14話 『これからのこと』
いつもお読みくださりありがとうございます。
明日の更新は諸事情により一日PCに触れそうもないので、お休みさせていただきます……。
大変申し訳ありません。
既に躯となった暗殺者たちに興味などない。
シュウヤは死体に踵を返し、アリシアの下へ向かおうとして気づく。
壁のところで暗殺者の一人が苦しげに呻いていた。
服は擦り切れてボロボロ、素性を隠すために顔を覆っていた鉄のマスクは外れてしまっていた。シュウヤが握りつぶした彼の片腕はおかしな方向に捻じ曲がっている。
そういえば、彼に関しては腕を握りつぶして壁に叩きつけただけだった。
どうやらそれだけでは絶命には至らなかったようである。
シュウヤは苦悶に呻く暗殺者に近づいて見下ろす。
彼は憎しみの篭った目でこちらを睨みつけていた。鉄のマスクの下の顔は、意識しなければ気にも留めないような美醜の判断もつかないつまらない男の顔だった。
「確認する。お前は皇宮からの刺客か?」
しゃがみこんでシュウヤは問いかける。
「くっ……死ねっ! 悪魔!!」
隙を見逃さず、男は未だ健在の片腕でナイフを握り、シュウヤに突き出した。
しかし、その程度の攻撃に対処することはシュウヤにとって造作もないことだ。
その腕を掴み、握り潰す。
「ぐっ、ああああああ!?」
再び、今まで以上の痛みに叫び声をあげる男。
シュウヤはそんな男を意に介することなく、取り落としたナイフを拾い上げた。
「今の姿勢から繰り出した攻撃で俺に致命傷を与えられるとは思えないな。差し詰め、このナイフに即効性の猛毒が塗られている。そんなところか?」
「な……何を……」
「答える気がないなら試させてもらうぞ」
シュウヤは男が持っていたナイフを彼の太腿に容赦なく突き立てた。
男は痛みに顔を歪めた後、激しい痙攣を起こし、口から泡を吹き始める。そして間もなく絶命した。
やはりナイフには猛毒が仕込まれていたようだ。最初の奇襲ですべての攻撃を躱し、弾いたのは正解だった。場合によってはいくらかの攻撃を食らうことは致し方ないとも考えていたのだが、目の前で絶命した男を見ればシュウヤの判断は正しかった。
「さて……」
ようやく本当に全ての敵を始末したシュウヤは動かないよう言いつけていたアリシアの下に戻った。
「アリシア、心配をかけたな。もう大丈夫――――」
シュウヤはアリシアの様子を見て察する。
「あ……あ……」
地面にへたり込んでしまっているアリシア。
着衣が乱れ、露出した太腿の間から、透明な液体が漏れ出て、石畳の地面を濡らしていた。
目を茫然と見開いて、口を打ち上げられた魚のように震わせているアリシア。
「……もう終わった。これ以上見るな」
シュウヤは背後の惨状を思い浮かべ、アリシアの視界を遮るようにしゃがんだ。
それから肩を抱いて、強すぎない程度の力で抱き締めた。
「……すまない。辛いものを見せてしまったな……」
年端もいかない少女には、激しく損壊した死体に飛び散った血液は刺激が強すぎる。ましてや、彼女には惨劇のトラウマがあるのだ。それを目の前で見せつけられれば、こうなってしまっても無理はない。
「ちがうんです……人が……血が……私は……こんなの……」
錯乱して、意味をなさない言葉を繰り返すアリシア。
シュウヤは震える彼女の頭を優しく撫でながら言葉を続ける。
「もう終わった。安心しろ。もう敵はいないから……」
そう告げられた言葉を最後に、アリシアを全身が脱力した。
……どうやら意識を失ったようだ。
だが、都合がいい。これでアリシアはこれ以上、目の前光景を思考しなくても済む。それに錯乱して暴れてしまわなかったおかげで、この場から退散することもまた容易になった。
ちょうどフェンリス・ヴォルフの銃声で表通りは騒がしくなりつつある。
なるべく早くこの場を立ち去る必要があるだろう。
シュウヤは意識を手放したアリシアを肩に背負い、投げ捨てたフェンリス・ヴォルフを回収して、闇に紛れるように惨劇の場を離れることにした。
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シュウヤの予想以上に騒ぎは大きくなったようだ。
それはこの街の普段の治安の良さを意味している。普段は街中で見かけなかった衛兵たちがシュウヤの横を通り過ぎるのはもう五度目。
もう深夜も近いというのに、一般市民までもが路上で不安げな表情を浮かべて、立ち話をしていた。
シュウヤは今、肩に背負っていたアリシアを両手で抱き抱えることにしていた。
というのも人通りの多い大通りを歩くのに、大の男が少女を背負ったままでは明らかに怪しいからだ。しかし、こうして抱き抱えていれば傍目からは酔い潰れた女性を介抱して家路を急ぐただの二人にしか見えないだろう。まあ、その設定にはいささかアリシアの見た目が幼すぎるのが玉に瑕ではあるが。
幸いにも、衛兵たちから市民たちからも怪しまれることなく、冒険者ギルド直営の宿屋まで戻ってくることができた。
相変わらずの喧騒が支配する酒場を誰の気にも留まることなく通り抜け、シュウヤは部屋に入った。
ひとまずアリシアは寝かせておこう。
その間に準備だ。ここからは先は迅速を心掛けなくてはならない。
状況は切迫している。恐らくまだこの宿にシュウヤとアリシアが寝泊まりしていることを皇宮からの刺客は知らないはずだ。
しかし、本格的に捜索が始まれば、公的な場、すなわち冒険者ギルドや商会といった場所から彼らは虱潰しにアリシアを探すはずだ。
そうなれば当然、冒険者ギルドにも宿屋の利用客にも顔が割れているアリシアが見つかるのは時間の問題と言える。
つまり、なるべく迅速に拠点を変える必要があるということだ。
シュウヤは数少ない自分とアリシアの手荷物を二つのポーチに纏め、昼間に調達した旅の道具を一つの大きな背嚢に纏めた。
まず背嚢を背負い、それから二つのポーチを腰に巻き付ける。
最後にまだ気を失っているアリシアを先程と同じように抱き抱え、部屋を出る。
階段を下り、フロントで受付の老婆を呼びつけ、チェックアウトしたいことを告げた。
「……この時間に急に言われても迷惑なんだけどねえ」
嫌味な顔で文句を言われてしまったが、ここで引き下がってはいられない。
今日の分の宿泊費は当然返金しなくてもいいということ、加えて迷惑料としていくらかチップを弾んでやると、老婆は渋々ながらといった様子ではあるがチェックアウトをしてくれた。
宿屋を出た後はなるべく人通りが少ない裏通りを通って、移動することにする。
目的地はシュウヤが先程暗殺者と戦闘を行った場所の反対側である。今はまだ現場の調査のために、人がそこに集まっているだろう。ならばその隙を突いて、こちらは街の反対側に移動させてもらう。
都合のいい拠点候補はそうそう見つからないだろう。
シュウヤはまだ訪れたことのない街の反対側を歩き続ける。最悪、廃墟などでもいいが敵の捜索の手が公的施設の次に優先的に伸びる可能性がある。
もっとも安全な場所としては個人宅などがいいのだが、この時間に、そして何よりもこんな事件が起きた夜に泊めてくれと言い出す見知らぬ二人組が現れたら相手から警戒を向けられることは間違いないだろう。運が悪ければ、そのまま通報ということだってあり得る。
そんな思考を巡らせながら歩いていると、一軒の宿屋を見つけた。
場所はジュノーの北側、貧民街や庶民の長屋が立ち並ぶ区画。広い庭と敷地を持った、薄汚れてはいるが冒険者ギルド直営宿屋よりも規模の大きい宿だった。
「よかった……運がいいな」
シュウヤは周囲を確認して、宿屋の敷地に足を踏み入れた。
広い庭にはいくつも焚火が焚かれてあり、周りを粗野な冒険者、浮浪者、さらには明らかに盗賊崩れのような身形の人間たちが屯していた。
そして大分がたが来ている両開きの扉を開いて、宿の中に入るとガラの悪そうな受付の男がこちらを睨んできた。が、すぐに目をそらし、平常に戻る。
夜中に男が大量の荷物と少女を抱えて訪れるのはここでは大して珍しくもないということか。
「宿泊したい。二泊だ。金は?」
「一泊200メルク。飯はねえぞ。それでもいいか?」
「構わない。鍵をくれ」
短く要件を告げる。
男は黙ってカウンターの後ろから鍵を取り出し、放り投げてきた。両手がふさがっているため、シュウヤはそれを口で受け止める。
踏みしめる度に軋む床板の上を歩きながら、シュウヤは階段を昇り、二階の部屋に向かう。
鍵の番号を確認しながら、目的の部屋を見つけると念のために、周囲を確認してから部屋に入った。
その部屋は、予想以上の汚さだった。床は黒く汚れているし、ベッドのシーツも清潔とはとてもじゃないが言えなさそうだ。
しかし贅沢を言えないのは事実。
シュウヤは一つしかないベッドにアリシアを寝かせ、荷物を下ろす。
それから素早く部屋の内鍵を閉め、開いていたカーテンを閉じた。外の様子は問題ない。
「はあ……とりあえず上手くいったか……」
置かれていた今にも壊れそうな椅子に腰かけ、一息吐く。
すると、ちょうどいいタイミングでベッドの上のアリシアが目を覚ました。
「んっ……あれ……? こ……こは……?」
「お目覚めか、アリシア。まず水でも飲んだ方がいい」
シュウヤはポーチから水筒を取り出し、ベッドに放り投げた。
アリシアはまだ顔色が優れない。しかし、なんとか水を飲んで大きくため息を吐いた。
「大丈夫か?」
「……はい……さっきはその……私……」
「気にするな。非常事態とはいえ、俺のせいだ。お前は何も気にすることはない」
アリシアは不快そうに内腿を擦り合わせ、居心地が悪そうにしている。
シュウヤはその原因が何かすぐに察した。
「服のことはいいさ。脱いで乾かしておいた方がいい。それから動きやすい服装にでも着替えるんだ」
アリシアは小さく頷き、服に手をかけた。
シュウヤはそれを確認して、後ろを向く。もちろんアリシアが着替えているのを見ないようにするためだ。
「アリシア、着替えながらでいいから話を聞いてくれ。大事なことだ」
「は、はい!」
「これからのことについて話そう。まずこれまでの計画について白紙に戻そう。明日の朝、乗合馬車に乗るのは不可能だろう」
恐らく明日からこの街の警備体制は盤石なものになるだろう。
不審者は決して街から出さないはずだ。検問だって敷かれる。
となると、正攻法での脱出は難しい。
「そこでだ、計画を一日ずらそうと思う」
「でも……時間が経てば経つほど警備は厳しくなるんじゃないですか? 捜査だってきっと……」
「その通り、ここに留まっていれば必ずいつかは見つかる。なら、捜査を遅らせつつ、警備が手薄になるように差し向ければいいわけだ」
「そんなこと……できるんでしょうか……」
「ああ、そのための一日だ。明日は別行動を取る。アリシアはここに居ろ。絶対に、何があっても一人で部屋から出ないことだ。いいな?」
「……わかりました。でも、シュウヤさんはどうするんですか?」
「俺は外に出て、ちょっくら細工というか仕掛けてくる。なに、心配するな。算段はもうついてるんだ。後は小細工の準備だけだな」
道具は揃っている。
後は少しばかり時間があれば、何とかなるはずだ。
「……着替え終わりました」
「よし」
シュウヤは振り向いて、アリシアに向き合う。
アリシアは最初に購入した冒険者用の綿のシャツに革のハーフパンツという動きやすい服に着替えていた。
顔色も……完璧ではないが先程よりは血色がいい。
「それじゃあアリシアはもう寝た方がいい。まだ本調子には戻っていないだろう?」
「シュウヤさんは寝ないんですか?」
シュウヤの身体を慮ってのことだろう。
しかし、これでも元傭兵であり今は人狼だ。人より体力もあるし、身体も丈夫である。
「万が一のことを考えると気は抜けない。俺は寝ずの番をするよ。心配するな、朝になったら交代だ。流石に俺も今日は疲れたからな夕方まで眠らせてもらうよ」
「……わかりました。その……シュウヤさん……!」
「ん? どうした?」
「きっと……きっと上手くいきますよね……?」
「ああ、きっと上手くやろう。そのためにも身体を休めておけ」
アリシアの言葉に、シュウヤは笑顔で頷いた
あんな惨状を目の当たりにしたのだから、正直また出会った直後のアリシアに戻ってしまうのではないか。そんな危惧はシュウヤにはあった。
だが取り越し苦労だったようだ。
アリシアは、成長している。日を追うごとに心が強くなっている……いやこの場合は回復していると表現した方がいいだろう。
状況は芳しくない。
しかし、アリシアの姿を見ていたら、シュウヤの心もまた落ち着いていた。
きっと上手くやり遂げられるはず、いややり遂げなければならない。シュウヤはそう思いながらアリシアの横顔を眺めるのだった。
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