12話 『アリシアとお買い物』
いつもご愛読いただきありがとうございます。
ちなみに一章は全二十話を予定しておりますので、よろしくお願いします。
「そんな……!? 絶対にシュウヤさんに迷惑をかけることになると思います! そんなこと……私は嫌です!」
当然のごとく、声を荒げて反論してくるアリシア。
シュウヤの予想していた通りの反応である。
「……アリシア。昨日の話を覚えているか?」
「昨日の話……」
「ああ、俺たちは仲間だ。そう言ったはずだろ。アリシアにとっての仲間って言うのは、もし相手が厄介な事情を抱えていたら、はいそうですかと見捨てるようなものなのか?」
「それは……」
「俺はそんな仲間は残念だが御免だ。そんな奴に戦場で背中は預けられないからな。だから俺もそんな野郎に成り下がるつもりはない。もしお前が非常に厄介な事情を抱えているというのなら、一緒に解決する。それが俺にとっての仲間だ」
「それはもちろん……私だって同じです……」
アリシアの語気が弱くなる。
こんな選択はアリシアだって本当は望んでいないもののはずだ。ただ彼女はシュウヤに迷惑をかけたくなかった。そのために取った消極的選択肢がこれだったはず。
「俺は別に睡眠薬を盛られたこと、勝手に逃げようとしたことを責めているわけじゃないぞ。俺はお前が心を開いてくれるように、今まで自分なりに苦心してきたつもりだ。だから俺に迷惑をかけないようにと思ってくれるまでにお前から俺に対する猜疑心を取っ払えたことは本当によかったと思うんだ。だから、そろそろ次の段階に進みたい」
一拍置いて、シュウヤはしっかりとアリシアの綺麗な青い瞳を見据えて、自分の思いを伝える。
「今度は俺を信頼してくれ。お前の事情はよくわかった。だからそいつを何とかする手助けがしたい。アリシアの仲間として」
「でも……どうすればいいんですか……? もし皇宮からの追手に見つかったら私は……」
「それなら簡単だ。この国から出ればいい。それだけのことだろ?」
ウィンダルシア皇国にいる限り、アリシアは常に追手から身を隠して過ごさなければいけないことになる。この国の宗教的権威が届く範囲にいる限り、それは厳然たる事実として存在する。
しかし、その範囲外なら?
シュウヤは女神の話を思い出す。
この世界には幾つかの大陸があり、その大陸の中に幾つかの国家があるという。ならば単純に追手がこれ以上追跡することができない場所まで逃げてしまえばいい。
確かにアリシア一人では難しいかもしれない。でも二人で協力すれば可能なはずだ。
「アリシア、信じてくれ。俺はお前をこのまま見捨てるなんてことはできない」
「……ジュノーはウィンダルシア西部の街です。一週間も馬車で移動すれば国境までは辿り着けると思います。もちろん追手に見つからなければですが……」
「なら成し遂げよう。大丈夫だ、きっと出来る」
より強い言葉でアリシアを励ますシュウヤ。
そうしてようやくアリシアは小さく頷いてくれた。
「そうと決まれば早速明日から行動だ。今日はもう遅いから早く寝よう」
「は、はい!」
少しだけ、アリシアの顔に希望の火が灯ったような気がした。
そのまま布団に潜り込むアリシア。シュウヤも昨日と同じように横に寝転んだ。
「あの……一つだけ……聞いてもいいですか?」
「ん? なんだ?」
「どうしてそこまでして私を助けてくれるんですか? シュウヤさんとは、たった昨日出会ったばっかりなのに」
「言っただろ。俺たちは仲間だ。俺は仲間を見捨てたりはしない、それだけだよ」
簡潔にそれだけ答えて、シュウヤは寝返りを打つ。アリシアも理解したのか、それ以上の問が投げかけられることはなかった。
(なんでなんだろうな……)
仲間だから助けるというのはもちろん本心だ。それは断言できる。
だが彼女の悲しむ顔を見たとき、もっとどこか心の奥底にある何かが疼いたのだ。気が付けばあんな柄でもないことを口走り、彼女を助けると誓いを立てた。
そうしなければならないと、自覚の外にある何かが語り掛けてきた。そうとしか思えない直感のような何かを確かにシュウヤは感じた。
(……)
考えても、心は答えを返してはくれない。
シュウヤは思考を遮断し、睡魔に身を任せることにした。
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翌朝、これからの計画を練ることになった。
最終的な目標はウィンダルシア皇国から脱出し、異端狩りを行う皇宮の追手から逃れることだ。
行動はなるべく早い方がいい。兵は拙速を尊ぶと言われるように、状況把握に時間をかけすぎて機を逸することは避けるべきだ。
しかし、何の準備もせずに飛び出したのではどこかで計画が破綻する可能性もある。ある程度の準備は欠かせない。
アリシアから聞いた情報を整理しよう。
ウィンダルシア皇国の権勢は及ぶのは現状、幸いなことに国内だけであるという。つまり隣国まで逃げてしまえば、アリシアに迫る追手は回避できるというわけだ。
更に幸運なことに、ウィンダルシア皇国の西方、峻嶮なるドルンベルク山脈を隔てて存在するエンデュミオン帝国はウィンダルシア皇国とは長年の対立関係にあるという。しかもその帝国では、人間はもちろんのこと様々な種族が国民として認められている多種族国家であるともいう。
加えて、ジュノーの街は皇国の西部に位置する。寄合馬車を利用すれば、一週間程度で国境までは辿り着けるという。
諸々の事情を踏まえて、出立は明日とする。
シュウヤとアリシアは旅に必要な道具や道中の食糧などは一切持ち合わせていない。
なので、今日一日を準備に充て、明日の朝一で寄合馬車に乗り、国境に向かうという計画だ。
というわけで、シュウヤはアリシアを連れて街に出ていた。
まず最初に旅に必要となる用具を揃えることにした。
といっても必要なものを挙げればキリがないので、最低限必要な範囲に留める。例えば、雨具や火を熾す道具、道中の食事に使う食器などだ。
これらは街の道具屋で簡単に揃えることができた。
食糧はなるべく日持ちのするものを選ぶ。表面を固めに焼いたパンはたとえ黴ても表面を削れば中身を食することができる。缶詰のような食品はこの世界にはまだ存在しないようで、代わりに日持ちする干し肉を購入した。
食糧は嵩張るものが多いため、最低限に済ませて後は現地調達を旨とするべきだろう。
アリシアと手分けをして、てきぱきと事を済ませたおかげか、昼にはすべての用具を揃えて宿屋に運び込むことができた。
「さて、大分スムーズに事が運んだな」
ジュノーの広場でシュウヤとアリシアは屋台で買った食べ物で昼食を摂っていた。
アリシアは小さい口でパンをせっせと頬張っていた。午前中には随分と忙しなく働いてくれたのでお腹が空いていたのだろう。
「じゃあアリシア、ちょっとデートでもしようか」
「ぶっ……!? えっ!?」
思わず食べていたものを吹き出すアリシア。
そんな過剰に反応しなくてもいいのだが。
「服、簡単なものしか持ってないだろう?」
先日購入したのは、襤褸切れしか纏っていなかったアリシアのための急ごしらえのものだ。
アリシアの素材が十分すぎるほどだったので質素な服でもなかなかに映えたのだが、女の子ならもっと綺麗で洒落た服が欲しいはずだ。
幸い、昨日の収入とシュウヤのポケットマネーはまだ余裕がある。
「それに俺たちはもうすぐこの街を出ないといけない。あの服屋の娘はいい子だったし、お別れもしないのは寂しいだろ?」
この世界に来て、世話になった人間はトーマスとあの服屋の娘くらいのものだ。トーマスにはあとで個人的に挨拶をするとして、アリシアがお世話になったあの娘にはせめてもう一度買い物をしてお礼を言いたいという気持ちがあった。
「わ、私もあの人は悪い人じゃないと思うので……会いに行きたいです」
「じゃあ決まりだな、行こうか」
というわけでシュウヤとアリシアは初めてのお買い物デートをすることになった。
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「あー!! いらっしゃいませ! 来てくれたんですね! 感謝感激です!」
服屋の扉を開けた瞬間に、威勢のいい声に出迎えられる。
その刹那、目にも留まらぬスピードでアリシアに抱き着く人影。
「ん~! やっぱりかわいいぃぃい! 私の人生で一番の逸材ですよ!」
「んむぅぅぅぅう!? 助けてくださいシュウヤさん……」
ぐりぐりと頭を撫でまわされて、きつく抱きしめられているアリシアは涙目でシュウヤに助けを求めてくる。
「おい、あんまり乱暴に扱うと大事な逸材が壊れるぞ」
「それもそうですね! 眺めて楽しむ方がいいとは中々の上級者ですねえ」
勝手な解釈をされているようだが無視することにした。
「それよりも本題だ。実は諸事情あって、明日にもこの街を発つことになってな。それで世話になったから別れの挨拶とお礼の買い物に来たんだ」
「うぅ……それは寂しいですが、見たところお二人は冒険者のようですしねえ……冒険者との間に別れは付き物です……」
「だから今日はお前が薦めるとびきり可愛い服をアリシアに見繕ってやってくれないか?」
「もちろん! お安い御用です! じゃあアリシアちゃん、さっそくこちらへ!」
アリシアは手を引っ張られ、またしても奥の試着室へ引きずり込まれていく。
それを見送り、シュウヤは前と同じように椅子に腰かけて待つことにした。
もちろん身体は休めつつも、警戒は怠らない。
これまでとはシュウヤとアリシアを取り巻く状況が劇的に変わっている。アリシアはただの奴隷ではなく、皇宮から追われる元皇女様だ。となれば、この街にも間違いなく監視の目は行き届いているはずだ。
幸いなことにまだ気づかれてはいないようだが、気は一瞬たりとも抜けない。
怪しい人の気配がないか、五感を周囲に張り巡らしておく。
警戒はしながらも、シュウヤは彼女がアリシアに選ぶ服について想像を膨らませていた。
質素なワンピースも十分にかわいらしかったが、やはり皇女様となると豪華絢爛なドレスもきっと似合うのだろう。ドレスを着て澄ました顔をするアリシアもまた様になるに違いない。
酒場で働いていたウェイトレスのような給仕服もありだと思う。きっと小さな身体で料理をせっせとアリシアが運んでいたら、それだけで常連になる客も出てくるに違いない。
そんなことに思考を巡らせていた時、
「きゃあああああああああああああああああああああああ!!」
店の奥からアリシアの悲鳴が轟いた。
「ッ!?」
反射的に椅子から立ち上がり、一直線に店の奥へ走る。
正面の警戒は一時も怠らなかったが、裏口までは流石にカバーしきれなかった。
アリシアの無事を確認するために、カウンターを飛び越えて声の源を暴く。
しかし、そこには予想外の光景があった。
「あ、あれ?」
「シ、シュウヤさん!?」
目の前に広がっていたのは全裸のアリシアの胸に被服用の巻尺を巻き付けている服屋の店主の姿だった。
「敵は?」
「い、いません! ごめんなさい! いきなり胸を掴まれたので悲鳴をあげてしまっただけで……」
「……そうか」
間抜けたやり取りのあとに、自分が裸であることに気づいたアリシア。
小振りな胸は綺麗なほどに丸出しだった。アリシアの顔が真っ赤に染まっていく。
「いやあああああああああああああああ!!」
その場でへたり込んでしまうアリシア。
「すまんアリシア! 勘違いだった!」
すぐにカーテンを閉めて、踵を返す。
しかし、カーテンの向こうから聞こえるすすり泣きは止まない。
本当に申し訳ないことをしてしまったと思う。どうやら気張りすぎたようだ。
今は下手に言い訳をしない方がいいだろう。シュウヤの中の男の感がそう告げている。
何も言わずに、シュウヤは大人しく元通り椅子に座って待つのだった。
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それから暫くして。
店の奥から店主とアリシアが出てきた。
どうやら泣き止んではくれたようだが、顔はまだ俯き気味だ。
「まあ色々ありましたが……こちらが私の一押し! アリシアちゃん最かわコーデです!」
効果音が付きそうなほどのオーバーリアクションで自慢の商品を披露する店主。
「ど、どうですか?」
アリシアの恰好は、白のワイシャツに赤いエプロンドレスという精いっぱいに着飾った町娘のような恰好だった。靴は装飾はあまり施されていないが、上質な毛皮であることがわかるブーツ。そして綺麗で流れるような銀髪は、丁寧に後ろで編みこまれていた。
豪奢すぎず、かといって質素過ぎない、少女の魅力を全面に押し出した服装だと言えよう。
「……なんというか、褒めるのが苦手で非常につまらない感想になってしまいそうなんだが……すごくかわいいと思う。綺麗だよ、アリシア」
前世でも恐らく流暢に女性を煽てた経験もないだろう。
言葉が足らないのはご容赦願いたいが、感想自体は心からの本音だ。
「でしょ!? 私ももうこれしかないってビビッと来たんですよ!」
「素晴らしいチョイスだ。買わせてもらうよ」
「お買い上げありがとうございます!!」
シュウヤはまだ着慣れないのか、裾を持ち上げたり襟をいじったりしているアリシアを横目に会計を済ませる。
「随分と世話になったな。また会えるかはわからないが……」
「さっきも言いましたが、冒険者たるもの別れは付き物ですよ? お気になさらず、どうかお元気で!」
「ああ、本当にありがとう」
「あ、ありがとうございました!」
二人でしっかりとお礼を述べ、店を出ることにした。店主は店の外まで出てきて手を振って、見送ってくれる。
できることならもう一度会いたいものだ。
名残惜しいが、世話になった服屋の店主に別れを告げて、シュウヤとアリシアは帰路に着いた。