳩の糞がついた頭をシャンプーで念入りに洗い始めた。髪にどの程度ついているのかは明久にも分からなかったので、とにかく二度、三度、神経質に感じるぐらいに何度も繰り返し洗う。しかし、右腕に付いたミサンガにお湯をかけるのも何となく気が引けたので、右手は極力使わないよう、慣れない手つきながらも左手だけで洗うように心掛けた。しばらくして明久は頭を洗い終えると、急いで風呂場を出てタオルで髪を拭く。普段からドライヤーを使う習慣のなかった明久は、今日もいつもと同じようにタオルで水気を取るだけで、ドライヤーで乾かそうなどとは思わなかった。というより、明久からすれば、自然に乾くものわざわざドライヤーで乾かそうとすること自体が面倒なのだ。乾ききる前に寝てしまい、翌日に寝ぐせにしてしまう事だって度々あるほどだ。春奈から、そんな生活をしていたらいつか禿げるぞと言われたこともあった。そんなこともあってか、ドライヤーを使う事は今でもないが、ここ最近は濡れ髪のまま寝る事はなく、今日も水気が取れるように、タオルでしっかりと髪を拭くようにしていた。

すると、ちょうど家に帰ってきた春奈が手を洗いに、ちょうど服を着終えた明久の洗面所へとやってきた。

「あれ、お兄ちゃんがこの時間にシャワー浴びてるなんて珍しいね」

 春奈に気付くと、明久は手に持っていたタオルを洗濯カゴの中に放りながら言った。

「ああ、春奈か。さっき鳩に糞落とされちゃったからな。・・・それより、今日はいつもより帰りが早いな。部活で何かあったのか?」

「いや、今日はたまたま部活が朝連だけだったの。まだ学期始まりだし。お兄ちゃんはこの後何か用でもあるの?」

「いや、俺はこの後ちょっと夕飯のための買い出しするだけだよ。ずっと弁当ばっかりも嫌だろ」

 すると、春奈は驚いたように明久に返した。

「お兄ちゃんが? どうしたのお兄ちゃん。女子力でも高くなった?」

「そんなわけないだろ、今は俺らが夕飯作んないといけないんだから」

 明久は呆れたように返すと、最後にもう一度髪の水気が取れているかを確認して洗面所を出た。

「お前も買いに行くか?」

「うーん、私はいいや。せっかく部活も休みなんだし、家でゆっくりしてたい」

 そう言うと、春奈は洗面台の蛇口をひねって、勢いよく飛び出してきた水の量をほんの少し調節する。調度いい水量のところで蛇口から手を放すと、二つの手の平を擦り合わせながら手を洗った。明久はその春奈の生返事を聞くと、一言「あっそ」と残して、洗面所を出ていく。もちろんこれは、そっけなく返した春奈に対して機嫌を損ねたわけではなく、必要以上に春奈を誘っても仕方がないという思いから来るものだ。そして、洗面所を出て、玄関口に足を下ろして待っているユキのもとへと戻ると、明久は濡れた髪の毛も乾かぬうちにユキへと声を掛けた。

「それじゃ、買いに行くか」

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