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最強の傭兵、人狼となりて異世界を征く  作者: 観音崎睡蓮
一章 異端の皇女、奴隷となりて傭兵と歩む
13/20

13話 『闇夜の襲撃』

 服屋を出たシュウヤは宿への道をのんびりとアリシアと二人歩いていた。


 新しい服を手に入れたアリシアの機嫌は良好なようで、軽い足取りに着心地を確かめるような仕草がとても柔らかい。昨日のアリシアとは大違いだ。

 もちろん新しい服を買って、服屋の少女にお別れを告げるのも大事なことだった。でもそれ以上にシュウヤにはアリシアの気分を晴らせればいいと思って今回のデートを提案したのだ。


 そしてデートは功を奏した模様で、シュウヤにとってはこれ以上のことはない。

 そんな感想を彼女の後姿を見ながら思う。


「上機嫌だな、アリシア」


 シュウヤはそんな背中に声をかけずにはいられなかった。


「えっ、いや、あの……ごめんなさい……大変な時なのに……」


「謝るなよ、前にも言っただろ。嬉しいときはな、素直に口に出せばいいんだ」


「は、はい」


「それとさっきはすまなかった。俺の配慮が足らなかったばかりに……その……お前の……」


 裸を見てしまった、とは正直に言えない。

 なんと言葉にすればいいのか、どう言えばアリシアを傷つけずに済むのだろうか。もう少し言葉に達者な性分ならよかったのだが。


「い、いいいいえ! その、私は気にしていません! 大丈夫です!」


 ……どうやら言葉にせずとも察せられてしまったらしい。

 バツが悪くなり、シュウヤは頭を搔きながら無意識に視線を逸らしてしまう。


「……それに、私はシュウヤさんがそんなことをする人だとは思っていませんよ。私の話を聞いたから……ずっと心配してくれていたんですよね? ありがとうございます」


「そ、そうか。それならいいんだ。すまなかった」


「謝らないでください。そういう時はありがとうって言ってくれると人は喜ぶんだと思います」


 予想外の言葉で諭されてしまう。

 人から感謝されるのは案外照れ臭いもので、不意に出てしまう言葉はとても情けない。アリシアの気持ちが少し分かった気がする。


 そしてまた歩き始めるアリシアの後を追いながら、シュウヤは一歩踏み出し――――、


 ――――そして気付いた。


   ~~~


 シュウヤの本当に申し訳なさそうな困惑した顔を見ていたら、裸体を見られた恥ずかしさはどこかに吹き飛んでしまった。いつも冷静なこの人でも、あんなことをしてしまってこんな顔をするんだと思ったら、どこか嬉しさまで感じてしまう。


 つい衝動で叫んでしまったのも恥ずかしさと驚きによるもので、決してシュウヤに悪意があると思ったからではない。


 アリシアは歩きながらシュウヤに買ってもらった服の調子を確かめる。

 こんな立派な服を着たのはいつ以来だろうか。思い出せるのは楽しかったころの思い出。母と執事と使用人と、そして自分。輝いていた皇宮での日々。母はいつもアリシアに似合う綺麗な服を用意して、それを着て喜びはしゃぐアリシアを眺めて優しく笑っていた。


 もう二度と戻ることはない、過去の栄光。


 どん底に落とされて、もう二度とまともに陽の光を仰ぐことなどできないと思っていた、未来など欠片もない奴隷としての日々。

 でも、そこから拾い上げてくれた人がいた。

 その人はアリシアにもう一度希望を与えてくれた。アリシアは思った、この人ならもう一度自分は未来を描くことができるのかもしれない。


 この街を出て、この国を出て、それから後はどうしよう。今はそんな夢にも手を伸ばすことができる。


「あの、シュウヤさ――――」


 振り返って、アリシアはシュウヤに話しかけようとした。


「えっ……」


 アリシアの息が止まる。

 なぜなら、距離を空けていたはずのシュウヤが目と鼻の先の位置に迫っていたからだ。


「シュウヤさん……?」


 目の前のシュウヤはいつもより大きく見えた。

 その目は暗く鋭く輝いていた。今まで見たことのないシュウヤの瞳の色。

 これはまるで……。


 アリシアが自分を殺そうと追い立ててきた皇宮の追手の顔を思い浮かべた瞬間、シュウヤに肩を掴まれた。腕に込められた力のままに、アリシアはシュウヤに路上へと押し倒される。


「アリシア……」


 シュウヤは押し倒したアリシアの首筋に、まるで噛みつくように頭を寄せた。吐息が耳にかかり、熱が直接首筋で感じられる距離。

 身体を押し倒す力はアリシアでは手も足も出ないほど強い。


「いやっ! やめて、やめてください、シュウヤさん!! なんで……どうして……っ!!」


 必死に抵抗を試みるが、それは何の意味もなさない。

 アリシアはシュウヤのなされるがまま。


 その時だった。

 シュウヤはアリシアの耳元で囁いた。


「……聞け、アリシア。説明している暇はない、非常事態だ。今から俺の指示通りに動け。拒否権はない。俺を信じてくれ」


 それはいつものシュウヤの声だった。

 先ほどの冷たい瞳からは予想もできない、険しいが優しい声。

 アリシアはシュウヤが正気を失ったわけではないことを悟った。だから、信じることにする。

 アリシアはシュウヤの声に小さく頷いた。


「俺が合図をしたら、脇にある木箱の陰に飛び込め。俺が次に合図をするまで、そこから絶対に動くな。姿勢を低くして身を屈めろ。いいな?」


 アリシアは頷く。


「……行け!! アリシア!!」


 シュウヤが叫ぶ。

 それと同時に、自分を押し倒していたシュウヤはまるで棒で叩かれた蝗のように後ろに跳ねた。

 アリシアはシュウヤの指示通りに木箱の後ろに必死で飛び込んだ。


 それとほぼ同時に、鋭い金属音が二つ三つ、薄暗い路地に響き渡る。


 受け身など取れるような状況にはなく、身体のあちこちが石畳や木箱に激突し、鈍い痛みがアリシアを襲う。

 なんとか顔をあげて、先ほどまで自分がいた場所を見た。


「……!?」


 そこには闇の中でも禍々しく輝く三本のナイフが突き刺さっていた。


   ~~~


 飛来したナイフを躱したシュウヤは即座に腰から朧月夜を抜く。

 振り返ると同時に発動するのは”人狼の呪い”。人の域を超えた反射神経は再び飛来する三本のナイフを捉えた。

 シュウヤは抜かれた朧月夜を振るい、その全てを弾く。


「……手荒な歓迎だな、姿を見せろ」


 アリシアと会話を交わしていてすっかり油断していたが、寸でのところで気づくことができた。

 最初のきっかけはあまりにも張り詰めた空気と向けられた視線だ。こんな人通りの少ない場所ではありえない雰囲気が濃密に漂っていた。

 そして耳を澄ませば、それが何人なのかは大体見当がつく。


「隠れても無駄だ。数は八人、狙いはどうせアリシアだろう」


 シュウヤは大声で人数と目的を暴露する。

 

 隠れることに意味がないと悟ったのか、路地の隙間や建物の上に複数の人影が現れた。

 シュウヤの予測通り、数は八人。建物の上に二人、路上に六人。

 全身を黒装束で包み、顔には鉄のマスク。見るからに異様な風貌に、手慣れた奇襲。大方、プロの暗殺者と言ったところだろう。


 シュウヤは前方の注意を怠ることなく、全体を観察する。

 建物の上にいる二人は手に木製の杖を持っている。予想だが、魔術師か何かだろう。

 対する路上の六人は近接戦闘用の武器だ。

 最も体格がよく目立つ一人は背丈と同等の大剣を構えている。二人は見るからに鋭い鉄の爪を両腕に装着していて、残る三人は両手にナイフを逆手で構えている。


「一応言っておく。今すぐ帰って、任務は失敗でしたと報告しろ。アリシアを渡すつもりも殺させるつもりもこちらにはない」


 返される言葉はない。

 返されるのは言葉の応酬ではなく、刃の応酬だ。

 前衛にいた三人が左右から挟み込むように襲い掛かってくる。右側は飛び上がり上から、左側は腰を落として下からの攻撃を仕掛けてくるつもりだろう。

 隙のない、プロの攻撃。しかし、油断はある。

 二人の計四つの刃が目標に突き立てられる寸前、シュウヤは僅か一歩、後ろに下がる。攻撃は虚空を掠めるだけに終わる。

 その隙を逃さず、シュウヤは朧月夜を右側から襲ってきた敵の首筋に振るった。

 鮮血が舞い散り、暗殺者の身体が血に落ちる。周囲に飛び散った血飛沫はもう一人の視界を赤く塗りつぶしていることだろう。

 そしてすかさず一振りされた朧月夜で自分の首が両断されたこともまた気づかぬだろう。


 一瞬で二人の仲間を失った暗殺者たちは素早く身構えた。

 動揺せずにすぐさま態勢を立て直す様はやはりプロだ。


「アリシア! 出てこい!」


 シュウヤは叫ぶ。

 慌てて出てきたアリシア。彼女の手を掴んで抱き寄せる。


「俺に掴まれ! 首に手を回して、足を腰に!」


「はっ、はい!!」


 まるで赤ん坊のようにシュウヤはアリシアを抱きかかえる。

 機動力はいくらか削がれるが、致し方ない。この数を相手にアリシアを守りながら戦うには、肌身離さず抱きかかえるのが最善だ。


「急な動きをするが、絶対に離すなよ」


「わ、わかりました!」


 アリシアが頷く。

 それと同時に、敵が動いた。先ほどと同じように、左右から挟み込もうとする攻撃。しかし今度は4人だ。流石に数が多い。

 シュウヤはアリシアを抱きかかえたまま、強く地面を蹴る。そのまま、背後の建物の上へと飛び乗った。そして着地と同時に、今度は前方へと、今飛び越えた建物の屋上の縁へと突進する。

 後は直感だ。右手で構えた朧月夜を振りぬく。

 煌めく刃は、ちょうどシュウヤを追って飛び上がってきた暗殺者の一人の胴体を捉え、分断する。


「走るぞ、アリシア!」


 頭数は減らした。

 この場での、これ以上の戦闘はこちらが不利だ。

 シュウヤは建物から飛び降りると、路地を抜けて走る。背後からは暗殺者たちの足音。

 

(誘いに乗ったか)


 シュウヤは頭にトーマスから貰った地図を思い浮かべながら夜の路地を疾走する。

 そしてようやく見つけた目当ての道を曲がり、奥へと突き進む。


「し、シュウヤさん! ここ行き止まりですよ!」


 アリシアの言う通り、シュウヤが曲がった角の先は行き止まりの袋小路だった。

 

「いや、これでいい。アリシア、もう離れていいぞ。離れたら、壁に身を寄せていろ」


「で、でも! 敵が……」


「まあ大人しく見てろって」


 シュウヤは抱き抱えていたアリシアを放してやる。

 アリシアはシュウヤの言う通りに、後ろの壁に背中をくっつけ張り付いている。


 それからほどなくして、追手が姿を現した。

 数は先ほどと同じ。シュウヤがすでに三人始末しているので、残りは五人だ。魔術師と思われる二人は建物の上に、他の三人は正面から三角形に陣を組んで進んでくる。


「……もう終わりだ。観念しろ、そこの娘を渡せば命だけは助けてやる」


 暗殺者たちが初めて口を開いた。

 投降勧告のつもりらしい。


「もう終わりだと思うなら、さっさと終わらせればいい。もう終わりだ、なんて宣う奴はたいてい素直に戦っても勝てないからそういうことを言うもんだ。上官に教わらなかったのか?」


 侮蔑を込めて返答をしてやる。


「……状況を考えるがいい。お前たちは袋小路に追い詰められている。勝ち目はない」


「状況は考えるのはお前たちの方だ。見ての通り、ここは袋小路。お前たちが攻められるのは正面からだけだ。先程のようにはいかないぞ」


 シュウヤが一人ならば、別にこのような袋小路を戦場に選ぶ必要はなかった。しかし、アリシアを守りながら戦わなければならないという条件がある以上、攻め手の方向は一方向に固めつつ、背後に安全地帯を作る必要がある。その条件に合致するのが、袋小路の道というわけだ。


 シュウヤは朧月夜を両手で構える。


「それにこちらは先ほどよりも大分身軽になった。今度は両手を使わせてもらう」


 返答はない。

 正面の三人は陣形を崩さず、じりじりとにじり寄ってくる。


 しかし、シュウヤの本命は正面の三人ではない。

 間違いなく彼らの集中は今、シュウヤが両手で握りなおした朧月夜に向けられているはずだ。

 シュウヤは即座に左手を柄から離し、腰に伸ばす。

 抜かれたのは黒く輝くリボルバー拳銃、フェンリス・ヴォルフ。


 銃口の先にいるのは屋根の上で杖を構えていた魔術師だ。


 シュウヤは引き金を容赦なく引く。

 轟音とともに放たれた魔弾はまっすぐに魔術師めがけて飛び、そして魔術師の頭部を吹き飛ばした。


「……ッ!!」


 すかさず構えなおし、もう一人の魔術師に標準を定める。

 そこは相手もプロ、既に魔法の発動は終えていた。生み出されたのは槍の穂先のように研ぎ澄まされた巨大な氷柱だ。

 氷柱はシュウヤに向かって、真っ直ぐに飛来する。それと同時にシュウヤも引き金を引いた。

 互いに放たれた魔弾と氷柱。二つは交錯することなく、正面から衝突した。


「なっ……!?」


 粉々に砕かれたのは氷柱の方だ。

 驚きに顔を染める魔術師の胸に大きな風穴を開け、弾丸は貫通していく。


 魔術師二人を始末したシュウヤに一斉に襲い掛かってくる正面の三人。

 シュウヤは一歩後ろに飛ぶと、左手のフェンリス・ヴォルフを投げ捨て、朧月夜を両手で構える。


 正面から容赦なく向かってくるのは鉄の爪。

 それをシュウヤは朧月夜の刃で受け止めた。鉄の爪の先端はシュウヤの顔の直前で止まった。


「……かかったな!」


 暗殺者がほくそ笑む。

 しっかりと捕らえた朧月夜の刃を、暗殺者は鉄の爪を捻って弾き飛ばそうとするつもりだ。

 しかし、そんなことは予想済み。

 シュウヤはそのまま力を込めて、朧月夜を鉄の爪にめり込ませた。

 流石は女神が強化した武器なだけはある。鉄の爪を破壊した朧月夜はそのまま暗殺者の腕を縦に切り裂いた。


「がっ、ああああああああああ!?」


 痛みに悲鳴をあげ、血飛沫を散らしながら倒れる暗殺者の一人。


「このっ!!」


 側面からナイフを持ったもう一人の暗殺者が仕掛けてくる。

 しかし、それは完全に冷静さを欠いた攻撃だ。なんということはない。

 シュウヤは仕掛けてきた暗殺者の腕を握り、そのまま握りつぶした。もはや悲鳴は声にもならないようだ。そのまま空いた足で壁まで蹴り飛ばす。


「さて、とうとうお前だけになってしまったな」


 シュウヤは悠然と最後の一人、巨漢の大剣使いに歩を進める。


「どうした? 腰が引けているぞ?」


「くっ! 死ねえええええ!!」


 巨漢が大剣を上段に構え、振り下ろす。

 セオリー通りに始末をつけるなら、躱して懐に入り込んだうえで首を撥ねるのだが、それではつまらない。

 せっかく最後の気力を振り絞ってやる気を出したのだから、正面から打ち合おう。

 シュウヤは全身の力を両腕に込め、振り下ろされる大剣を迎え撃つ。


 鋭い金属音が響き渡る。

 朧月夜が砕けた音では決してない。砕けたのは大剣の方だ。

 そして巨漢の首筋に一筋の赤い線が浮かび上がり、血液が宙に舞った。

 重々しい音を立てて、崩れ落ちる巨体を後目にして、シュウヤは朧月夜の血糊を払う。


 手練れの暗殺者は全員が物言わぬ躯へと変えられていた。

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