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神様のミサンガ  作者: よしふ
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空絶をとくと、三人は近くの喫茶店へと足を運んだ。ガラス窓側のテーブルに、明久、ユキ、向かい合うように青年、という形で腰をかける。そして、水を運んできたウエイトレスに、青年はブラックコーヒーを注文した。

 明久とユキが、戸惑ったまま何も話を切り出せずにいると、青年は二人を落ち着ける声で静かに言った。

「えっと、とりあえず自己紹介からするな。俺の名前は価野孝平。近くにある神社の跡取りとして生まれて、今は大学生になる。今通っている大学を卒業したら、その神社を正式に継ぐことになっている。君たちはさっきので契約したんだろうけど、俺も以前、君と同じような理由で神と契約することになったんだ。・・・それで、君たちの名前は?」

 価野の言葉を聞くと、明久はようやく状況を飲み込み、慌てて自己紹介した。

「俺は契都高校に通っている高城明久っていいます」

 明久が言い終わると、横に座っていたユキもくりっとした可愛らしい瞳を男に向けて、間の抜けた調子で答える。

「私はこの人と契約した疫病神。女神之ユキっていうよ」

 二人が自己紹介すると、価野は「そうか」とわずかに表情を緩める。

「実は、俺も契都高校出身なんだよ」

「え、本当ですか!?」

 明久がびっくりした様子で価野を見つめると、価野もそれに答えるように頷いた。

「まあ、卒業して今年で三年経つから、あまり先輩面することもできないんだけどね」

 青年は優しく笑みを浮かべると、ちょうどウエイトレスが持ってきたコーヒーを受け取った。コーヒーからは温かい湯気が立ち、独特の味わい深い香りが明久のところまで香ってきた。価野はそれを一口ズズッと啜ると、コーヒーカップを口元から離す。

「えっと。それじゃあ説明しようと思うんだけど、俺、そんなに説明得意じゃないし、少し遠まわしな言い方から始めるけど良いかな」

価野が明久とユキに訊くと、二人は静かに頷いた。そして、価野はしばらく考え込むと、再び明久たちに視線を向けて、コーヒーカップをテーブルに下ろした。

「君たちは、昔はこの世界に生まれた人達が、神という存在を崇め信仰する者も多かったのを知っているだろう? それこそ、今でもその信仰の歴史は途絶えることなく、この世界に根深く残されているのも。今は日本の国のように無宗教の人間は多くなっているけど、明久君も、神という存在を信じてこそいなくても、神社に行ったり、クリスマスに皆とお祝いしたりすることはあるよね?」

明久がゆっくりと頷くと、価野孝平は話を続けた。

「どんな形であれ、そういう風に、人が信仰し存在を信じれば信じるほど、それは脳という一つの入れ物の中から飛び出し、実体をもたない概念として、力が強くなっていくんだ。そして、その信仰心だけで出来上がった概念に呼応するように、この世界もまた影響を受け変質していく。人がいる世界、それを支える神という概念だけの存在。その二つが信仰とともに徐々に膨れ上がって、この世界を呑み込んで大きく膨れ上がっていくんだ。そして、ある時その膨れ上がって自らを支えることが出来なくなった世界が、二つに分かれて別々の世界として生まれ変わる」

 明久とユキは、価野の言葉を聞き逃さないように、価野を真っ直ぐ見つめる。

「これは、人類が文明を持ち、人間たちが総じて神という存在を信仰し始めたとき、過去に現実として一度起こった。元々存在していた世界と、人間の思念と信仰心によってのみ生まれた世界。そういう風に二つに分かれて、お互いがお互いの世界として歩みをとることになったんだ」

 明久は呼気を抑えると、慎重に「そのもう一つの世界が、神様の世界」と訊いた。

「そう、それがこの世界の大きな分岐点。人の信仰心は決して目には見えるものではないし、人の考えも決してその人物の脳の範疇を超えたものではないけど、それが多数の人間によって広く信じられたものになったことによって、それは次第に人間の脳の範疇を超えて世界をも膨張させていったんだ。それは人間の脳の神秘とも言えるし、世界をも変えてしまう恐ろしい部分でもある。決してその力は一人個人として大きくはないけれど、多くのそれが合わさり強大な力と成ったとき、結果として世界はこの世界と、神様の世界の二つの世界に分離することになる。おそらく君の契約した相手であるユキちゃんも、その分離した神様の世界の住民だ」

 価野の説明に、明久は言葉を失った。彼の話には、今まで明久が学校で習ってきた化学も、この世界の真実も、全てが嘘だったとでもいうかのような破壊力があった。

「あちらの世界においては、もはや神様とか人間とかいう境もないんだろうけど、少なくとも俺たちが信仰することによって生まれた世界の住民なんだから、俺たちは神様と言っても差し支えないだろう。ユキちゃんたち本人も、自分たちが神様だっていうことを認めているしな。・・・そして、この世界と神様の世界、この二つの世界は非常に相互性が強くて、並行世界なんてものよりもっと緊密に繋がり合っているんだ。パラレルワールドなんていう、サイエンスフィクションの別世界よりも、もっともっと強固に。もともと二つの世界だったがために、あちらの世界は人の信仰心によって存在を保ち続けるし、こちらも人間が存続する以上、絶え間なく神を信仰し続けるという、不可分の関係でね。そして、この二つの世界の間には、さらにもう一つの世界が存在する。君も殺人犯に襲われたとき、死葬空間という場所に行かなかったかい?」

価野に言われると、明久はあの真っ白にどこまでも続く地平線に、豪然とたたずむ扉を思い返した。あの空間にあった扉の引き寄せようとする力は、今思い返してもあまり気分の良いものではない。

「あの世界は、どういう経緯で、どのように誕生したのかは不明なんだけど、この二つの世界の境界、いわば緩衝(かんしょう)地帯として存在しているんだ。そして、両世界を行き来できない俺たち人間と、あちらの世界の存在にとって、この死葬空間は、唯一お互いが干渉し合える世界でもある」

そう言って、価野は真剣な表情をさらに真剣にさせた。

「もちろん、多くのことを俺たちが分かっているかというと、そういうわけでもない。まだこのことは多くのことが知られていないし、調査段階のことなんだ。それでもいくつか分かっていることを挙げるとするならば、こちらの世界の者とあちらの世界の者が交わるには一定の条件があるということだろう。死葬空間という世界は、両者の世界とは根本的につくりが違うから、こちらの世界にいる人間は、体のない状態、つまり魂の状態じゃないと行き来できないし、あちらの世界の者たちも限られた存在しか行き来できない。しかも、あの死葬空間という世界は死んだ者の魂を、鎮め、浄化する役割も兼ねているから、長居することさえ難しい。しかし、それでも死に際の魂だけの状態であれば、ほんのわずかな間だけだが、人間はあの空間内に留まることができるし、神の世界の一部の住民はその世界を行き来することができる。そして、その時に偶然両者が出会い、契約を交わすことができれば、お互いの利害とともに二つの世界をまたいで繋がり合うことができるんだ。明久君の場合は、さっきの殺人犯に襲われたことによって死葬空間へと送られたんだろう」

価野は両手の指を合わせて肘をテーブルの上にのせる。ゆっくりと、粘り気のある空気を押しのけるかのように、口を開く。

「そうすることで、神と巡り合ったこちらの世界の人間は、神の不思議な能力を使って再び元の世界に戻る事ができる。君たちと同じように、契約という形をとって、お互いが意思を通わせることでね。そして、その時の契約の副産物として、契約者の身体能力が異常に高くなったり、不思議な能力を使えるようになるんだ。さっきの空絶という空間もそうだし、契約した後の明久君がそれなりに殺人犯と戦えていたのもそうだが、それも契約の副産物によるものだろう」

明久はそれを聞くと、自分の手のひらを見つめた。確かに、ユキと契約するまでは一撃すら致命傷のレベルだったのに、契約した後は殺人犯の攻撃もやけに軽く感じられた。もちろん、あのまま戦っていたら危なかったのは間違いないのだが。

「そういうことが近年になって続発するようになってね。最近ではこの能力を、盗みなどのように悪用する者まで現れるようになったんだ。さっきの殺人犯なんかいい例だ。力を手に入れた人間は時折普通じゃ考えられないようなことまで行動することがある」

 価野はそう言って、テーブルの上に合わせていた指に額をのせた。下を向いてよく見えなかったが、あまりいい表情をしていないのは確かだろう。価野は再び顔をあげると、テーブルの上に置いてあったコーヒーを手に取り、一口だけ口に含んだ。コーヒーからはもう湯気はたっておらず、さっきの味わい深い香りもいつの間にかしなくなっていた。

「だいたいの話は分かってくれたかい?」

「・・・はい」

 明久が返事すると、価野は椅子の背もたれに背中を預ける。横にいたユキは座りながらつまらなそうに地に着かない足をぶらつかせ、明久もしばらく黙ったまま俯いていた。ウエイトレスがテーブルに置いていた水も、店内の暖房との温度差で結露し、コップの表面には水滴を付けている。

三人の間にしばらく沈黙が続くと、「あの・・・」明久は消え入るような声を出した。

「殺人犯の腕に付いていたミサンガ、最後の切れる時まで気付かなかったんですけど、あれが切れた瞬間、殺人犯が突然消えたのはどうしてなんですか?」

 それを聞いた瞬間、価野は金縛りにあったかのように顔を凍らせた。しかし、すぐにその表情が柔らかさを取り戻すと、ふと、呟くように価野は言った。

「明久君、君のミサンガを見せてくれるかい?」

 価野のその言葉を聞くと、明久は右手首の裾をあげて、自分の腕についていたミサンガを価野に見せた。すると、価野も同じように服の右腕の裾を捲し上げて、明久に腕についたミサンガを見せた。深緑、緑、茶色の少し暗めの色合い。価野の腕にも同じようにミサンガが付いていたことに明久は驚いた。

「このミサンガは、俺ら契約者にとって非常に重要なものだよ。俺たちの存在は、さっきも言ったように神様の不思議な能力によって支えられている。このミサンガは、その不思議な力を俺たちに伝える媒体としての役割を持っているんだ。そして同時にこれは、俺たちが契約をしたという証明にもなっている」

「証明?」

「ああ。つまり、人間と神様の相互に契約があった事を、このミサンガは示しているってこと。だから、このミサンガが切られたり、燃えてなくなってしまったりすると、その契約は白紙に戻され、無かったことになる」

そう言って価野は顔を曇らせた。しかし、明久に聞こえるよう、はっきりとした口調で、「つまり、このミサンガを切られた契約者は、契約によって生き返ったこと自体が無かったことになってしまうんだ。単刀直入にいえば、ミサンガを切られた人間は、死ぬ」

「な、死―――――――――」

 明久はあまりの衝撃に言葉を失った。さっきまで足をぶらつかせていたユキも、価野の話を聞くと、足を止めてどこか寂しげに俯いていた。

「俺たち契約者は、全員ミサンガによって自分の存在を支えられている。ミサンガがあるからこそ、俺たちはこの世界に存在し続けられているんだよ。だから、生きている間はずっとこのミサンガと運命をともにしなければならない。それが契約者にとってこの世界を生きる唯一のすべなんだ。生きるために契約したのに、結果的にこのミサンガに縛られ続けないといけないってのは少し皮肉だけどね」

 明久は、頭が真っ白になる。一度免れたと思った死が、再び明久の目の前に姿を現したかのようで、とても何かを考えられるような状態にはなれなかった。価野は明久の動揺した表情を見ると、明久をなだめるような静かな声で言った。

「さっきの殺人犯が消えたのも、ミサンガが切れてこの世界に留まることができなくなったからだ。ミサンガが切れた瞬間、一度死んだはずの存在、という(ほころ)びがほどけ、俺たち契約者はこの世界から消え去る。そもそも、俺らは契約する際に、肉体を一度失っているんだ。一度、死んだことによって死葬空間に送り込まれた俺らは、元々何らかの損傷を体に負っている。それを再び生きる事のできるものにするには、肉体を再構築しなおさなければならないんだ。だから、ミサンガが切れた時、俺ら契約者の体は構築が壊れ、肉体すら残せないままこの世から消えていってしまう」

 価野はゆっくりと丁寧な口調で言った。しかし、それさえも明久の耳には届かない。明久の頭の中は様々な事が目まぐるしく回り始め、外界からのすべての言葉を遮断する。価野も寂しそうに表情を沈めると、静かにミサンガを右腕の裾の下に隠した。裾の下に隠されたミサンガは、それでもなお、価野の腕に感触を残す。

「だいたいの話はこれで終わりだよ。俺から教えられることはもうほとんど話した。君も思うことがあるだろうけど、それは君がこれから決めて行く事だ」

 価野は明久の表情を見ることもなくコーヒーを一口だけ飲むと、そのままゆっくりとその場を立ち上がった。明久はそれに反応することもなく、ただ呆然と椅子に座り続ける。

「きっと、これからも色々なことがあるかもしれないけど、もし、そんな中でも、君が生きていくことを望むのなら、そのミサンガ、絶対に切られるなよ」

 価野は最後に一言、明久に忠告すると、静かに(きびす)を返して、明久たちのもとを去って行った。価野の姿が見えなくなると、さっきまで明久の耳に入ってこなかった店内の音が、急に耳へと入ってくる。それを、明久は少し騒々しく感じた。厨房で皿が擦れる音、他の客が楽しくおしゃべりする声、店内を流れるBGMが明久の耳の中に鳴り響く。明久はそんな喧騒(けんそう)の中、それでもしばらくの間はそこを動かずに、ただ、静かに、椅子の上に座り続けていた。

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