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前編

 遥彼方さま主宰「紅の秋」企画参加作品です。

 夕日を浴びながらアパートに帰ると、郵便受けに封筒が入っていた。珍しい。間違いじゃなかろうな? “里中秋桜(あきお)様”…俺宛だな。

 誰からだ? あれ? 親父から手紙なんて珍しいな。

 田舎町の支社に転勤になって2年、誰にも引っ越したことは教えなかったから、ダイレクトメール系以外の手紙が届くことは滅多にない。

 放っておいても実家に届くから郵便物が行方不明になることはないし、仲間内はメールとかで足りるしな。

 どうしても急ぐものであれば家から電話とか来ることもあるが、手紙で転送されてくるってのは初めてだ。

 2年という約束で転勤してきたし、家財もそう多くはないからってことで安アパートに住んでる。どうせ自炊ったって大したものは作れないし。

 このアパートは職場に近く、スーパーやコンビニ、食堂なんかも近くにあって、値段の割に立地条件がとてもいい。

 唯一の悩みは、西日が差すことだ。

 夏は帰ると地獄のようになっている。エアコンがないわけじゃないが、型が古くて効きが悪い。

 もうひとつ、甚だ個人的な理由だが、夕日を見ると憂鬱な気分になる。

 今日もまた見事な夕焼けだ。胸を掻きむしりたくなるほどの。




 家に入り、着替えて、手紙の封を切る。

 中から出てきたのは、結婚式の招待状だ。

 差出人は、山崎紅葉(もみじ)──従妹だった。

 そうか、結婚するのか。もう23だもんな。何の不思議もない。

 苦いものがせり上がってくる。今日の夕焼けは、ことのほか胸に悪い。

 相手は…照山玲人、ね。知らない名前だ。そりゃそうだな。紅葉の交友関係なんて、俺が知ってるわけがない。


 紅葉は、本家を継いだ伯父──お袋の兄──の娘で、3歳下の幼なじみだ。

 俺は都会生まれだったから、小さな頃は夏休みになるとお袋の実家に遊びに行っていた。

 お袋の実家のある町は田舎で、自転車で行ける範囲に海も山もあるから、小学生が遊ぶには最高の場所だ。

 ちょうど本家から歩いて5分のところに公園があって、伯母さんが晩ごはんだと呼びに来るまで、暗くなっても遊んでたもんだ。

 夏休み時期だと、それこそ午後7時頃でもまだ薄明るい。

 俺は、公園から見える山の端に夕日が落ちる情景が大好きだった。

 今でも、夕日とか夕焼けとかいうと、あの情景を思い浮かべる。

 1つ上の従兄の楓と、3つ下の紅葉と、3人で毎日遊んでた。

 一人っ子だった俺は、兄妹ができたみたいで嬉しかった。

 小学校の1~2年くらいまでは、3人で一緒に風呂に入ったりもしたっけ。

 紅葉は俺に懐いていて、「秋ちゃんのお嫁さんになる」が口癖で、俺が「うん」と言うまで離れなかった。




 「また来年も来るから」──そう言って別れた中2の夏。その約束は果たされなかった。翌年、受験生になった俺は、夏期講習だ補講だと忙しく、本家に行けなかったからだ。

 その年の秋、祖父ちゃんが亡くなって葬式に行った時、紅葉は泣きながら俺を責めた。

 「嘘つき! また来るって約束したのに! ずっと待ってたのに!」って。

 当時小6だった紅葉には。受験生なんて言ったってわからなかったんだろう。あの町では、受験もそんなに厳しくなくて、楓は中3でも遊びほうけていたから、なおさらだ。

 俺だって遊びに来たかったのに。俺にとって紅葉に責められるのは、理不尽だった。

 だから、葬式が終わって家に帰るまで、紅葉とはほとんど口をきかなかった。帰り際、まっすぐ俺を見つめた紅葉の「来年は来てくれるよね?」という言葉にも、「わかんねぇ」としか答えなかった。




 結局、高1の夏休みも田舎には行かず、紅葉との再会は祖父ちゃんの一周忌だった。

 中1になった紅葉は大人びていて、制服の胸の膨らみにドギマギした。

 この時も、バタバタしてロクに口もきけなかった。


 次に会ったのは、祖父ちゃんの七回忌。俺は大学生で、紅葉は高2。この頃には、もう年賀状のやりとりだけになっていた。紅葉からは、毎年決まり文句のように「夏には遊びに来てね」と書いてあったが、それに返事を返したことはない。

 母さんと一緒に、法事の前日から本家に泊めてもらった。伯母さんから、夕飯の買い物に出る紅葉の荷物持ちを頼まれて、何年かぶりで2人並んで歩いて。

 「ゆっくり話すの、久しぶりだね」

 初秋の風と懐かしい夕焼けを受けながら話す紅葉の横顔に見とれた。


 成人したからということで、俺も伯父と楓の晩酌に付き合い、酔っぱらわないうちにと切り上げて風呂に入り。俺にあてがわれた客間で涼んでいる時、紅葉がやってきた。


 「約束、覚えてる? 秋ちゃん。大きくなったらお嫁さんにしてくれるって」


 「お、覚えてるけど、…子供の頃の話だろ」


 「私の気持ちは変わってないよ。秋ちゃんが好き。秋ちゃんのお嫁さんにして」


 そう言って見つめてくる紅葉はすごく綺麗で、思わず抱き締めてキスしていた。

 だけど、経験がなくてがっついた俺は、きちんと最後まですることができなかった。

 悔しいやら情けないやらで、紅葉の顔を見ることもできずに逃げるように帰った俺は、その後、年賀状さえ出さなくなった。





 …自業自得だよな。

 紅葉からはちゃんと毎年年賀状が来てたのに、無視してたんだから。

 結婚しちまうのか。

 情けないけど、祝福してやれる自信はないな。祝儀だけ送っとくか。

 って、おい! 出欠はがきがついてないぞ! つうか、切り離した跡がある。

 親父に電話だ。


 「おい、親父! 紅葉の結婚式の招待状が届いたはいいが、出欠はがきがないぞ」


 「おう、出席で出しといた」


 「はぁ!? なに勝手に返事出してんだよ。俺の都合も聞かないで」


 「日付、見たか?」


 は? 日付? …あ!

 「これ、祖父ちゃんの13回忌の…」

 「前日だ。13回忌だから空けとけって言っといたよな」


 「…ああ」


 「式は午後3時からだから問題ない。どうせ祝儀出すんだろ。

  俺達も行くから、向こうでな。

  すっぽかすような不義理すんじゃねえぞ」


 逃げ道を塞がれた。

 祖父ちゃんの13回忌はすっぽかせない。前日から入るってことで、休暇も申請済みだ。

 礼服は、ネクタイと靴下以外は共通だから、服がないとか言い訳もできない。

 幸せそうに泣いてる紅葉なんか見たくないのに。


 いつの間にか日は落ちて、すっかり暗くなっていた。

 後編は、14日(金)午後10時更新です。

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