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神様のミサンガ  作者: よしふ
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二人はある程度家を出る仕度を済ませると、明久は普段から履きなれたシューズ、ユキは草履を履いて家をあとにした。家を出てすぐ右に曲がると、二人は近くの土手へと向かう。空は快晴、日差しは良好。熱を奪い去っていこうとするまだまだ冷たい風も、厚手の布地でできた服にあえなく遮られて、諦めたように服の上を通り過ぎていった。街路樹の木々の枝にも、少しずつ緑が増えて季節の移り変わりを感じさせる。土手は自宅から徒歩五分程度の近くにあり、夏に行なわれる花火大会なんかは自宅の窓からでも見える場所に位置している。そんな土手へと続く道を歩きながら、二人は一直線で土手へと向かうと、近くの舗装された階段のもとまで土手の横を沿っていき、土手の上まで登って行った。

「うわー、すごい」

 ユキが元気よく土手を駆け上って、一番上までたどり着いた時の第一声はそれだった。明久も、膝に手を付きながら最近運動不足気味だった体を動かすと、すぐさまユキのあとに続いて景色を見渡す。四月下旬で、もうすぐ五月に差しかかろうとしている季節の野の草は土手の傾斜一面に青々と広がっており、その所々には黄色や紫など春を感じさせる花々が色づいていた。その土手の先にも野球用グラウンドや緑の芝が広々と続いており、その数百メートル先に土地を(へだ)てるように川が横に延々と続いている。その川の奥にもこちらと同じように土手があるのだが、その間に視界を遮るような建物は何一つない。もちろんその向かいの土手の先にも、ビルや建築物は立ち並んではいるものの、こうも距離が遠いと、一つ一つは豆粒のように小さくて、もはや低い高い関係なく地平線の一部のように見えた。何とも広々とした空間で、都市化の進んだ建物が立ち並ぶ街からはかけ離れた景色。まるで、自分の住んでいる街と全く違う世界が、この土手によって完全に隔てられているかのよう。    

ユキは土手のうえで一度立ち止まると、すぐさま子供のように瞳を輝かせて土手を駆け下りていった。その姿を見ると、「はしゃぎすぎて怪我とかすんなよ」と明久はユキに声をかけて、そのまま土手の斜面に腰をおろす。ユキは意味も無く辺りを駆けまわったり、野の花に止まっている蝶々を捕まえようとしたり、途中でタンポポを摘んで綿毛(わたげ)を飛ばしたりと、色んな方法で楽しんだ。時折遠くでこちらに手を振っては、笑顔を見せることもあった。そんなユキの楽しむ姿を見ながら、明久は北から吹いてくる風に吹かれる。本当に気持ち良く、街とは違う時間が流れる場所。普段過ごすああいう騒がしい日常も割と好きではあるが、こういったのんびりとした時間も、なかなか悪くはない。

明久はその様子をのんびりと眺めると、ふと、横に置いていた鞄へと視線を向けて、中をおもむろにあさりだした。中には特に必要以上のものは入れていないのだが、その中には一枚の白い紙が入れられている。その紙を鞄の中から取り出すと、明久は白い用紙の真ん中に書いてある文字に視線を送る。そこには、活字書体で、『翌日 夕暮れ時 契都高校にて待つ』と書いてあった。それ以外は宛先人の名前も、住所も記載されていない。少し不気味な、謎の手紙。その手紙の文字を読むと、明久は少しだけ表情をしかめる。

それは、先ほど自宅をあとにする際に、郵便受けの中で見つけたものだった。母が家を出てからというもの、最近は毎朝確認するようになっていたのだが、その時には見当たらなかった手紙。契都高校という自分の高校名を出している以上、これの呼び出し相手はおそらく春奈や母ではなく、自分に対してのものだろう。そして、自分の自宅の位置も割れている以上、おそらく無視をするというわけにもいかないことも分かる。しかし、その目的も、理由も、何一つ明記されていない。いったい、誰が、なんの目的で自分にこの手紙を出してきたのか―――。

明久は、一抹の不安を感じながら、その手紙の活字を眺めた。手紙は、北からの横風に吹かれながらも明久の手にしっかりと握られて、体をなびかせる。すると、横から突然、「えい」という言葉とともに、明久の視界は一気に横に倒れた。明久が驚いて横にいる彼女を見ると、明久の横にいたユキは楽しそうに明久に笑顔を見せる。

「明久も座ってないで一緒に遊ぼうよ」

 その言葉に、明久は疑問と驚きの表情を浮かべた。

「いや、ちょっと待て。誘うのは分かるけど何で今俺のこといきなり突き倒した」

「何となく?」

「何となくで人のことを突き飛ばしちゃいけません!」

明久は体を起こすと、笑いながら頭をかくユキを呆れたように見つめて、手に持っていた手紙を鞄の中にしまった。

「今の手紙、誰からのだったの?」

「ん、これか?」

 明久が答えると、少女は鞄に少し顔を覗かせながら頷く。

「さあな、それが全然分からないんだ。誰が送ったものなのか、何を目的としたものなのかも全く。朝見たときにはこんな手紙入ってなかったのにな」

 明久は鞄のファスナーを閉め終えると、不安をかき消すような笑みをユキに浮かべた。

「まあ、宛先も何も書いてはいないけど、きっと俺宛てに書いたものなんだろうし、ユキが気にするようなことじゃないよ。何かの手違いだったのかもしれないし」

 そう言いながら、明久は元気よくその場を立ち上がって、ユキに自分の力こぶを作ってみせた。

「それより、俺と一緒に遊んでほしいんだろ? ぐずぐずしてるとまたすぐ昼寝なり、帰宅なり、勝手にさせてもらうけどいいのか?」

 その言葉に、すぐにユキは再び笑み取り戻して、土手の緑の斜面を走っていった。斜面の途中辺りまで降りていくと、ユキは立ち止まって足元の斜面を指差す。

「明久こっち! ここにたくさん三つ葉のクローバーが広がってるの! だから、明久も一緒に四つ葉のクローバー探そう!」

 満面の笑み。土手の斜面は横風に(あお)られて波をつくり、彼女の古びた和服と髪の毛は優しく風に揺れる。少しずつ改築され、最近では見ることのなくなった光景。そんな光景を目にしながら、明久は懐かしい感覚を思い出す。土まみれになりながら、子供のころ力一杯友達と遊びを楽しんだ思い出。今では、ほとんどそんな風に遊ぶことはなくなってしまったけれど、何となく今、それと同じように遊ぶのだと思うと、不思議と心が躍った。明久は、一歩、力強くユキのいる方へ足を突き出すと、そのまま子供のように駆けだす。

天気は良く、風も冷たいがどこか心地よい午後の昼過ぎ。明久は、少年時代の記憶を思い出しながら、その日の日曜の午後、気持ちの良い天気の中を過ごした。


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