1-07:ゴブリン討伐戦(その1)~出発~
それから数日間は訓練に費やした。
新たに取得したスキルの使い方や、スキルレベルを上げた魔法の使い勝手など、やることはたくさんある。
火魔法レベル3では、敵の足元など、ピンポイントで狙いをつけられる火柱と、手のひらから炎を噴き出させる放炎という魔法を習得した。これはあれか、使うときに「ヒャッハー」とでも叫ぶべきだろうか。
無属性魔法のレベル2は、魔弾と障壁。魔弾は指定したターゲットを追尾する性能がある。まさにミサイルのようだ。さらに着弾で爆発を起こすため、レベル1の魔力矢より威力は数段上だろう。障壁はそのまんま。魔法も物理攻撃も防いでくれる。ただ、魔力の消耗が大きいし、張ったら解除するまで動けないので、使いどころに悩みそうだ。
回復魔法のレベル2では、中回復と解毒を使えるようになった。ヒール1回じゃ全快にならないような傷でも治せるのだろうか。今のところ、そこまで重傷を負うことがないので、検証ができないな。まあ、そんな機会なんてないほうがいいんだけどな。解毒は読んで字のごとく、だ。酒で泥酔したとしても立ちどころに治せる、地味に役立つ魔法だろう。ああ、言っておくが俺は一応成人しているとはいえ、泥酔するほど酒を飲むことはないぞ。
生活魔法は訓練する必要はないので省いた。だってその名の通り、日常生活を送る上で使う魔法で、薪などに火をつける着火、飲食物を冷やす冷却、身体や衣服などの汚れを落とす浄化、暗闇を明るくする照明、そして回復魔法を使うまでも無い小さな出血を止める止血、この5つが生活魔法の中身だ。
なお、魔法剣や法闘術については、どちらも個別の魔法のエネルギーを剣やグローブに乗せる、というよりは火水風土、4属性のエネルギーを乗せて攻撃力を高めるもの、と考えていいようだ。使う魔法の種類を変えても、属性が同じなら見た目は変わらないし、威力は属性を変えてもあまり変わらなかった。もしかしたら、魔物によっては属性への抵抗力とかの相性の問題で多少威力が変わることもあるかもしれないが、修練場では検証のしようがない。
そんな感じで日々を過ごし、そろそろ依頼を受けようかと思いながらギルドへ向かうと、
「あっ、トーマさん! いいところに!」
そこにはベラさんと、ハリーやライオネルなど、見知った顔を含む人だかりができていた。
「どうしたんだ? この人だかりはなんなんだ?」
「これから、ギルドと騎士団との混成部隊で南東の森に生息するゴブリンの群れに対する大規模な掃討任務を行うんです。魔法を使える人材は貴重ですから、トーマさんとリーフィアさんにも参加していただきたいのですが、いかがでしょう?」
なるほど、そういうことか。
「いくつか聞きたいんだけど、敵の規模、対するこちらの部隊の規模、それとその内魔法使いの割合、最後に報酬。どんなもんだ?」
参加するもしないも、まずは情報がないと決めようがないので、矢継ぎ早に質問を重ねる。
「ええと、今回叩くゴブリンの群れは推定120体。こちらは騎士団20名、冒険者はトーマさんたちが参加するなら30名です。魔法使いは騎士団のほうで1名、冒険者側はトーマさんとリーフィアさんを含めれば4名ですね。報酬は参加報酬としてひとりあたり2万ゴルド、あとはもちろん討伐報酬を通常通りの計算でお支払いします。また、死体の持込も通常通りなので、ストレージボックスがあるトーマさんにはぜひ参加していただきたいですね」
120体とは、またずいぶん大きな群れだ。こないだ出会った奴らはその群れの一部だったんだろうか。で、対するこちらの戦力は俺たちが参加すれば合計で50名か。魔法使いも全部で5名と、充実した戦力だ。報酬の支払いもかなり良さそうだし、参加しよう。
「わかった、参加しよう」
「私も行きます!」
俺とリーフィアの参加表明に、他の冒険者たちも盛り上がる。
「よし、魔法使いが増えたから生存率が上がるな。しかも可愛いリーフィアちゃんの参加で目の保養にもなる」
どうやら全体的に歓迎ムードみたいだ。
「そういやリーフィア。今更なんだが、魔族の皇女としては、こういう風に大々的に魔物を倒しに行くのは構わないのか?」
ふと気になったことを小声でリーフィアに訊ねてみると、
「ええ、私はもう魔族の皇女としての立場は捨てました。今はトーマさん、あなたに付き従うだけです。それに、ゴブリンは討伐されてもあっという間に増えますからね。むしろ時々はこうして減らしてもらうほうがいいんです」
にっこり笑ってそんな答えが返ってきた。ま、いいって言うんならそれ以上言うまい。
最後に参加表明をしたので、参加する面々と簡単に挨拶を交わす。このギルドに所属する中でも最上位にあたるパーティも参加している。
「ステラ=プリムローズよ。冒険者ランクはB、よろしくね」
「マリア=ホワイト、同じくBランク。戦場ではわたしの前に立つなよ。弓で撃ち抜かれても知らんからな」
「こらこら、マリア。あんまりルーキーを怖がらせないの。ごめんね、あたしはカレン=エリソン。ステラやマリアとパーティ組んでる、魔法使いよ。キミたちの噂は聞いてるわ、ついこないだグラスディアーとゴブリンを数十匹単位で狩って、その死体を全部ストレージボックスで持ってきたんだって? あたしもストレージボックスを使えるけど、さすがにそんなには入らないから、正直驚いたわ」
どうもこの3人がこのギルドの最上位パーティらしい。確かに、ベテランの風格みたいなものが漂っているな。観察眼で見たら、ステラさんがレベル18、マリアさんとカレンさんはレベル17だった。Bランクと聞いて思っていたイメージほどレベルは高くない。まあ、剣士のステラさん、弓使いのマリアさんに魔法使いのカレンさんとバランスの取れたこのパーティに敵対するつもりは毛頭ないが。
「えーと、まあ、はい。本当のことですよ。でも、まだ駆け出しのEランクだから、足を引っ張らないように頑張りますんで、よろしくお願いします」
苦笑いを返しながら3人と握手を交わし、そそくさと離れて次の人と挨拶を交わす。
今回参加する30人の冒険者のうち、Bランクは先ほどのステラさんのパーティ、3人のみ。Cランクは7人。Dランクがライオネルを含む、6人。Eランクは俺やハリーを入れて13人。Fランクはリーフィアしかいない。さすがに、並のFランク冒険者にゴブリンと戦わせるのは厳しいようだ。リーフィアは登録して間もないからランクこそFだが、魔法を実戦レベルで使いこなせているから参加要請が来たんだろうし。
挨拶が済んだ後は、簡単な打ち合わせを行う。
それによると、今日の夜に街を出発し、半日かけて森へ入り、翌日の朝のうちにゴブリンの集落を叩く。残敵の掃討も含めて夜までに街へ帰還する予定だ。
「場合によっては長引く可能性もありますので、各自、食料などの準備を怠らないようにしてください。ギルドのカウンターでも物資は調達できますので、活用してくださいね」
ちゃっかり宣伝しているベラさんに誰かが笑い、いったん解散することになった。
「2人分の保存食を念のため、2日分。それと毛布を1枚もらえるか?」
俺のインベントリにはまだ保存食が少し残っているし、毛布も最初にもらったのがあるからリーフィアの分だけあればいい。
「トーマさん、ランタンって持ってますか?」
「いや、持ってない。一応持っておいたほうが良さそうだな。あとは水か。水は、そうだな。樽で用意してもらうことはできるか? 2つほどあれば足りるだろう」
「はい。ストレージボックスで持っていくんですね?」
ベラさんの問いに俺が頷くと、ベラさんは男性の職員を呼んで奥へと走らせた。何気にベラさんってこのギルドの職員の中では上役なのかな? 年齢については聞かないでおく。向こうの世界でだって、女性に年齢を聞くのは失礼に当たることだから、藪を突いて蛇を出すことは無い。
「水の樽は奥で用意させますので、後で受け取ってください」
なんでも、馬車で移動するならともかく、徒歩のみの移動で樽に水を入れて持ち運ぶなんて、聞いたことがないらしい。
まあ、重いものをわざわざ徒歩での行軍で担いでいくような酔狂な軍隊なんているわけないわな。俺のインベントリは重量や大きさの制限もなく入れられるからその点便利ではある。
「ところで、トーマさんのストレージボックスはどのくらいの容量があるんですか? この前もグラスディアーとゴブリンの死体を大量に持って帰ってきてましたよね」
「いや、限界までモノを突っ込んだことがないからわからないな。グラスディアーやゴブリンを詰め込んだ時はまだまだ入りそうな感じはしていたが」
俺のインベントリは創造神さまの言葉を信じるなら無限の容量があるんだろう。神の名の下に無制限の容量を付与する、なんて言ってたくらいだから、本当に無制限に入るのかもな。
その後、奥で水の入った樽を受け取り、俺たちの出撃準備は整った。
夜になり、集合場所である南門へ向かうと、騎士団の面々も揃っていた。
今回の混成部隊を指揮する騎士団の隊長はレベル27、剣術レベル3を持っている。他の騎士たちが軒並みレベル15~20の間ということを考えると、これほどの使い手がどうしてこんな辺境の街の騎士団の部隊長クラスで収まってるのかわからない。
一方、冒険者はやはり騎士団の面々に比べるとやや見劣りする。まともに対抗できるのはBランクのステラさんたちだけだろう。Cランクの人でもレベル13がいいとこだし、以前模擬戦を戦ったDランクのライオネルは今の俺と同じレベル9だ。まあ、俺はEランクだけどな。その他、Eランク組はハリーがレベル6なのを除けば、どいつもレベル3~4だ。Fランクなのにレベルが8もあるリーフィアは例外。
お、重厚な金属鎧を身につけた、見るからに屈強そうな男たちの中に、ひとりだけローブを着た女性が交じっているな。杖を携えているし、魔法兵か。明るい茶色の髪をポニーテールにした凛々しい立ち姿は、いわゆる高嶺の花、という感じだろうか。ローブの胸部を押し上げる双丘は、まさに男のロマンが詰まっていると言っても過言ではないだろう。
「キレイな人ですね」
「ああ、魔法兵みたいだな。いろいろと参考にさせていただきたいものだ」
俺のはスキルポイントでお手軽に習得して、ゲームみたいな感覚でやってるだけの、正道からは程遠いものだからな。
いい機会だから、本物の魔法使いの戦い方を近くで観察して、立ち回り方とかを今後の参考にしたいな。
「そんな風にごまかそうと思っても、トーマさんがあの人の胸をじっと見つめてたのはバレバレですからね? まあ、だからと言ってどうこうしようとは思いませんけど、女性ってそういう視線には敏感ですから、気をつけたほうがいいですよ」
ちっ、リーフィアはそんな白々しい言葉じゃ騙されてはくれないか。まあ、別に俺とリーフィアはただのパーティメンバーとしての関係でしかないから、後ろめたい気持ちとかはない。でも、忠告は頭に留めておこう。仲良くなる前から嫌われたくはないし。
夜も更けたところで、森へ向けて総勢50名の討伐隊は行軍を開始した。
先頭にBランクのステラさんたちのパーティを含む、Cランクまでの冒険者たち。彼らが斥候を務める。その後ろに騎士団本隊。そして冒険者のDランク以下、ルーキーズが続く。
俺とリーフィア、それとライオネルはルーキーズの一番前、騎士団のすぐ後ろを歩いている。近くにはあの魔法兵さんもいる。前からの襲撃は斥候や騎士団本隊で対応し、後ろからはルーキーズが盾となって俺たち魔法使いを守る陣形だ。魔法使いの中ではBランクのカレンさんだけ先頭に放り出されているが、これは別にいじめではない。ベテランというのもあるし、何よりも長年パーティを組むステラさんたちと一緒にいるほうが連携も取りやすいだろう、ということで、本人も特に反対することなく先頭を歩いている。
出発して数時間が経つが、今のところ問題は何もない。
ちらほらと敵襲があるみたいだが、騎士団を出すまでもなく、斥候を務めるステラさんたちが蹴散らしているようだ。
邪魔にならないように退けられた魔物の死体を見ると、先ほどから散発的な襲撃をかけてきているのはゴブリンらしい。ズタボロになってたり、細切れになってたりしてわかりにくいが、前を歩く騎士団の面々の会話を聞いていると、ゴブリンがチョロチョロしているらしいというのがわかる。
いや、ちょっと待て。何かおかしい。
この前グラスディアーを横取りしようとしに来た時は50体ほどの群れで2人しかいないこちらに向かってきていたのに、50人もいる今回は数匹ごとの襲撃なんて、そんな無駄なことをする意味はどこにある?
「ゴブリンの群れが接近! 総員、迎撃準備!!」
そんなことを考えていると、ようやく群れのお出ましのようだ。って、まだ森に入ってないのに群れとエンカウントした? これは、いよいよもって何かあると考えたほうがいいのかもしれない。
間もなく、戦闘音が前線で響き始めた。ん、なんか戦闘音がこちらに近づいてきてる? 前線で止められてないとでも言うのか?
とりあえず、状況を知りたいので、俺も剣を構え、隊列を飛び出す。すぐにゴブリンが目に入った。
「せぇいっ!」
袈裟懸け一閃、ゴブリンを一撃で斬り捨てる。コイツ、俺を目の前にしてなお戦闘態勢を取らずに突破を図ろうとした?
一度隊列に戻って様子を伺っていると、またゴブリンが現れた。だが、やはり俺らなどアウトオブ眼中とばかりに突破を図っている。この個体は結果的にハリーが斬り捨てたが、妙だ。一体この先に何が待ち受けているのだろう。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回……1-08 ゴブリン討伐戦(その2)~怪物現る~
11/4 18:00 予約投稿をセットしておきます。
ベタ過ぎる展開ですが、少しでも楽しんでいただけるよう、足りない頭をひねって書いております。




