15話 『攪乱作戦』
「実況見分、終了いたしました。その……やはり間違いなさそうです」
「特別行動隊の連中か? あの肉塊は?」
神妙な面持ちで頷く、若い騎士。
「ふむ……想定通りだが、状況は面倒になりつつあるな」
部下からの報告を聞いたうえで、ウィンダルシア聖堂騎士団西部方面軍所属異端審問特務隊隊長、ロベール・ルーセルは唸った。
ウィンダルシア聖堂騎士団は教会からの命令で動く実力部隊である。その任務は国内の治安維持や魔物の鎮圧、加えて非常時には正規軍としても活動を行っている。
その中でも、異端審問特務隊の任務性質は少々特殊だ。
幹部は総本山たるヴァラメール大聖堂で洗礼を受けた者のみが就任でき、一般の隊員たちも敬虔なパラディース教徒であることが求められる。
それゆえ、彼らは神の教義の下に、異端を狩りつくすことが至上の使命とされる。
そして今回、彼らに課せられた任務は異端審問で有罪となり、皇宮から逃走した元皇女、アリシア・カトリーヌ・ド・ヴァラメール・ウィンダルシアの逮捕及び処刑だ。
しかし、事態は一筋縄ではいかない。
追跡を始めたものの、ある地点でぱったりと痕跡が途絶えてしまったのだ。
既に死亡している可能性も考慮に入れつつ、捜索を続け、ようやく元皇女が盗賊に襲われたこと、そしてどこかに奴隷として売られたことを突き止めた。
徐々に捜査範囲を絞り、遂にジュノーの街にたどり着いた矢先の出来事がこれだった。
「やはり、皇宮としても今回の件は捨て置けぬ、そういうことなのだろうな」
平和なジュノーの街で突如起きた殺人事件。
被害者……いや犠牲者は皇宮直属の暗殺部隊である特別行動隊の一味であるらしい。
本来ならば異端の処理は聖堂騎士団の管轄だ。その周知の事実を知っていて尚、このような行動に出たということは、皇宮も元皇女の処分について焦りを見せているということだ。
これ以上時間をかけすぎれば、思いもよらぬ妨害が入る可能性もある。
「ジャン、部下に伝令を。殺人事件の捜査は打ち切り、至急街中の捜索を開始せよ。間違いなくこの街に対象はいる。絶対に逃がすな」
「はっ」
律儀な部下の背中を見送り、ロベールはため息を吐く。
気がかりなのはあの特別行動隊を見事に虐殺した存在だ。
どう考えて、アリシア元皇女にそのような力量も度胸もあるようには思えない。そうなると、やはり何等かの腕利きの人物が協力していると考えるのが筋だろう。
「楽しみだな、元皇女の協力者さんとやら」
まだ見ぬ敵に想像を膨らませ、ロベールは静かに笑みを湛えた。
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寝息を立てるアリシアの横で、シュウヤはせっせと準備に取り組んでいた。
これから行うのは、隙を作るための陽動作戦だ。陽動作戦というものは派手な方がいい。
そして派手な演出を生み出すためには、やはり相応の準備と道具が必要になる。
幸い今回使う小道具は、昨日の買い物の時点から今後何かに使えるかもしれないと考えていた物なので、材料は揃えてある。
まず用意したのは空き瓶。
空き瓶は液体を詰めるためによく使われるものなので、街の道具屋で簡単に手に入った。
次に油だ。この世界は製油技術がそこまで発達していないだろうから、手に入れるのは難しいのではと思ったが、どうやら自然由来の着火剤などとして用いられている物は普通に市場でも出回っているようだ。何軒か回り、最も発火性が高いものを購入させてもらった。
そして最後に適当な布である。
存在を知っている人間ならもうわかるだろうが、シュウヤが作ろうとしているのは火炎瓶だ。
火炎瓶は製造が非常に容易であり、材料さえ揃えば作成も実に容易だ。それでいて、対人効果は極めて高い。
シュウヤは空き瓶に油を詰め込み、瓶口に裂いた布を差し込む。
これだけでもう完成だ。
本来ならば油をゲル化して粘性を高めると尚効果が上がるのだが、流石に市場でゲル化剤は販売していなかった、というかこの世界に存在するかどうかもわからなかったので、液体のままで妥協した。
まあ今回は派手に見せることが重要なので、粘性がなく派手に飛び散って燃え上がってくれた方がいいというのもある。殺傷性は大して求めてないのだ。
「あ、そういえば……」
シュウヤは不意に思い出した。
女神から貰った能力の一つ、武装錬成。鑑識眼の説明によると、材料が揃っていれば念じるだけで武器を作れるらしい。
あの女神はシュウヤに役立つ能力を授けたと言っていた。武装錬成がシュウヤにとって役立つということは、この世界にない武器を作ることがアドバンテージになるということだろう。文明水準的に考えて、材料があってもこの世界には進んだ工作機械がないのかもしれない。そうなれば、念じただけで武器を作れるというのは非常に重要だ。
物は試し、シュウヤは早速挑戦してみる。
テーブルの上に空き瓶と油、布切れを用意し、頭の中で完成図を思い浮かべながら武装錬成の発動を念じてみる。
すると、テーブルの上に並べられた材料が光輝いた。その輝きは十秒ほど続いたと思うと、不意に消失した。
テーブルの上には最初にシュウヤが作ったものとそっくり同じ火炎瓶が完成していた。
「おお、なかなか便利だな」
シュウヤは購入した空き瓶を全て武装錬成で火炎瓶へと変えていく。
すべてが終わり、テーブルの上には二十本の火炎瓶がずらりと並んでいた。
本来なら試験運用が必要だが、今回は時間も場所もない。残念だが、実戦で初披露ということになるだろう。
ちなみに着火方法だが、この世界にはマッチやライターの類は存在しない。
なので、市場を歩いて代用品を探していたところ、流石は魔法が存在する世界といったところか、「火の魔石」という念じるだけで火が熾きる便利なアイテムを見つけた。
これで種火の問題も解決だ。
カーテンをずらして、窓の外を見る。
まだ夜は長い。作戦に見落としがないかを確かめつつ、朝の交代までシュウヤは警戒を続けることにした。
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朝になり時間通りにアリシアが起床した。
目覚めたアリシアに、部屋からは決して出ないこと、何か異変を感じたら大丈夫かもしれなくても必ずすぐに起こすこと、そして太陽が傾いたら起こすことを伝え、シュウヤも昼過ぎまで仮眠を取ることにした。
「シュウヤさん、起きてください。そろそろ時間です」
アリシアの声で、心地の良い眠りから目を覚ます。
上体を起こすと、まん丸のアリシアの瞳がこちらをのぞき込んでいた。
「おはよう……って時間でもないか。何か変わったことはあったか?」
「いえ……特に何もなかったです」
「そうか」
シュウヤはベッドから起き上がると、念のためカーテンの隙間から外を確認する。
特に視線は感じない。どうやらまだこの場所は安全のようだ。
少しだけ不安げな表情を浮かべるアリシアを振り返り、
「それじゃあ俺はちょっと出かけてくる。騒ぎになっても部屋を飛び出したりはするなよ。いざという時はナイフを使え」
「ナイフですか?」
「ああ、買ってやったものがあったろ? 確か」
アリシアは思い出したように、ナイフを取り出しておっかなびっくり握っている。
使い方は……わからないだろうな。
「よし、アリシア。時間がないから超短期ナイフ講座だ。しっかり覚えておくんだ」
「は、はい! 頑張ります!」
シュウヤは自分のナイフを取り出し、試しに構えて見せる。
「ナイフの持ち方には種類がある。状況に即して使い分けるのがベストだが、素人にそんなことは求めない。斬るより刺せ。いいか?」
「どうしてですか?」
「斬るのには技術が必要だし、女性の力じゃ相手に致命傷を与えられない場合があるからだ。刺すだけなら体重を乗せればそこそこのダメージを相手に与えられる。狙う場所は急所だ。腹は狙うなよ、首を狙え」
アリシアが頷く。
シュウヤは自分の手のひらでナイフを回し、いくつかの持ち方を見せながら続けた。
「持ち方にも色々特性がある。さっきも言ったが使い分けるのがベストだ。だけど素人にそんな芸当は無理だろうから、これだけ覚えろ」
シュウヤは順手に持ち、刃を内側に向ける構えをアリシアに見せる。
「この構えが最も刺突に向いている。真似してみろ」
アリシアはシュウヤの構えを見て、同じように構える。
そして刺す動作をしてみせた。まだぎこちないが上々だろう。
「でもどうしてこの構えが一番いいんですか?」
「理由は三つだな。まずリーチが長く、下からの攻撃に向いている。アリシアは背が低いから、戦う相手は当然自分より身長が高い相手を想定すべきだ。二つ目は、関節の駆動方向に刃が向いていて、一番殺傷性が高いから。そして三つ目、手首の負担が少なく、痛めにくいって感じだ」
「……すごいです! よく考えられているんですね! 他の構えもあるんですか?」
アリシアは目を少し輝かせながら、そう質問してきた。
ナイフに興味津々になる少女はなかなか背徳的な感じがする。思わず想像してしまったナイフ片手に敵を薙ぎ倒して無双するアリシアの姿を頭から追い出し、シュウヤは答えた。
「もちろんあるぞ。ただ、今は時間がないから、また今度にしよう」
文字通りの超短期ナイフ講座を終えて、シュウヤはカバンに火炎瓶を詰め込んで宿屋を出ることにした。
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陽が落ちて、ジュノーの街に夜が訪れた。
街はまだ昨晩の緊張から冷めやらぬようで、衛兵が街の至る所で警備を行っている。
幸いシュウヤを疑う視線はまだない。
警備の合間を縫って、シュウヤは目的地である街の南側、衛兵の詰所に辿り着いた。
「ここらへんでいいだろう」
シュウヤは詰所の様子を物陰から伺う。
どうやら中には三人ほどの衛兵が座って談笑をしている。警戒をしている様子はなさそうだ。呑気なものである。
シュウヤは鞄から火炎瓶を一本取り出す。
それから火の魔石をポケットから出し、布に近づけて念じる。すると布が燃え上がった。とりあえずは成功のようだ。
シュウヤは物陰から飛び出し、火炎瓶を衛兵の詰所に向けて全力で投擲した。
空中で回転しながら火炎瓶は詰所の窓に飛び込んでいく。
破砕音が響きわたり、詰所の中から火柱が飛び出した。
「うわああああ!? なんだ、熱ぃ!!」
突然の奇襲に転がりでてくる衛兵たち。
シュウヤはそれを確認し、猛然と突進する。朧月夜を抜き、峰でもって衛兵の一人の首を打つ。衛兵は昏倒し地面に伏せた。続いて飛び出した二人にも、それぞれ首と鳩尾に峰と柄を食らわせ倒す。
「なんだ、なんだ!?」
「火事じゃねえか、衛兵を呼べ!」
辺りが騒がしくなってきたようだ。
そろそろ潮時だ。もう一本、火炎瓶を取り出し点火。それを近くの木箱や樽が積み上げられているスペースに投げ込む。燃えやすい素材に移った火はすぐに大きくなることだろう。
騒ぎが大きくなる前に、シュウヤは建物の屋根に飛んで退散する。
人に見られないように、屋根から屋根へと飛び回り移動。
次は南門近くの衛兵の詰所だ。先程と同じように、火炎瓶に点火。一本は詰所に、もう二本は適当に燃えやすそうな馬車の荷台や資材置き場に投げる。
「いたぞ!! あいつだ!!」
……どうやら見つかったようだ。
声の方向に視線を向けると、ジュノーを取り囲む城壁の上にいる衛兵たちがこちらを指さし叫んでいた。彼らは手に弓を構え、こちらに矢を射ってくる。
飛来した矢をシュウヤは朧月夜でなんということもなく斬り落とした。
ついでに火炎瓶に火を点け、城壁の上に二本ほど投げ込んでやる。
城壁が炎上しているのを確認し、シュウヤは屋根から通りに飛び降りた。
向こうからは衛兵たちがこちらに向かってきている。
「面倒だな」
シュウヤはフェンリス・ヴォルフを抜き、近くの屋台の調理台を打ち抜いた。続いて、馬車の停車場の屋根を。
突如爆発したように砕けた屋台に、市民は大混乱に陥り、留め金が外れた馬が聞いたこともないであろう銃声に驚いて、好き勝手に走り出す。それらがちょうど衛兵の進路を塞いでくれた。
頃合いだろう。
締めにもう一本火炎瓶を屋台に投げ込んで、シュウヤは逃走する。
もちろん火炎瓶をところどころに投げ込みながら、街の北側、宿屋に帰還することにした。
これだけの騒ぎを起こせば、恐らく街中の衛兵が南側に殺到するだろう。
そうなれば自然と街の北側は手薄になる。恐らくアリシアを連れて強行突破も可能だろう。
後は、宿屋に戻り、アリシアを連れて街を出るだけ。ある程度離れたら、ひたすら西に向かう。目指すはウィンダルシア皇国とエンデュミオン帝国の国境だ。
作戦が最終段階に移行したことを確信し、シュウヤは帰路を急いだ。
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