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3話 ナンパ野郎たちから守れ!

「おい」


 威厳があって怖く聞こえるように低めの声を出した。

 内心ではかなりびびっているが、なるべく顔に出さないようにする。こういう輩は調子に乗らせるとダメだ。自慢ではないが俺はかなり身長が高い。殴り合いの喧嘩なんてしたことはないが、相手をびびらせることぐらいはできるだろう。


「ん、誰だ? ……おお、高村じゃないか! こんなところで会うとか奇遇だな」


 超必殺技『高速110番ダイヤル』をいつでも繰り出せるように、スマホを握りしめていた俺に返ってきた返事は完全に予想外なものだった。

 

「斉藤に藤森、ということはあっちにいるのは中田か」

「「おうよ」」

「なぜ3馬鹿トリオがここにいる」

「高村には馬鹿って言われたくない!」

「そうだそうだー」


 まさかナンパしているのが知り合いだったとは……。しかも、よりによって数少ない学校の友人である。

 馬鹿と言ってはいるが、この3人、実は我が学年のトップ5常連の成績優秀者だ。ただ授業態度が悪かったり、見た目がチャラかったり、元々の成績が壊滅的だったりと、様々な理由で馬鹿と呼ばれるようになってしまった哀れなやつらである。

 本当は友達の少ない俺とも遊んでくれるいいやつらではあるのだが……

 

「そんなことよりもたかっちゃん、ちょっと手伝ってくれよー」

「高村がいればうまく行くかもしれん。助太刀してくれ」


 話を聞いてみると、3人は受験勉強の息抜きにこの夏祭りに来たらしい。そこで藤森が


『これが高校生活最後の夏休みなんだぜ。おれたちの青春ラストの夏なわけ。やっぱし彼女欲しいっしょ』


と言い出したことでナンパすることになったそうだ。最初は3人別々でしていたが結果は全敗。そこで3人一緒になってナンパしようと言う話になったところで、なっちゃんが捕まったようだ。


「あの子押しに弱そうなんだよね。おれのチャラ男レーダーが言ってる、あともうひと押しだ!」

「今日見た中で一番かわいいしな。高村、頼む」


 なっちゃんのほうを見るといまにも泣き出しそうな顔をしている。さすがにかわいそうなので、俺は1人粘っている中田を止めることにした。

 

「おい中田、そのへんにしとけ」

「ーー僕たちは東央高校の3年生でね。よかったら電話番号だけでも……。うん? 高村か! ちょうどいいところに……」


 なっちゃんは俺に気づくと、すぐに中田の元を離れて俺の後ろに隠れた。

 

「先輩、……遅いです」


 鼻をすすりながらTシャツの裾を掴むその姿を、不謹慎ながらもかわいいと思ってしまった。守ってあげたいこの可愛さ、プライスレス。

 

「ごめんごめん」

「ほんと最低です。……でも、助けてくれたので許します。ありがとうございます」


 最後の方は消えそうな声だったが、どうやら許してもらえたようだ。


「あのー、いい雰囲気のところ申し訳ないんですがー」

「ずばりお2人の関係は!?」

「知り合いか?」


 しまった! 完全にお馬鹿トリオの存在を忘れていた。東央高校は許可がないとバイトができないので、誰にもバイトのことは言っていなかった。言ったら絶対に冷やかしに来るしな。

 しかしどうやって説明したものか。どう説明してもややこしいことになる気しかしないぞ。この3人相手には下手な誤魔化しが通用しない。


 俺が答えあぐねていると、なっちゃんまで俺のことをじっと見つめてきた。まさかの四面楚歌状態に俺がとっさに取った行動は……。

 

「なっちゃん、行くぞ!」

「きゃっ!?」

「たかっちゃんが逃げたー!」

「詳しいことは学校で聞くからなー!」

「ふっ、情けない男だ」


 全力の逃走だった。



 人が多いことが幸いして、すぐに3人をまくことができた。

 

「ここまで来れば大丈夫だろ」


 少し乱れた息を整えながら一息つく。それにしてもなっちゃんには悪いことをした。下駄で歩きにくいだろうに引っ張り回してしまったからな。


「足、大丈夫か?」

「あの、その、……足は大丈夫です。でも手が……」


 手? 手がどうしたんだろうか。なっちゃんの足から手に目を移すと、衝撃の事実に気がついてしまった。

 なっちゃんと、女の子と手をつないでしまったあああああ! 無我夢中だったので意識していなかったが、とんでもないことをしてしまった。

 

 反射的に手を離そうとしたが、なっちゃんが逆に力をこめて離してくれない。

 やばい、なんだこの状況は。それにしても、なっちゃんの手は小さくてやわらかいなあ。意識してなかったから気づかなかったけど、これが女の子の手なのか……。

 

 いかんいかん、こんなことを考えている場合ではない。しばらくフリーズしていたが、状況の打開をはかるべく俺はなっちゃんに話しかけた。


「なっちゃん、手を離してくれると嬉しいかなあって」

「なんでですか?」

「いや、ほら俺手汗かいちゃってるしさ」

「大丈夫ですよ。全然気にしませんから」

「俺が気にするから! 手離して!」

「いやです」


 むむむ、こんなに強情ななっちゃんは初めてかもしれない。どうやって説得しようか。

 

 ふと視線を落とすとなっちゃんの右足、親指と人差指の間が赤くなっている。さっき走ったときに鼻緒とすれてしまったのだろう。なっちゃんには申し訳ないことをしたな。

 

「足、赤くなってるじゃないか。ごめんな、いま絆創膏出すから」

「ふぇっ? ……いたっ!」


 どうやら気づいていなかったらしい。意識がそっちにいったせいで、いまさら痛みが襲ってきたようだ。

 

 なっちゃんの気がそれた隙に手をはなし、ショルダーバッグから絆創膏を取り出す。なぜか母さんに絆創膏を持っていけと言われたが、こういうときのためだったのか。さすが母さん、頼りになる。

 

 近くにあったベンチになっちゃんを座らせる。

 

「ほい、右足を出して」

「お願いします」


 なっちゃんに右足を前に出してもらって絆創膏を貼る。

 それにしてもきれいな足だな。白くて傷1つない足を見せられると、なっちゃんも女の子なんだなあと余計に意識させられる。今日はいつもと違うなっちゃんを見せられて動揺しっぱなしだ。

 

「あの、そんなにじっと見られるとさすがに恥ずかしいんですけど……」

「ご、ごめん!」

 

 俺はぱっと手を離して立ち上がる。今日の俺はどこか変だ。それを言うなら、あの日から変になってしまったのだが。


「ふふふ、もっと触ってたかったですか、先輩?」

「なに言ってるんだ。もう大丈夫なら行くぞ」


 照れ隠しでぶっきらぼうに返事してしまう。こういう無愛想なところはよくないとわかっているのだが、なかなか直すことができない。親父さんにも『もうちょっと愛嬌があれば接客は完璧なのにな』と言われた。

 

 そんな俺を見て、なっちゃんはニヤニヤしている。そして、棒読みでこんなことを言った。

 

「ああー、足が痛いなー。誰かさんがか弱い女の子を走らせるからですよー」

「誰がか弱いって?」

「足が痛くて歩けないなー。でも、誰かが支えてくれたら歩けるかもしれないですねー」

「おんぶしてやろうか?」

「そんな恥ずかしいことは嫌です」


 なっちゃんは非難の眼差しでこちらを見てくる。そして、無言で右手を差し出してきた。どうやら手つなぎをご所望らしい。

 おんぶは恥ずかしいのに手をつなぐのは恥ずかしくないのか。それに、さっきみたいに変な気分になるのはまずい。

 しかし、足を痛めたのが俺のせいだというのも事実。ここは俺が鋼の心をもって耐えるしかない。

 

「しょうがないな」


 俺は素っ気なく手を差し出した。そこでなっちゃんは予想外の行動に出た。俺の右手をつかんで立ち上がると、そのまま腕を絡ませてきたのである。

 

「えーと、これはどういうことかな?」

「いじわるな先輩へのお返しです」

「あの、当たってるんだけど……」

「当ててるんですよー、なんちゃって。むっつり先輩も嬉しいでしょ?」


 はい、嬉しいです。なんて素直に言えるはずもなく、2人して黙り込んでしまう。落ち着け、ここは素数を数えるんだ。2、3、5、……って集中できるか! いま俺の顔は猛烈に赤くなっているだろう。

 ちらりとなっちゃんの顔を見ると、同じように赤くなっていた。恥ずかしいなら無理しなくていいのに。でも、これはなっちゃんなりのアピールなのだろう。ここで無理やり引き剥がすのは申し訳ない。

 ここは俺が悟りを開いて耐えればいいだけの話だ。

 

「まだあっちのほう見てなかったし、あっちに行こうか!」

「……はい!」


 不自然に大きな声が出てしまったが、なんとか気まずい空気を壊すことができたようだ。

 

 なっちゃんの小さな歩幅に合わせてゆっくりと、俺たちは祭の喧騒の中に埋もれていった。

次回更新は明日(8/26)の午後9時ごろです。

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