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4話 決意の言葉

 さすがにずっと歩き回っていて疲れてきたので、近くにあったカフェで休憩することにした。

 

 そこで『そういえば、さっきの人たちはなんなんですか?』と聞かれたので、学校の友達だと説明した。そこから普段の学校生活についてのことになり、話は大いに盛り上がった。いままで仕事の話しかしたことがなかったので新鮮だ。あまり知りたくない女子校の闇まで知ってしまったが……。



 そんなこんなで花火の時間が近くなってきた。


「さて、そろそろ場所取りしに行きましょうか」

「でも、まだ少し時間あるよ」

「甘い、甘いですよ先輩。ミルクチョコレートよりも甘いです! せっかくの花火なんですからいい場所で見ないと! いまから場所取りに行かないと最前列で見れないですよ!」

「なっちゃん、後ろの方だと見えないもんな……」

「わたしがチビだって言うんですかー!」

「そんなに怒るなよ」


 ちょっとでもチビという単語を連想させるとダメなのか。難儀だな。

 

 なんとかなっちゃんをなだめすかしながら、花火が打ち上げられる境内までやってきた。この観音夏祭りでは締めとして手筒花火の披露が行われる。男衆がそれぞれ筒を持ち、そこから花火が吹き出すのだ。火花が舞い散る中、堂々と仁王立ちするその姿は圧巻だ。


「テレビのニュースでは見たことあるけど、生で見るのは初めてだな」

「すごい迫力ですよ。こっちにまで熱気が押し寄せてきて圧倒されちゃいます」


 そんなことを話している間にも続々と人が集まってくる。これはたしかに早めに場所を確保しておいて正解だったかもしれない。

 

『まもなく手筒花火の打ち上げを行います』

「いよいよですね」

「ああ」


 アナウンスとともに男衆が入場し、ステージ上では太鼓や笛の音が響き始める。

 音楽のボルテージが上がっていき、それが最高潮に達したとき、一斉に花火が点火された。

 

 吹き上げる炎の中、男たちは微動だにしない。時折鳴る破裂音が迫力を高めている。鳴り響く太鼓の音は彼らを鼓舞しているようだ。

 

 曲が終わりに差し掛かると、徐々に消えてしまう花火が出てくる。すべての花火が消え、会場は大きな拍手に包まれた。

 

「すごい迫力だったな。想像以上だ」

「ですよね! かっこいいなあ……」


 ちゃっかりスマホを構えていたなっちゃんは、花火の余韻に酔いしれているようだ。

 

 しばらくすると再びお囃子が流れ始める。

 

「第2弾ですよ、先輩」

「そうみたいだな」


 迫力満点の画を逃すまいと、なっちゃんはスマホを構える。その横顔を見ながら思う。この楽しい時間が終わらなければいいのにと。

 

 

 残念ながら、すべての物事に始まりがあれば終わりもある。花火を見終えた俺たちは帰りの電車に乗っていた。

 花火が終わってから、なっちゃんは口数が少なくどこか上の空だ。しかし、両手はしっかりと俺の右腕に絡みついており、俺は絶え間なく緊張を強いられている。

 

 バカップルとか思われてるんだろうな。さっきから周りの視線が気になって仕方がない。だが、そればっかりを気にはしていられない。このまま今日のデートが終わるとは思えないのだ。

 

 なっちゃんとしては俺のほうから告白するのを期待していただろう。だが、俺はいまだになっちゃんに対する自分の気持ちがよくわかっていなかった。

 好きか嫌いかで問われればもちろん好きだ。でも、この『好き』は"love"ではなく"like"。かと言って単なる"like"ではないような気もする。

 

 先輩と後輩、バイト仲間、友達……。どの関係もしっくりこない。俺はいまの関係を的確に表す言葉を見つけられないでいた。


 周りの視線に対する現実逃避を兼ねていたシンキングタイムは車内アナウンスで打ち切られた。

 

『まもなく、名古屋ー、名古屋。お出口は……』


 俺となっちゃんはここで乗り換えるために降りなければならない。それぞれ別方向だ。つまり、ここを降りたらお別れということになる。

 

「先輩、少し話があります」

「……わかった」


 なっちゃんの目には決意の炎が灯っていた。

 

 

 改札を出て地上へ出る。俺たちは名古屋駅の2階にあるガーデンテラスに来ていた。もう遅い時間ということもあって人の姿はまばらだ。時折吹き抜ける風が心地よい。

 

 しばらくお互いに無言で歩いていた。隣のなっちゃんはうつむいていて、その表情を見ることはできない。

 これは告白される流れだよなあ。ここまで来て俺の勘違いだったら恥ずかしい。どうやって返事したものか悩んではいる。でも人生初の告白で少しワクワクしている自分もいるのだ。他人から好意を向けられて嬉しくない人はいないだろう。

 

 突然なっちゃんが止まった。ゆっくりと歩いていたので、つんのめりそうになりながらも止まることができた。そのまま組んでいた腕をほどき、3歩ほど前へ進む。そして、器用に1回転してこちらを向いた。

 

「鋭い先輩のことだから、わたしが何を言いたいのかわかちゃってるかもしれません」


 俺の勘違いじゃなければな。

 

「それでも、こういうのって面と向かってきちんと伝えるのが大事だと思うんです」


 周りには少ないが人はいる。それに電車や車が行き交う音がしている。そうした雑多な音の中から切り離されたように、静寂があたりを支配する。

 自分の鼓動が激しくなっているのを感じる。さっきまで涼しいと感じていたはずなのに、一筋の汗が滴り落ちた。

 

 いつまでも続くかのように思われた静寂。それを破ったのはなっちゃんだった。

 

「わたしは先輩ーー高村優司先輩のことが好きです。大好きなんです! わたしと付き合ってください!」


 だんだん早口になりながらも言い切った。今にも泣きそうなようにも見えるその姿は、線香花火のような儚さを感じさせた。


『泣かないで』


そんな言葉が口をついて出そうになる。なっちゃんを悲しませないためにはイエスと答えればいいだけ。でも、真剣に、そして真摯に気持ちを伝えてくれたなっちゃんには不誠実な答えを返したくない。

 

「ごめん、なっちゃんとは付き合えない」

「……そうですよね。なんとなくそんな気はしてました」


 そう言いながらなっちゃんは笑った。無理して笑っているのは丸わかりだ。なぜなら、瞳から大粒の涙を流しているのだから。

 

 夏休みに入ってからずっと考えていた。自分の気持ちはいまだにわからない。わからないけれど、いま思っていること、考えていることを正直に伝えることが俺のすべきことだと思った。

 

「俺はさ、恋ってものをしたことがないんだ。誰かと付き合ったこともないし、告白されたのも今日が初めて。正直、告白してくれたのはすごい嬉しかった。でも、自分の気持ちがわからないのにOKすることはできない。俺には人を好きになる気持ちっていうのがよくわからないんだ」


 整理のついていない頭で必死に言葉を紡ぎ出す。この気持ちが少しでも伝わることを願って。


「それになっちゃんには言ってなかったけど、東京の大学に行くつもりなんだ。なっちゃんの進学先は知らないけど、仮に東京に来るとしても1年以上離れ離れになる。下手したらもっとだ。いくら連絡が取れるとは言っても寂しい思いをさせてしまう」


 遠距離恋愛は難しいというのはネットや雑誌で書かれていたことの受け売りだ。情報に踊らされるのはよくないが、一般論としてこれは間違っていないだろう。

 

「あと、正直言ってしまうと自分に自信がないんだ。さっきも言ったけど、告白してくれたことはすごく嬉しい。でも、どうして、なんでっていう疑問が拭えないんだ。身長は高いけど別にイケメンってわけでもない。勉強は普通よりちょっとできるぐらいだし、運動だって背が高いぶん有利なだけだ。性格だって無愛想でそっけないことは自覚してる。なにか大きな夢を追っかけて努力してるわけでもないし、なにかすごい特技を持ってるわけでもない」


 自分で言ってて悲しくなってきた。自分に特別なものなんてなにもない。


 対してなっちゃんはどうだろう。小さい頃から家の手伝いを頑張っている。それに中学高校では生徒会長をやりながらも成績は学年でダントツトップだったらしい。親父さんがよく自慢していた。それに明るく元気ですぐに人と仲良くなれる。モントレゾーで一緒に接客していて自分との違いを痛感させられた。

 

 果たしてなっちゃんと釣り合いが取れているのだろうか? 自分の気持ちを置いておくとしても、なっちゃんの彼氏に相応しいとは思えなかった。

 

 言いたいことは言った。このまま走り去られてしまうのか。それとも泣き出されてしまうのか。俺はどんな結果になろうとも受け入れなければならない。

 

 なっちゃんは唇を噛み締めてうつむいている。感情を抑えようとしているように見える。

 これは泣き出されちゃうパターンかな。周りの人は痴話喧嘩かなんかだと思うんだろうな。あながち間違ってはいないが。

 

 短い沈黙の後、なっちゃんが取った行動は俺の想像したどれでもなかった。

 

「言いたいことはそれだけですか」

「へっ?」

「言いたいことはそれだけですかって聞いてるんです! むっつりへたれチキン先輩!」


 あれ? おかしくない? この子さっきまで俺に告白してたんだよね? なんかいきなり罵倒されてるんだけど……。というか、なっちゃんが怒っている姿を初めて見た。

 

 突然の豹変に目を丸くしている俺に対して容赦ない攻めが続く。

 

「先輩の気持ちうんぬんはとりあえず置いておきましょう。遠距離恋愛? それがなんだって言うんですか。恋っていうのは障害が大きくなればなるほど燃え上がるんですよ。たしかに寂しいかもしれませんよ? そのぶん会えたときの嬉しさが何倍にもなるんですからオールオッケーです。ばっちこいですよ。それに自分に自信がないなんて失礼にもほどがあります! 先輩を好きになったわたしが馬鹿みたいじゃないですか! 先輩は無愛想でむっつりでへたれかもしれません。でもそれ以上にいいところをわたしはいっぱい知ってます。クールそうに見えて実はお人好しなところとか、何に対しても真面目に取り組むところとか、褒められるとニヤけちゃうかわいいところとか……。だから、自分に自信を持ってください。他の誰が認めてくれなくてもわたしが認めちゃいます。先輩はすごい人なんだって。それに釣り合うとか釣り合わないとかそんなの関係ないです。外野の言うことなんて気にする必要ないんですよ。大事なのはお互いにどう思ってるからなんですから。だからそんな悲しいこと言わないでくださいよ……」


 怒涛の勢いでしゃべりきったかと思うと、怒りながら泣くという器用なことを始めた。


 心が熱い。これほど自分のことを思ってくれた人がいただろうか。家族からの愛情とは違う熱。これが恋愛感情というものなのかもしれない。俺は少しだけ恋というものについてわかった気がした。

 

 さて、この状況をなんとかしなければならない。かたや無愛想な大男、かたや泣いている少女。どう考えても俺が悪人だ。実際泣かせたのは俺なのだが。

 残念ながら18年の人生経験で、泣いている同い年ぐらいの女の子への対処法は学んだことはない。小さいころ、それこそ小学生ぐらいのころに妹がよく泣いていたのを思い出した。そのころはよく妹の頭をなでて泣きやむのを待っていたっけ。

 

 俺は髪型が崩れないよう、なるべく優しく頭をなでた。

 

「……子供扱いしないでください」

「ごめん、これしか知らないんだ」

「許しません」

「どうしたら許してくれるかな」

「ハグしてください。後ろからぎゅーっとですよ」

「おいおい、勘弁してくれよ」


 なっちゃんはぷいっとそっぽを向いてしまった。

 

「まいったな……」


 俺は頭をかきながら後ろにまわり、なっちゃんを抱きしめた。

 

「先輩、痛いです」

「えっ、ごめん!」

「ふふふ、さっきから先輩謝ってばかりです。いいんですよ、わたしからお願いしたんですから」


 なっちゃんの表情をうかがうことはできない。それでも泣き止んだことはわかった。

 

「すごいドキドキしてますね。心臓がドクンドクン言ってます」

「しょうがないだろ。緊張してるんだ」

「わたしのこと女の子として意識してくれてるってことでいいんですよね? だったら嬉しいです」

「なっちゃんはかわいいからな。これでドキドキしなかったらそいつはホモだ」

「ありがとうございます。ーーわたし決めました。いまはまだ先輩と後輩ですけど、絶対に先輩の恋人になります。先輩のほうから告白したくなっちゃうような魅力的な女の子になります。だから覚悟しててくださいね、優司先輩」


 そう言って正面から抱きついてきた。

 このドキドキは恋なのだろうか? 願わくば恋であって欲しい。そう思う平成最後の夏であった。

次回の更新は明日(8/27)の午後9時ごろです。

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