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1話 プロローグ 夏の始まり

お久しぶりです。

復活したので新しく連載はじめました。

最後まで書き終わってるのでエタる心配をせずにお楽しみください。

「ありがとうございましたー」


 お客様がお店を出ていくのに合わせて頭を下げる。ここはMon trésor(モントレゾ ー)、俺ーー高村優司たかむらゆうじがアルバイトをしている洋菓子店だ。


 高校1年の秋から始めたここでのバイト生活も今日で最後。受験生として受験勉強に集中するため、夏休み前日の今日をもって辞めることになっていた。

 正直寂しい気持ちはある。笑顔が苦手な自分に接客を教えてくれた親父さんとおばさんには感謝してもしきれない。それに、ここにはたくさんの思い出がある。お菓子、ケーキの数だけ出会いがあり、物語があった。


「優司君おつかれさま。これ、最後だから食べていきな」


 奥から親父さんが出てきて、プリンの入った器を渡された。


 女性が多いこのお店で働くことにしたのには理由がある。俺はスイーツ、特にプリンに目がないのだ。

 バスケ部を退部した1年の秋、俺は母さんから帰宅部になるならバイトをするように言われた。そこで、バイト先を探して求人サイトを見ていてときに発見したのがモントレゾーだったのだ。


 半袖のカッターシャツに黒のスラックスという着慣れた高校の制服に着替えて、イートインスペースの隅へ向かう。


「いただきます」

「せんぱーい、ご一緒してもいいですか?」

「ーーなっちゃんか、どうぞ」

「やった!」


 手を合わせたところに1人の女の子がやってきた。茶色がかったショートボブにアヒル口が特徴的な美少女。モントレゾーの制服である白のブラウスと赤いスカートがよく似合っている。彼女は杉浦夏帆すぎうらかほ、親父さんの娘だ。先輩と呼ばれていることからわかるように学年は俺の1つ下、高校2年生だ。銀城高校という中高一貫の女子校に通っている。

 なっちゃんとは夏帆のあだ名で、初めて会ったときに『わたし、学校ではなっちゃんって呼ばれてるんです。うちはみんな杉浦なんで、先輩もなっちゃんって呼んでくださいね?』と言われて以来なっちゃんと呼んでいる。中高男子校で女子に対する免疫のなかった俺にとってあだ名呼びはハードルが高かったが、下の名前で呼ぶよりはマシだろうとその提案に乗ることにした。いまとなっては特に気にせずに呼ぶことができるのだから慣れというのは恐ろしい。


 黙々とプリンを食べていると、向かいに座ったなっちゃんから視線を感じた。顔を上げると、くりくりとした目でこちらを見上げている。俺の身長が高いのと、なっちゃんの身長が低いのが合わさってこういう図式になるのだ。いまだにこの上目遣いだけは慣れない。意図したものではないというのはわかっているのだが、女の子のちょとした仕草にドキドキしてしまう男子高校生の悲しい性だ。

 

 無言でニコニコとこちらを見つめてくるのが落ち着かなくて、メガネをかけ直しながら声をかけた。

 

「俺の食べてる姿そんなに面白い?」

「もちろん! 先輩って本当においしそうに食べますよね」

「まあ、プリンは大好物だからな」

「初めて聞いたときはびっくりしましたよ。『スイーツなんて興味ありませんから』みたいなクール顔してるくせに好きな食べ物がプリンって……。ギャップ萌えでわたしを殺すつもりですか!」

「ギャップ萌えなんて狙ってねえよ。いまだに大爆笑したことは忘れてないからな」


 ジト目でなっちゃんを見るものの、どこ吹く風と聞き流している。

 モントレゾーのバイト面接にはなっちゃんも同席していた。そこで親父さんが俺に好きな食べ物を聞いてきたのだ。『プリン、特にとろける食感のやつが好きです』と大真面目に答えたのだが、それがなっちゃんのツボに入ったらしく大爆笑。何が面白いのかまったくわからなかったが、そんななっちゃんの様子を見て親父さんは採用を決定したのだった。

 

「そんなことよりですねえ、先輩! 今日のプリンどうでした?」

「いや、普通においしかったが……。新作かなにかだったか?」


 あからさまな話題転換だったが、俺はそれにのっかることにした。

 それにしても、いつも食べているモントレゾーの人気商品「とろふわプリン」の味とまったく変わらないように感じたのだが。なにか俺にはわからないような隠し味でも入っていたのだろうか?


「むふふー、そう言ってもらえるのなら頑張ったかいがありました」

「どういうことだ?」

「そのプリン、わたしが作ったんですよー。すごいでしょ!」


 なっちゃんはドヤ顔で胸を張る。『えっへん』という声が聞こえてきそうだ。そんなことをしてしまうと、ふくよかな胸が強調されてしまって目に毒だ。身長は低いものの出るところは出ている。

 俺の邪な視線に気づいているかどうかは定かではないが、じっと見ていたらそのうちバレてしまうだろう。俺はそっと視線を外した。

 

「親父さんが作ったものかと思ったよ」

「ええー、お父さんのより絶対おいしいですって! なんと言ってもわたしの愛情がいっぱい詰まってますからね」


 茶目っ気のある笑顔で手をハート型にするその姿は、不思議とぶりっ子な感じがしない。これもなっちゃんの人柄がなせる技だろう。

 

「本当はお父さんにちょっと手伝ってもらったんですけどね」

「そうだろうと思ったよ」

「ひどくないですかー。そこは『それでもすごいよ』ぐらいは言ってくださいよ」


 

 親父さんは海外や東京の有名ホテルで修行したこともある一流パティシエだ。それとほとんど変わらない味を、いくら本人の手伝いがあるとはいえ再現できるのは素直にすごいと思う。恥ずかしいから褒めないが……。

 

 いつの間にかプリンがなくなってしまった。それだけおいしかったということだ。片付けをしようと立ち上がった瞬間、なっちゃんが唐突に咳払いをした。

 

「さて、わたしのプリンを食べた先輩にはわたしの言うことを1つ聞く義務があります」


 一体この子はなにを言ってるんだ。頭に疑問符を浮かべつつも反論してみた。

 

「さっき『ごちそうさまでした。作ってくれてありがとう』ってしっかり言ったはずだが?」

「全然ダメです! そんなんじゃあ感謝の気持ちが足りません。わたしは断固として言うことをなんでも1回聞いてくれる券を要求します!」


 駄々をこねる姿は本物の小学生みたいだ。本人に伝えたら怒られるから絶対に言わないが。なっちゃんは背が低くて子供っぽいことを気にしているのだ。


 なっちゃんにはバイトの仕事を教えてもらったり、バイト中に助けてもらったりと色々迷惑をかけてきた。できないことはどうしようもないが、俺にできることならお願いを聞くのはやぶさかではない。

 そもそも、普段のなっちゃんならこんな回りくどいことはしないはずだ。わざわざこんなに面倒な茶番を仕組んできたということは、頼みにくいことなのかもしれない。

いつもよりテンションも高めだし、勢いで言ってしまえみたいな雰囲気を感じる。


「まあ、なっちゃんには日頃からお世話になってるし、俺にできることなら言ってみてよ。ただし、無理なものは無理だからな」

「わかってますって。よかったー」


 なっちゃんがほっと胸をなでおろす。まだお願いの内容聞いてないからな?

 

「ときに先輩、8月5日は空いてますか?」

「ちょっと待てよ、いま確認するから」


 スケジュールを確認するために手帳を取り出す。


「5日は日曜日か。その日は模試もないし特に用事はないな」

「それではこちらを御覧ください」


 そう言ってスマホを差し出してくる。画面を見ると『観音夏祭り』と書かれたホームページのようだ。

 

「これって毎年観音様のところでやってるやつだろ? たしかコスプレとか花火とかあるやつ」

「ですです。先輩にはわたしと一緒にこの夏祭りに行って欲しいのです」

「コスプレはやらんぞ」

「そこまでは要求しませんよ。先輩のコスプレはちょっと見てみたいですが」

「絶対にやらないからな。で、他に誰と行くんだ?」


 そう聞くと、なっちゃんは自分を指差してからこちらを指差し、最後にピースサインを作った。

 

「つまり?」

「もう、なんでいまのでわからないんですか!? わたしと先輩、2人きり(・・・・)です!」


 さすがに今のセリフは恥ずかしかったらしく、顔を赤くしてもじもじしている。

 ジェスチャーの意味が本当にわからなかったわけではない。頭が理解することを拒絶したのだ。

 

 ここまでお膳立てされて、なっちゃんの気持ちが理解できないほど鈍感ではない。むしろ鈍感であれたらどれだけ楽だったことか。

 しかし、いつフラグが立ったのだろうか。少なくともなっちゃんの好感度を稼ぐようなイベントはなかったはずだ。バイト先の先輩と後輩、それ以上でもそれ以下でもない。それは俺の勘違いだったようだ。


「オーケーオーケー。喜んでお供させていただきましょう」

「もう、茶化さないでくださいよ。集合場所と時間は後で送りますね」


 満開の笑顔ではしゃぐなっちゃんをよそに、俺は混乱していた。心臓の鼓動がいやにうるさい。

 

 なっちゃんが俺のことを? でも勘違いだったらどうする。しかし、ここまでの展開からして間違いないんじゃないか?

 ぐるぐると様々な考えが頭を巡る。

 

 彼女いない歴=年齢、生粋の男子校育ちの俺にとって、これは東大の入試問題よりも難しい難問であった。

次回更新は明日(8/24)の午後9時ごろです。

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