後日談2 10年目のキス
「ちょっと冬樹、さっき腕組んで歩いてた女は誰よ!?」
ああ、やっぱり見られてたか。だから嫌だったんだ。
「サークルの先輩。酔い潰れたんで、部長命令で送らされたんだよ。疚しいことは何もないから」
目の前でプリプリ怒ってるのは、従姉で幼なじみで恋人で婚約者の山崎菫。
うちに下宿して近くの大学に通ってる。2年生だ。
美人で、スタイルもそこそこ、料理も上手ときてるから、大学でもかなりもてるらしい。
僕の自慢の彼女だ。自慢したことはないけど。
今、菫から責められてるのは、ついさっき奥谷さんを家まで送っていった時のことだ。
どこで見られたんだろう。ああ、だから、疚しいことはないって。
奥谷さんは、同じサークルの先輩で、今日の夏休み突入コンパで酔い潰れたのを送っていっただけだ。
言い訳をさせてもらえば、好きこのんで送ったわけじゃない。
奥谷さんが二次会で潰れて、部長から送っていく役を押しつけられただけだ。
奥谷さん、サークルの人気者なんだから、送りたがる人なんていくらでもいるだろうに、部長は僕を指名した。
はっきり言って嫌だったんだけど、部長命令持ち出されて、僕は住所も知らない奥谷さんを送って帰るハメになった。
むしろ同情してほしい。
スカート履いてるからおぶるわけにもいかないし、奥谷さんは足がもつれてヘロヘロだし、ほとんどしがみつかれたまんま引きずって歩くみたいになって、めっちゃ疲れたんだから。
そんな話を菫にしたら
「その奥谷さんって人、1人暮らしなんでしょ? 送った後、上がってけって言われたんじゃない?」
って言われた。
なんでわかるんだろう?
「うん、お茶でも飲んでけって言うから、気にしないで、水飲んで寝てくださいって置いてきたけど。
大丈夫、一人暮らしの女の子の家に上がり込むようなマネはしないよ」
「帰ってきた時間から、それはわかってるけどさ。
ちょっと迂闊じゃない? そんな古い手に引っかかって」
「古い手?」
「いや~ん、あたし酔っちゃった~~って男誘うのって、昔からの定番でしょうが」
「まさか。僕に菫がいることはサークルじゃ有名だし、コナかけてくる子なんかいるわけないよ」
菫は、これ見よがしに溜息を吐いて
「はぁ…。こんなにニブくて、不安になるわね」
とかつぶやいてる。ああ、そうか、甘えたいんだね。
菫は、少し素直じゃないというか、拗ねて見せて僕の言葉を待つようなところがある。
わかっていても乗ってあげるのが、菫を喜ばせる秘訣だ。
「菫、大丈夫。僕が好きなのは菫だけだよ。目移りなんか絶対しないし、浮気も絶対しない。僕を信じられない?」
「そんなことないけど…。冬樹、もてるから」
「菫ほどじゃないよ。
でも、僕は心配なんかしない。
わかるよね? 僕が菫との約束を破ったこと、ある? 僕を信じて待っててよ」
優しく抱き寄せてキスすると、菫も身を預けてきた。
初めて菫とキスしたのは、僕が8歳の頃。
数日前に縁日で取ってあげた指輪を持ってきて
「ねぇ、ふー君、これつけて」
って左手を出してきた。僕は、右手ならともかく左手には自分でつけられるんじゃないか? と思ったけど、菫のお願いだから聞いてあげた。
そしたら、すごく嬉しそうな顔をしてくれて。今思うと、僕は菫のあの笑顔を見たくて、色々わがままを聞いてあげてた気がする。
「あのね、ふー君。
結婚はね、大人にならないとできないんだって。
でもね、わたしは今日で半分大人だから、結婚の約束はしていいんだよ。
大人になったら、わたしと結婚してね」
「うん」
「じゃあ、約束。誰にも言っちゃだめだよ」
あれが、僕達の初めてのキスだった。
菫とは、いつから付き合ってたのか、はっきりしない。
初めてキスしたその日に結婚の約束をしたけど、それが付き合い始めと言っていいものかどうか。
僕の中では、菫はずっと気になる従姉だったし。
でも、菫の方では、きっとそこから付き合ってたってことになってるんだと思う。
中学の時、告白してきた人に「付き合ってる人がいるから」って言って断ったらしいし。
僕は、父さんのこともあって、受験生になっても、毎年何日かは必ず菫の家に顔を出した。
“毎年必ず会いに行く”それが菫との約束だったから。
菫の18歳の誕生日に、「今日から大人だよ」と言った菫と、改めて結婚を約束し、大人の階段も昇った。
その時から、お互いの両親には2人の気持ちを伝えて、親公認の婚約者になっている。
今、菫がうちに下宿しているのも、それがあってのことだ。
姉さんが大学に入って家を出たから、空いた姉さんの部屋に菫が入ることになった。
この辺りは、姉さんと菫の間で話し合いがあったらしい。まぁ、女同士の話に首を突っ込む気はないけどさ。
大切なのは、僕と菫がお互いに好きで一緒にいたいってことだ。
菫とは母さんと菫のお父さんが兄妹で従姉弟、父さんと菫のお父さんが従兄弟でハトコだから、普通の従姉弟同士よりは血が近いけど、近すぎるってほどじゃないだろう。
さすがに、僕達の子供が姉さんの子供とってなったら、血が近過ぎるかもしれないけど。
さて、菫を待たせてた重大イベントだ。
約束はしてないけど、絶対に待ってる。
日付が変わるのを待って菫の部屋を訪ねると、夜中なのにこれからデートにでも行くみたいにオシャレした菫に出迎えられた。やっぱりね。
「菫、誕生日おめでとう。
あれから10年経ったし、改めてプレゼントさせてくれないかな」
菫は、満面の笑みで左手を出してきた。
その小指の先には、10年前の指輪が引っかかっている。
「きっと来てくれると思って、待ってたの」
「もちろん来るよ。
これからも、菫の期待は裏切らない。
僕は菫が好きだから」
この3か月間のバイトの賜物。
ちっちゃなオニキスのついた指輪を、菫の薬指にはめた。
「僕が就職したら、結婚しよう。
それまで、もう少し待っていて」
「うん。楽しみにしてる。
冬樹は、わたしとの約束、絶対に破らないもの」
そして、僕達は10年目のキスをした。
一昨日アップした後日談が思いかけず評判が良かったので、調子に乗って第2弾です。
18になった冬樹と、菫のその後です。