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最強の傭兵、人狼となりて異世界を征く  作者: 観音崎睡蓮
一章 異端の皇女、奴隷となりて傭兵と歩む
7/20

7話 『アリシアとの出会い』

 奴隷商人が取りだした鍵で檻の扉を開けた。

 錆びた格子が擦れて、不快な音が狭い部屋に響き渡る。

 その音に反応したのか、檻の中の少女がびくりと震えた。細い首を持ち上げて、虚ろな瞳で檻の中に入ってきた奴隷商人を見つた。

 そしてすぐにその瞳に、色が戻った。疑いようのない恐怖の色だ。


「っ……いや……いやっ……」


 少女が擦れた声で拒否の意思を示す。やせ細った腕で必死に後へと下がろうとしている。


「おい1028番! 喜べ、お前を買ってくれる客が見つかったぞ。さっさと出てこい!」


「いや! こないでください! いや!」


 先ほどよりも力強く少女は叫ぶ。

 奴隷商人はそのたくましい腕で少女の腕を掴んだ。


「暴れんじゃねえ! 来い!」


「放して! いや!」


「このクソガキ!!」


 奴隷商人は執拗に抵抗を続ける少女に腹を立てたようだ。

 無理やりに少女を引き寄せると、その頬に渾身の力を込めた平手打ちを放った。少女の小さな身体はまるで人形のように張り飛ばされ、奥の鉄格子へと激突した。


「てめえ! なんど何度教えたらわかる!? てめえは奴隷なんだよ、所有者に逆らうんじゃねえ!」


「っぐ……うぅ……」


 奴隷商人は倒れている少女に詰め寄ると、怒鳴り散らしながら長い髪を掴んで、無理やり少女を引き起こした。


「……っいや! いたいいたいたい! 放してください!」


「放してほしけりゃ言うことを聞け! いいか!?」


 奴隷商人は少女の髪を掴んだまま、力任せに頭を揺すり、また鉄格子に叩きつけた。

 少女は冷たい床に伏したまま肩を震わせて泣き始める。


「ひぐっ……ごめんなさい……もう逆らいません……だから、殴らないで……」


 少女のすすり泣きに、流石にシュウヤも居た堪れなくなる。


「おい、一応その子の所有者は俺になるんだからな。キズものにはしないでくれよ」


「へえ、すみません、旦那。ですがね、ご覧の通りこうでもしないと言うことを聞かねえんですよ」


 奴隷商人は困惑を表情に浮かべながら、少女の衣服の首元を掴んで、檻から出そうと引きずり始めた。少女はなされるがままだ。どうやらもう抵抗する意思も挫かれたらしい。


 奴隷商人は檻から少女を引きずりだすと、床に放り出した。


「ちょっと待っててくださいね。今、奴隷契約の用意をしますんで」


 そう言うと、奴隷商人は部屋の奥からナイフと指輪を取り出してきた。

 ナイフは至って普通の形状のものだ。指輪はシンプルな作りで、真ん中に水晶のような透明の石がはめ込まれている。


「こいつが奴隷輪スレイブ・リングです。所有者の証みたいなもんですね。こいつに旦那の血とこいつの血を垂らして、主従契約を成立させるんです。契約に必要な手続きはそれだけです」


 説明しながら、ナイフをシュウヤに手渡してきた。これで血を出せということか。

 最初は、面倒な書類上の契約などがあるのかと思ったシュウヤだったが、そこは魔法が存在する世界。おかげでずいぶんと手続きが簡略化されているようだ。


 奴隷商人の言うとおりに、シュウヤは人差し指の腹にナイフを押し当て、一滴血を滲ませた。そして、差し出された指輪の石の部分に押し付けた。

 僅かに、石が輝いて熱を帯びた気がする。


「これで主人の方の登録は完了です。あとはこいつですね」


 奴隷商人はナイフを同じように少女の指の腹に押し当て、出てきた血を石に押し付けた。今度は確かに指輪の石が強く光り輝いた。


「これで契約完了か?」


「ええ。問題ないです。それでは、指輪をどうぞ」


 奴隷商人が指輪をシュウヤに手渡す。

 嵌めてみると、サイズを測ったわけでもないのに、すんなりと馴染んでくれた。これも魔法の力のおかげなのかはよくわからないが。


「使い方は簡単です。奴隷が言うことを聞かなかったりするときに、念じるだけで奴隷に苦痛を与えて命令に従わせることができます。苦痛の強度は念しだいで調整可能ですが……最初は感覚を掴むのが難しいので、まあ習うより慣れろってことで」


「なるほどな……まあ使わないことを祈るよ」


「使わずにこいつを調教できたら大したもんですよ! まあ、調教できた日にはぜひ見せに来てください」


 そう言って、奴隷商人が意地悪く笑った。

 これは暗にできるものならやってみろと言っているようだ。

 まあ、望むところだ。暴力を使わずに、この少女を育ててみようじゃないか。


「手続きは以上です。それでは、お会計は10万メルクですね。手続き費用はおまけしときますぜ」


「ああ、助かる。これでいいな?」


 シュウヤはポーチから金貨十枚を取り出して、奴隷商人に渡した。

 奴隷商人は笑顔で支払いを受け取り、


「それでは、なにか困ったことがあったらいつでもどうぞ! 返品、クレームは受け付けませんが、奴隷の扱い方についての相談だったらいつでもお受けしますよ!」


「そうだな、困ったらまた来るよ」


 シュウヤは軽く手を振って、奴隷商人に挨拶。

 それから床にまだ倒れている少女を担ぎあげて、店を出ることにした。



   ~~~



 店を出て空を見上げると、太陽がちょうど頭上で輝いていた。

 一日がようやく半分終わったというところか。朝からあまりにも多くのことが立て続けに起きているせいで一日がひどく長く感じる。

 しかもまだ冒険者登録という今日一番の重要課題が残っているうえに、今日の寝床の確保からこの奴隷の世話までしなくてはならないのだ。


「初日から先が思いやられるな……」


 独りぼやいてみるが、そうしたところで問題が解決するわけでもなし。

 目の前の課題を一つずつこなしていく他ないだろう。

 とりあえずは、たった今購入した奴隷の扱いについてだ。


「ん……」


 シュウヤの肩の上で、奴隷の少女がわずかに身体を動かした。そろそろ目を覚ます頃合いだろうか。

 とりあえず道端のベンチに彼女を座らせ、ポーチの中の水筒を取り出し、中身を彼女の顔に軽く垂らす。


「ひゃっ!? つめたっ!?」


 すぐに全身をびくんと震わせて、少女が飛び起きた。

 その様子にシュウヤは少し安堵する。人並みの反応を返してくる程度の衰弱と考えていいだろう。先ほどの牢屋での少女の姿から考えるに、相当身体が衰弱していて使い物にならないのでは、と懸念していたのでとりあえずは幸いといったところか。


「いやあ!! ごめんなさい! ごめんなさい! 逆らいませんから殴らないで……!」


 しかし、その安堵もつかの間。

 少女はシュウヤの顔を見るや否や突然、悲鳴をあげて縮こまってしまった。

 考えてみれば、今まで彼女は奴隷として手酷い扱いを受けていたのである。ちょっとした刺激でも過剰に反応してしまうのは無理もない。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 ひどく怯える少女の様子に、周囲を歩く人が訝しげな視線を送ってくる。

 気まずさを感じたシュウヤはなんとか少女を宥めようと、とりあえず怯える少女の頭の上に手を乗せて、撫でてあげることにした。


「……っ!? ん……」


 最初こそ、肩を強張らせた少女だったが、そのうち上目遣いにシュウヤを見上げた。

 まだ瞳から警戒の色は消えていない。


「落ち着いたか? 俺はアリサカシュウヤ。君の所有者だ。それはわかるか?」


「……」


 少女が無言のまま頷く。


「よし、それじゃあまずは君の名前を教えてくれ」


「私……え……あの……」


 少女は怯えた様子で、シュウヤの手に光る指輪を見つめていた。

 奴隷の所有者であることを示すものであり、所有者の意向次第で奴隷に苦痛を与える魔法の品である。

 シュウヤはなんとなく少女の不安の意味がわかったような気がした。


「安心しろ。君にこれを使って、苦しみを与えるつもりは毛頭ない。ただ、名前を教えてほしいだけだ。いつまでも君とかお前で呼ぶわけにもいかないだろ?」


 シュウヤは指輪を外して、少女が怖がらないようにポケットにしまった。

 

「あの……私の名前は……アリシア……」


 そんなシュウヤの様子に少し心を許してくれたのか、少女は自分の名前をぼそりと呟いた。


「アリシア、か。可愛い名前じゃないか」


「かわいい……?」


「ああ、俺は女の子らしくて可愛い名前だと思うぞ?」


 奴隷の少女、アリシアの心を解すために、シュウヤは頭を撫でながらそう言ってやる。

 当のアリシアはシュウヤの真意がわからずに困惑顔で、シュウヤの顔を見つめているが。


「よし、それじゃあアリシア。さっそくだが着いてきてくれ。最初にやらなくちゃいけないことがあるんだ」


 シュウヤは未だ状況がつかめていない素振りのアリシアの手を掴んで、とある場所に向かうことにした。



   ~~~



 シュウヤがアリシアを連れてやってきたのは街の裏路地にある用水路だ。

 ジュノーの街は付近を一本の大きな川が流れており、この川がジュノーの街の通運を担っている。加えて、この川から街の中に引かれる何本もの用水路は住民の生活に大きく貢献している。

 シュウヤが街の中を歩いていたときも、住民がこの用水路から水を汲んだり、顔を洗っている様子を何度も見かけていた。


「それじゃあアリシア、まずは服を脱げ」


「えっ……」


 シュウヤの言葉にアリシアが一歩後ずさった。


「変な誤解をするなよ? お前、自分の今の状態を鏡で見たか? 髪から肌まで汚れてるぞ。ここで身体を洗えってだけだ」


 奴隷商館でも思ったが、今のアリシアの様子は酷いものだと思う。

 銀色の髪はくすんで鼠色と化しているし、白い肌はところどころ黒ずんでしまっている。新しく服を新調するにしてもまずは身体を洗わなくては何も始まらない。


 シュウヤの指摘に、アリシアは恥ずかしかったのか僅かに頬を赤らめて、俯いてしまった。


「もし恥ずかしいなら、脱ぐときは後を向いてるから。脱ぎ終わって水につかったら教えてくれ」


 それだけを言い、シュウヤはアリシアに背中を向けた。

 少し戸惑う気配があったのち、すぐに衣ずれの音と水音が聞こえた。


「もう振り向いて大丈夫か?」


「あ、はい」


 アリシアの返事を受けて、振り向くと、こちらに背中を向けて水に浸かっているアリシアの後姿が目に入った。

 まだ恥ずかしいのか振り向いてくれる気配はなさそうだ。


「身体は自分で洗えよ? 髪の毛は洗ってやるから」


 用水路の縁に座り、手で水を掬ってアリシアの髪にかける。それから両手で髪をごしごしと洗って、たまに水をかけて汚れを落としてやる。

 アリシアはというと、水の中でこそこそ動いて、身体を洗っているようだった。


「よし、いいぞ」


 手持ちの荷物の中に当然だが石鹸などという便利なアイテムはなかったので水洗いくらいしかできなかったが、それでもだいぶ本来の色は取り戻せたのではないかと思う。

 くすんだ髪はやはりシュウヤの予想通り綺麗な銀色をしていた。肌もきめ細やかで人形のように白い。先ほどまで奴隷として檻の中にいたとは誰も思わないだろう。


「さっさと上がってこい。のんびり行水してる暇はないぞ」


 まだ用水路の中にいるアリシアを急かすが、なかなか出てこない。言いづらそうに、胸のところを両手で隠し、もじもじと挙動不審な様子だ。

 一拍おいて、すぐにシュウヤはアリシアの伝えたいことを察した。


「もしかして服か?」


「……ん」


 シュウヤはアリシアが先ほどまで着ていた服を掴んで眺めてみる。泥だか埃だか汗だか、よく分からないもので汚れきった服は臭い的にも見栄え的にも正直、着たいような代物ではないということは一見してわかる。かといって、女の子を全裸のまま連れ回すこともできない。

 どうしたものかとしばらく悩み、シュウヤは自分が羽織っていたジャケットをアリシアに渡すことにした。


「あの……これ……」


「とりあえずそれを羽織っとけ。嫌なら裸でもいいんだぞ」


「き、着ます……!」


 アリシアはようやく用水路から出てくると、シュウヤの黒いジャケットを羽織った。シュウヤの身体にぴったりのサイズだったからだろうが、アリシアが纏うとジャケットというよりはマントかコートみたいだ。


「それじゃあとりあえずは買い物だ。いつまでもそんな格好で歩き回ってられないだろ?」


アリシアは首を縦に振って、必死に頷く。


「よし、行くぞ。やることは山積みなんだからな」


シュウヤはトーマスから貰った地図を開いて、目的の店に向かうことにした。


〜〜〜


 冒険者ギルドが居を構える大通りから一本裏通りに入ったところにシュウヤのお目当の店はあった。

 アリシアの手を引いて扉をくぐると、表から見える以上に奥行きのある空間が広がっていた。店内には所狭しと服がかけられていたり、棚に畳まれていたりしている。


「いらっしゃいませ! 今日はどのようなお洋服をお探しでしょうか?」


 入口のところで店内を見回していると、奥から眼鏡をかけたショートカットの若い女性がにこやかな笑みを浮かべて現れた。この店の店主だろう。

 シュウヤはぶかぶかのジャケットを羽織ったアリシアを顎で示した。


「この子のサイズに合う服を見繕ってほしい。普段着と冒険者用のものをそれぞれだ」


「かしこまりました! それではお嬢さん、こちらにどうぞ!」


 アリシアはというと、まだ不安げな表情でシュウヤを見つめていた。

 シュウヤはアリシアの頭に手を置いて、安心させてやる。


「お前の服の新調だ。行って、好きなやつを選んで来いよ」


 アリシアは小さく頷くと、洋服屋の店主に連れられて奥の試着室らしきスペースへと姿を消した。

 シュウヤは近くにあった椅子に腰かけて、アリシアを待つことにした。まあ適当に着られるものを見繕ってくれればいいので、そんな時間はかからないだろう……というのは見込み違いだった。

 かれこれ二十分程して、ようやくアリシアと店主が姿を現した。

 ……アリシアの困惑した顔。店主の紅潮した笑顔。そして奥に散らばっている衣服の数々。

 おおかた店主の着せ替え人形にでもさせられていたのだろう。アリシアとは出会ったばかりだが、まるで人形のように幼い顔立ちをしているのでその気持ちはわからなくはない。


「さあお客さん、どうでしょう!? うちのオススメの一品を選ばせていただきました!」


 アリシアが着ている服に目を向けてみる。

 一枚目は普段着だ。白いワンピースに革のベルト。まさにそこらへんの露店で売り子でもしていそうな格好だ。これなら変に目立つこともないだろう。

 シュウヤが頷くと、店主は大いに喜んだようでアリシアに二着目の着替えを促す。

 二着目は冒険者用、すなわち動きやすい軽装だ。こちらは白い綿のシャツ、丈の短い革のスカートにポケットがいくつかついたベストだ。

 どちらも文句のない一品だ。


「あの……変じゃ……ないですか……?」


「ああ、似合ってるぞ。いいセンスだ。ありがとう店主さん」


「いえいえどういたしまして! そちらのお嬢さんならどんな服でも着こなせますよ! なんたって元々の素材が……フヘッ」


「……そうだ、会計はいくらだ?」


 思わず店主の下心が漏れたような気がしたが、聞かなかったことにしておこう。

 それよりも今日は予定だらけでキツキツなのだ。目当ての服が調達できたら、さっさと次の用事を済ませてしまいたい。


「はい、お会計は合計3500メルクとなります!」


 シュウヤはポーチから硬貨を取り出して支払を済ませる。

 アリシアはというと新しい服がまだ着慣れないのか、もじもじと裾を弄ったり、襟を引っ張ったりしている。


「よし、行くぞアリシア」


「は、はい……」


「またの! またのご来店をお待ちしております!」


 ……随分とアリシアは服屋の店主に気に入られたようだ。

 もし金銭に余裕が生まれたら、またここで新しい服でも買ってやるかと、シュウヤはぎこちないながらも満更でもなさそうなアリシアの様子を見て、思うのだった。

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